第24話 初めて

永那ちゃんが全部洗ってくれる。

こんなふうに洗われるのなんて、きっと赤ん坊ぶりだ。

彼女が髪を洗ってくれて、心地よくて目を瞑る。

「どこか気になるところはございませんかー?」

なんて、美容院で洗ってもらうときみたいに聞かれる。

「大丈夫です」

答えると、耳に入らないように配慮してくれながら、シャワーで流してくれる。

コンディショナーをつけてくれたときには、頭皮のマッサージまでしてくれた。

ボディーソープを手に取って、彼女はそのまま私の肌に触れた。

「…っ!ボディタオルあるよ!?」

「まあまあ」

彼女に触れられると、さっきの感覚が思い出されて、急に顔が熱くなる。


後ろから、背中や腕を撫でるように洗ってくれる。

ふいに胸に触れられて、肩がピクッと上がる。

「ちょっ…永那ちゃん」

「シーッ」

なぜか叱られる。

私はされるがままになって、彼女が満足するまで待つことになった。

胸を洗う手つきがいやらしくて、泡の滑りを活かして乳房の真ん中を指が何度も滑る。

「永那ちゃん、わざとでしょ?」

「さあ?」

そのうち下腹部がキュゥッと締め付けられて、太ももに力が入る。

私はギュッと目を瞑った。


後ろから抱きしめられる。

「永那ちゃん…もう、だめだよ」

「なんで?」

「だって…この後、お昼だし…」

彼女が私の体を撫でる。

「お昼なに?」

「何か作ろうと思ってたけど」

パッと手が離される。

中途半端に触れられて、少しモヤっとする。

「何?何作るの?」

興味津々に、肩から顔を覗かせる。

「オムライスの、予定だったけど」

「うぇー!!やったー!!!」

「ハァ」と私はため息をつく。

「でも、疲れたから無理かも」

そう言うと「えー!なんでー!やだー!」と子供みたいに駄々をこねる。

「だって私、立てないんだよ?」

ジーッと彼女を見る。

彼女は目をそらして、私の前でしゃがみ、足を洗い始める。


私はまたため息をつく。

本当、ご飯どうしようかな。少し体は休まってきたけど。

彼女が足の指の間まで洗い始めるから、くすぐったくて笑ってしまう。

「ねえ」

上目遣いに見られる。

「穂の作るご飯、食べたいよ」

子犬みたいな目で見られて、心が鷲掴みにされる。

「わ、わかったよ…。でも、手伝ってよ?」

永那ちゃんは心底嬉しそうに口元を綻ばせた。

「楽しみ」

そう言って、太ももを洗ってくれる。

私はそっと目を閉じる。

目を閉じたら、さっきの感覚が余計に蘇ってきて、慌てて目を開けた。

目が合うと、彼女はニヤニヤ笑っていた。

私がスーッと目を細めて睨むと、慌てて手を動かした。


「私の肩に掴まって、お尻上げて」と言われた。

「え!?いや、お尻くらいは自分で」

「だめ!全部私がやるんだよ」

ニコニコ笑って、強引に手を肩に乗せられた。

仕方なく腰を浮かすと、彼女の手がヌルッとすき間に入ってくる。

「ひゃっ!?」

じっくりと洗われる。

「ちょ、ちょっと、永那ちゃん…!」

「ちゃんと肩掴んでてよ」

膝がプルプルする。

ギュッと彼女の肩に指が食い込む。

背筋がゾワリとして、鳥肌が立つ。

「待って…待って…。ねえ、ちょっと…」

「ほら、ちゃんと洗わないとさ」

恥ずかしさで汗が出てくる。

心臓が急激に動き出す。

「はい、終わり」と笑顔を向けられる。

「変態!」

「えー?そうかなー?」

とぼけながら、シャワーで体を流してくれる。

またお尻まで洗おうとしたから、シャワーを奪って自分で流した。


永那ちゃんはサササと自分の頭と体を洗った。

私にかけた時間の3分の1もかからない速さだった。

私は先にあがって、生まれたての子鹿のような姿勢で体を拭く。

服を取ろうとして、何もカゴに入っていないことに気づく。

ため息をついて、仕方なくバスタオルを体に巻く。

その間に永那ちゃんがシャワーを終えて、出てくる。

「早すぎない?」

「朝入ってきたからいいんだよ」

彼女の分のタオルを渡してあげる。

「うわあ、ふかふかだね!」

嬉しそうに匂いを嗅いで、体を拭いた。


***


クローゼットからブラとショーツを取り出す。

さっきまで着ていたやつは洗濯機に入れた。

「穂の下着姿、めっちゃエロい」

「見ないでよ」

永那ちゃんが鼻の下を伸ばしているから、私はそそくさとワンピースを着た。

永那ちゃんは頬を膨らませた後、すぐに気を取り直して服を着た。

「永那ちゃんはブラトップなんだね」

「そうだよー、楽だからね」

…永那ちゃんらしい。

着替えた後、永那ちゃんがドライヤーをかけてくれた。

髪が乾き終える頃には1時近くになっていた。


私達は2人でキッチンに向かった。

(なんとか歩けるようになったけど、長時間立つのはけっこう辛いなあ)

そんなことを思いながら、冷蔵庫から野菜とソーセージ、卵を取り出す。

オムライスは鶏肉が定番かもしれないけど、我が家ではソーセージだ。

ご飯は12時に炊けるようにセットしていた。

いつもは洗い物が面倒でフライパン1つで済ませるのだけれど、今日は疲れているから2つ使うことにした。

永那ちゃんに卵を担当してもらう。

「オムライスなんて作ったことない」と怖がっていたけど、やり方を教えてあげると「なんだ、簡単じゃん」と鼻の穴を膨らませていた。

最初はふわとろの卵にしてあげるつもりだったけど、ぺたんこの簡単なものに変更した。

私が野菜を切り終えて炒め始めた頃に、永那ちゃんの役目は終了した。


「座ってていいよ」と声をかけたけど、永那ちゃんはずっと私のそばにいた。

お皿によそって、リビングのローテーブルまで持っていく。

ダイニングテーブルで食べても良かったのだけど、永那ちゃんが床に座りたいと言った。

ケチャップをかけて、2人並んで食べた。

「うっまー!」

子供みたいに唇にケチャップをつけているから、指で拭ってあげる。

彼女が少し頬をピンク色にして、嬉しそうに笑う。

「いいなあ」

「なにが?」

「穂と一緒に住めたら、毎日こんな美味しいご飯が食べられるんだね」

トクンと、胸が鳴った。

「…そんな…大袈裟だよ」

照れて俯くと、彼女の肩がピタリと私にくっつく。

「私、今すごい幸せだなあ」

「そう?」

「うん!…穂は?」

「幸せだよ」

そう言って、笑い合う。


「そういえば、穂」

「ん?」

「今度の木曜で付き合って1ヶ月なんだよ?知ってた?」

私は思い出すように宙を見る。

「えー、覚えてないのー?」

「ああ、いや、体育祭の1週間前だよね。あれで生徒会に遅れたんだから覚えてますよ。後輩に叱られたんだからね?」

金井さんだ。

「私のせい?」

「そりゃあ…そうじゃない?」

「酷い!!!」

永那ちゃんは机に突っ伏して、顔を腕で隠してしまう。

「え…あ…ごめんね?…ごめんってば」

彼女の肩にそっと触れると腕のすき間からニヤニヤしてる永那ちゃんの顔が見える。

私はジトーっと彼女を睨む。

彼女はプッと笑って、顔を上げた。

そっと私の顎に手を添えて、唇が重なる。

すぐに離れて、永那ちゃんはご飯を食べる。


「木曜日さ、2人でどっか行かない?」

「え?学校終わりに?」

「うん。だってテスト期間中は学校早く終わるでしょ?」

「でも金曜もテストだよ?」

「そんなのどうでもいいよー」

「どうでもよくない」

「穂は真面目だなー」

「金曜の学校終わりじゃだめ?」

永那ちゃんの両眉が上がり、唇を尖らせる。

「付き合って初めての記念日なのに」

…そう言われると、どうすればいいかわからなくなる。

帰りに少しカフェに寄るくらいならいいのかな?

でもせっかくの記念日なら、デートっぽいことがしたいような気もする。

「あ!…ねえ、穂?」

上目遣いに見られる。

この瞳で見られるのが、どうも弱い。

「なに?」

恐る恐る聞き返す。

「あのさ、テスト期間中、穂の家に寄ってから帰るってのは、だめかなあ?」

そう言われて、なぜか子宮が疼く。思わず「ハァ」とため息をつく。

私の反応を見て勘違いした彼女の顔が暗くなる。

「やっぱ迷惑だよね」

へへへと笑うけど、悲しさが混じっているのはすぐわかる。


「お母さんと誉に聞いてみるけど」

顔が、花が咲いたみたいにキラキラする。

「もし良いって言われても、約束してくれなきゃだめ」

「なに?」

「まず、絶対エッチなことはだめ!」

彼女の唇に人差し指をつける。

「キスも?」

「…舌を入れるのはだめ」

彼女がニコッと笑って頷く。

「あと、勉強をちゃんとやる」

大きく頷いて、彼女のサラサラした髪が上下に揺れる。

「…お母さんと誉がだめって言ったら無理だからね」

彼女の目が大きくなる。

「それだけ?」

「ん?」

「約束」

「んー…じゃあ、私の言うことを聞くこと」

「わかった!楽しみになってきたー!」

永那ちゃんがカッカッカッとご飯をかき込む。

「よく噛んで」

私が笑うと「はーい」と、口をモゴモゴさせながら言う。

「期待しすぎないでね」

「はーい」

それでも彼女の瞳はキラキラ輝いていた。

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