第27話 王子様

永那はあたしの言葉をすんなり信じて、その後も誰とセックスしたとか、それがどうだったかとか話してきた。

今考えれば、最初にいじめられていたことを話したとき、あたしは“手を繋ぐのも気持ち悪い”と彼女に話していた。

手を繋ぐのも気持ち悪いのに、セックスなんてできるわけがないのに。

でも、今でもそのことに永那は気づいていない。

あたしは、今の今まで一度もセックスなんてしたことない。

だから永那の話を必死に聞いて、ネットでもたくさん調べて、知ってるフリをし続けてる。


永那の話を聞くたびに、胸が痛んだ。

痛くて痛くて仕方なくて、家に帰って1人で泣いたこともある。

永那が好きだったから。

永那だけが、私の王子様だったから。

「なんで永那は、好きでもないのにセックスするの?」と聞いたことがあった。

「え?楽しいじゃん」

当たり前のように答えるその姿を見て、あたしもこうならなきゃいけないんだって思った。

それからあたしは、嘘の話をたくさんするようになった。

「昨日のセックスは~」って、ありもしないことを永那に話した。

永那はいつも興味なさげにしてたけど、最後まで話を聞いてくれた。

あたしの作り話。永那の話を聞いて、ネットで調べて、想像して、作った話を。


中学3年生になって、高校受験の話が盛んになった。

ほとんどの人が近所の高校に進学すると口にしていて、永那も“そのつもり”だとみんなに言っていた。

でも校舎裏でこっそり教えてくれる。

「電車通学できる学校が良いと思ってる」

本当はみんなも合わせているだけで、他の高校に行く人もたくさんいるのかもしれないと思った。

あたしは永那と同じ学校に行きたくて、必死に勉強した。

永那は「そんなレベルの高い高校ではないよ」と言っていたけど、それでも、どんな高校でも受験できるように、あたしは必死に勉強した。


無事同じ学校に入学できて、ホッとした。

クラスも同じだったし、やっぱり運命の人だと思った。

高校に入ると、永那は授業中、よく寝るようになった。

少し雰囲気も落ち着いて、2人の時間でもあんまり悪態をつかなくなった。

相変わらず永那はモテて、あたしは嫉妬した。

それでも、中学のときみたいにセックス三昧ということにはならなかった。

を、もうしなくていいんだと思って、ホッとした。

永那がよく寝てるから、あたしはクラスメイトと話すようになった。

普通の学校生活。

憧れていた、普通の…いじめられない、学校生活が送れた。

たまに告白されたけど「好きな人いるから」と断ると、相手はすんなり引き下がってくれた。


夏に、永那は髪をバッサリ切った。

顔が整っているからなんでも似合うけど、中性的な感じが増して、女子からモテモテになった。

だからあたしは牽制するように、あたしが誰よりも永那のことを知ってるって言うようになった。

あんた達よりも、あたしのほうが永那を知ってるし、永那との付き合いが長いし、あんた達なんかに簡単に取らせないって…必死になった。

永那は鬱陶しそうにするけど、あたしは、永那には中学のときみたいになってほしくなかった。

できればあたしだけを見てほしかった。

だから、永那がセックスしたいなら、あたしが相手をしようと思った。

あたしは自分が可愛いと自覚しているし、胸だって大きくなってきたし…。

本当は、胸が大きくなっていくことに嫌悪感を抱いているけど、永那が求めるなら、それだって武器にしてやろうって思った。


でも。

永那はあたしに手を出さない。

どうして?

どんなにあたしから誘っても、永那は全くノッてこない。

永那は変わらず、朝あたしを迎えに来てくれる。

一緒に帰る日もあるけど、学校で寝るようになってから“起こさないで”とお願いされたから、放課後まで寝てるときは起こさないようにした。

いつもあたしのことを気にかけてくれているのは感じる。

一緒に帰らない日も、毎回『ちゃんと帰った?』とメッセージをくれる。

だから、手を出されないことも、大切にしてくれてるからだって思うようになった。


2年生になって、男同士でキスしてる生徒がいたと話題になった。

永那が「いいなあ、私も学校でしてみたいなあ。絶対ドキドキするよね」と笑った。

みんなが「なに堂々とそんなこと言ってんの」ってツッコんで、笑い話になる。

あたしは、永那と学校でキスするところを想像してみた。

なんかすごいエロくて、胸がキュゥッてなった。

やっぱり、相手が永那なら、そういうこともできるなって思った。

…でもすぐに冷静になって思い出す。

あれ?永那って中学のとき、散々学校でヤッてなかった?

…少し、永那のことがわからなくなって、不安になった。

それでも、永那のいつものノリの良さからの発言だろうと考えて、深くは考えなかった。


クラス委員長の空井そらいさんが「そんなこと、どうでもいい」と言い放って、盛り上がるクラスメイトを鎮めた。

それを聞いた永那が、プッと吹き出すように笑った。

みんなシーンとしていたから、その笑い声がやけに通って、みんなが顔を見合わせた。

それから、みんなの熱はすぐに冷めて、話題にものぼらなくなった。


あたしは現場を見ていなかったからよく知らないけど、空井さんは掃除についてもクラスメイトを叱ったらしい。

高校に入って仲良くなった篠田しのだ 優里ゆりが「掃除は空井さんに任せたほうがいいらしいよ」と耳打ちした。

一瞬いじめかと思って眉間にシワを寄せたけど、空井さんが「出て行って」と言ったらしい。

空井さんにその意図はなかったのだろうけど、みんなが空井さんに掃除を任せるようになった。

「都合がいい」と嫌味な言い方をする人もいた。

空井さんも特に文句も言わずに毎日掃除してるから、最初は大丈夫かな?と思っていたけど、そのうちあたしも気にしなくなった。


***


5月の中間テストの後、席替えがあった。

永那の隣じゃなくてガッカリした。

優里が永那の隣だったから、交換してほしいと懇願したくらい。

永那が変なことを言った。

「空井さんの隣が良かったなあ」

永那が特定の誰かを、話題にもなっていないのに口にするのは珍しい。

優里が笑う。

「えー!私じゃだめなのー!?」

「しょーがないから優里の隣にしてあげる」

2人の話を聞きながら、空井さんを見た。

彼女はいつも1人だし、彼女からクラスメイトに話しかけてもみんなから敬語で話される。

無視されてるわけじゃないからいいのかもしれないけど、当たり前のように1人でいられる強さに憧れる。

自分の意見もハッキリ言えて、羨ましいと思った。

でも同時に、モヤモヤした何かが心に生まれた。

「永那、空井さんの隣なんて、ずっと寝てるんだから叱られまくるんじゃないの?」

座っている永那を後ろから抱きしめる。

後からやってきた数人の女子が「たしかに~」と笑う。

永那も笑ってたけど、あたしは全然笑えなかった。


「ねえ、空井さんって好きな人とかいるのかな?」

朝の電車のなかで、永那が言った。

「え?なんで空井さん?」

「いやー、空井さんって恋愛とか全く興味なさそうだからさ。どうなんだろう?って」

“なぜ今、空井さんが話に出てくるのか?”と聞いたのに、その答えは返ってこない。

「そんなの、あたしが知るわけないじゃん」

「そう?」

永那は両眉を上げて、つまらなさそうにした。

すぐに口元をニヤニヤさせながら、窓の外を見る。

こんな永那の姿、一度も見たことがなかった。

嫌な感じがした。

「そんなことよりさ、駅前に新しいクレープ屋さんができたんだって」

「へえ」

「今度一緒に行こうよ」

永那が頷く。


数日後、永那が珍しく放課後に起きていた。

一緒に帰ろうと思って近づこうとしたら、真っ先に空井さんのところに行った。

空井さんに何か言われて、掃除道具入れに向かう。

そばにいた2人の女子が言う。

「え?永那掃除すんの?」

「うっそー、空井さんに叱られるよ?」

「てか永那、空井さんになんかやらかした?」

そう茶化すから、あたしは永那のところに歩き出す。

2人が慌ててあたしの後についてくる。

「永那、なにしてんの?」

そう聞くと、永那はヘラヘラ笑いながら「掃除しようと思って」と言った。

「永那、空井さんになんかやらかしたの?」

2人の女子が聞く。

永那は「なんもしてないよ。私はそんな叱られるようなことはしません!」と鼻の穴を膨らませている。

「ねえ、掃除をしたいのだけど。教室に残るなら、あなたたちも手伝ってくれないかな」

空井さんの冷たい声が教室に響く。


今まであたしが直接空井さんに何かを言われたことはなかった。

このときが初めてで、その威圧感に気圧されて謝った。

でもすぐに、偉そうな態度に苛立った。

謝った自分が腹立たしい。

その後、全員で掃除をすることになったけど、空井さんが永那を突き飛ばして、ビックリした。

永那がしゃがみ込んで頭をさすっている。

そばに行きたかったけど、突き飛ばした光景が中学のときのいじめに重なって、足が動かなかった。

空井さんに突き飛ばされたというのに、なぜか永那は上機嫌だった。

そのことにもイライラする。


挙げ句の果てに、2人の女子が永那をクレープに誘った。

永那はあっさりOKするし。2人で行きたかったのに…。

当たり前のように永那が空井さんに声をかける。

空井さんが遠慮して、4人で行くことになった。

永那が途中で「スマホ忘れたかも!」と言った。

あたしも一緒に学校に戻るって言ったけど「先行ってて」と言われれば、頷くしかできなかった。

お店についても永那は戻ってこなかった。

買うクレープも選び終えちゃったし、あたしは2人の会話に適当に相槌を打った。

待っても待っても戻ってこないから、永那に電話した。

走って戻ってきた永那がやたら上機嫌で、心のモヤモヤが膨れ上がる。


次の週の火曜日、放課後に永那が起きていた。

でも、永那の様子が変だった。

授業が終わる前から貧乏揺すりして、眉間にシワを寄せていた。

あたしの前以外で、あんなあからさまに苛ついている姿を見るのは初めてだった。

チャイムが鳴ると同時に、クラスメイトに声をかけていた。

「空井さんは今日、掃除できないから!わかった?」と謎なことを言って、クラスメイトを頷かせる。

そしてあっという間に空井さんの腕を掴んで、教室から出ていく。

空井さんが心底驚いた顔をしながら「ちょ…ちょっと待ってよ、永那ちゃん」と言った。

「永那ちゃん…?」

思わず笑ってしまう。

全く理解が追いつかない。

スーッと全身が冷えていく感覚。

力が抜けそうになったけど、ハッとする。

顔を叩いて、永那達を追いかける。

でももう廊下に2人の姿はなくて、少し校内を歩いて見て回ったけど、それでも見つからなくて、あたしは教室に戻った。


自分の席に座って永那を待つ。

扉が開く音がして振り向くと、空井さんだった。

後から永那が入ってくる様子はない。

何があったのかと思って声をかけようとしたけど、空井さんは自分の鞄を取って、走って出て行ってしまった。

もう帰ろうかと思って立ち上がったら、永那が教室に来た。

永那の顔が綻んで、蕩けそうになっているのを見て、胸に痛みが走る。

「永那?」

声をかけると、上機嫌に永那は「おー!千陽!一緒に帰るかー!」と言った。

おかしい。

何かがおかしい。

2人の間で何があった?


帰りの電車。

永那はずっとニマニマしながら窓の外を見ている。

あたしは小さくため息をついた。

永那を睨んでも、彼女は気づかない。

「永那ちゃん」

そう声に出すと、永那の肩がピクッと反応する。

永那は口を開けながら、あたしを見た。

パチパチと瞬きをして「なに?急に」と言う。

「べつに」

永那は165cmで、あたしは155cm。身長差が10cmもあるから、あたしはいつも上目遣いになる。

「変なの」

永那が苦笑して、あたしをジッと見る。

あたしが何も言わないでいると、そのうち視線がそれて、また窓の外にやっていた。

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