第22話 初めて

土曜日、朝7時に目が覚めた。

お母さんが仕事帰りに買ってきた小花柄の白いワンピースが、クローゼットの扉に掛かっている。

(また白い…)と思ったけど、お母さんが楽しそうにしていたので、今日着ることにした。

薄紫色の小花が散りばめられていて、涼しげな見た目。

顔を洗い、朝ご飯を食べていると、お母さんが起きてきた。

休日にこんな早起きなんて珍しい…と思っていたら、誉を叩き起こし始めた。

「お姉ちゃん、今日ね」

寝癖がぴょんぴょん跳ねて、まだ半分寝ている誉の肩を持って、お母さんが言う。

「お母さん、誉と2人で遊園地行ってこようと思って」

ぎこちない笑顔。

すぐ、気遣ってくれたのだとわかる。

「あの…ほら、私達がいると勉強、集中できないでしょ?」

「そんな…いいのに」

私が苦笑すると、お母さんは慌てる。

「いや、でも、ほら…えーっと…」

「お母さん、永那ちゃんに会いたくない?」

「え!?」

こんなにも普通に不安を口にできている自分に驚く。


「違う!違うよ、穂!」

立ちながら船を漕いでいる誉を放って、私のそばに駆け寄ってくる。

誉が床に倒れて、びっくりして目を覚ましたみたいだった。

「そうじゃなくて…」

お母さんは眉間にシワを寄せて、必死に言葉を探してる。

「ごめん、気遣ってくれただけだよね。ありがとう」

まだお母さんの目に不安そうな色が滲んでいる。

「お母さんは、本当に、穂のこと、応援してるよ。永那ちゃんにも会いたいって思ってるし…いつか、絶対会いたいって思ってる。だから、誤解しないで」

「うん、ありがとう」

私が笑いかけると、お母さんの眉がハの字になって、少し安心したみたいだった。

「今日、楽しむね」

そう言うと、お母さんが嬉しそうに笑った。


2人は私と一緒に家を出た。

駅までだけど、なんだか3人で出かけるなんて久しぶりで、もう楽しい。

駅につくと、時計台の下に永那ちゃんが立っていた。

永那ちゃんは前に公園デートで着ていた黒のテーパードパンツに、白のTシャツを着ていた。

耳には、控えめに小さなピアスがついている。

私のそばにお母さんと誉がいることに気づいて、口をポカーンと開けた。

お母さんが「あの子?」と耳打ちするから、頷いた。

お母さんがニコニコしながら会釈するから、永那ちゃんも気まずそうにペコリと頭を下げた。

誉の頭にはハテナマークが浮かんでいる。

「誰?」と聞かれたので「友達」と答えた。

「綺麗な子ね。…もう会えちゃった!」

お母さんがはしゃぎながら私の肩を叩く。


永那ちゃんが駆け寄ってきてくれる。

「あ、あの…」

永那ちゃんの耳が赤くなっている。

「ああ、ごめんね。なんか、押しかけるみたいにしちゃって…。待ち合わせが30分後って聞いてたから、まさかもういるなんて思わなくて」

「ああ…いえ、すみません」

「なんで永那ちゃんが謝るの?私達が悪いんだから」

「いや…っ、そんなことは」

誰とでも仲良くなれる、先生とも仲良くしてるような永那ちゃんが吃っているのが可愛い。

視線を感じて永那ちゃんを見ると、少し睨まれた。

永那ちゃんは気を取り直して、手に持っていた袋を差し出す。

「あの、これ。今日家にお邪魔しちゃうので」

「えー!ありがとう!」

お母さんが袋の中を覗き見て、「ここのクッキー美味しいよねえ!」と喜んでいる。

無駄にテンションが高い。

「お母さん、まだ行かないの?」

誉が眉間にシワを寄せている。

お母さんが誉の肩を小突く。


「あ、じゃあ…。穂、これ家に置いといて」

永那ちゃんから受け取った袋を私に渡す。

私が頷くと、お母さんは「ごゆっくり~」なんて不自然に言って、誉の背中を押す。

永那ちゃんと2人で、2人の後ろ姿を見送る。

「おい」

右の口角を上げながら、永那ちゃんが私の肩を小突く。

「なに?」

「わざとでしょ?」

私が笑うと、永那ちゃんにデコピンされる。

「痛いよ」

「わざとでしょ?」

顔が近づく。

「…はい」

「やっぱり」

永那ちゃんは笑みを浮かべながらため息をついた。

永那ちゃんが待ち合わせ時間よりもかなり早くにつくことはわかっていた。

鉢合わせるようにしたのは、私だった。

でも、今日も早く来るとは限らなかったし、永那ちゃんがいなかったらいなかったで、それはそれでいいとも思っていた。


手を繋いで歩き出す。

「でもさ、お母さんが出かけるって言わなければ、どっちにしても家で会うことになったんだから、変わらないでしょ?」

「変わるよ」

永那ちゃんがムスッとしながら言う。

「心の準備ってのがあるでしょ?」

私が笑うと、ジーッと睨まれた。

「そんな、いたずらばっかりして…後で覚えてろよ。お仕置きだ」

見下ろされるような視線と、薄っすら笑う表情に、心臓がトクンと鳴る。


***


家につくと、永那ちゃんは興味深げに部屋を見て回った。

私の部屋に案内して、お茶とお菓子を出す。

「勉強机とか、ないんだね」

「うん、永那ちゃんはあるの?」

「いや、私もないよ。…なんか、勝手なイメージで、穂の部屋にはありそうだなって思ってただけ」

「そうなんだ」

私の部屋には備え付けのクローゼットとベッド、本棚、ローテーブルとスタンドライトしかない。

全部お母さんが選んだインテリアで、ローテーブルなんてほとんど使っていない。

使うのは誉の友達がリビングを占領していて、宿題をやりたいときくらい。

「ベッド広いね」

「セミダブルだからね」

私は苦笑する。なんか、恥ずかしい。

「私は布団だから、ベッドなんて人の家に来ないと見ないや」

「意外。なんか、永那ちゃんはカッコイイ部屋で暮らしてるイメージ」

永那ちゃんは含み笑う。

うちはねえ、ボロアパートですよ」

「そーなの?」

「うん、私の部屋は畳だし」

想像してみる。…それはそれで良いな、と思った。


「あ、座って座って」

永那ちゃんが立ったままでいるから、そう言うと「どこに座ればいい?」と聞いてくれる。

床に座らせるのもなんだか申し訳なく思えて、ベッドを勧める。

「いいの?」

「うん」

ああ、でも。勉強するならどっちにしても床に座ることになるのか…。

私が人を家に呼ぶなんて初めてのことで、どうすればいいかわからない。

永那ちゃんがリュックを床に置いて、恐る恐るベッドに座る。

私が隣に座ると、永那ちゃんが手を握ってくれる。

なんだか照れくさい。

心臓の音が少しずつ大きくなっていって、主張してくる。

「永那ちゃん」

「ん?」

顔が近づく。

「勉強…どうする?」

彼女がフッと笑って、息が顔にかかる。

「どうするって?」

口を開こうとしたら、唇が重なる。


すぐに離れて、額が合わさる。

「永那ちゃん、テスト勉強…」

「なんの勉強しよっか?」

また唇が重なり、すぐに離れる。

「私は、なんでもいいよ」

耳を優しく撫でられて、ゾワリと鳥肌が立つ。

「そうだ」

永那ちゃんの顔が少し離れたと思ったら、左足が私の右足の上に乗る。

「前に公園で“”って言ったの覚えてる?」

私が頷くと、永那ちゃんは両眉を上げて嬉しそうに頷いた。

「あれ、意味わかった?」

「…わからなかった。調べたけど、本当に人を食べた人の記事とか出てきて怖かったよ」

プッと永那ちゃんが吹き出して笑う。

「じゃあ、教えてあげる」

妖艶な笑みに、心が鷲掴みにされる。


永那ちゃんの顔が、体ごとゆっくり近づいてくるから、私は押されるような形になって、ベッドに手をついた。

「でも永那ちゃん…テスト勉強」

「そんなの、今更しなくたってできるでしょ?」

え!?…じゃあなんのために会ってるの!?

頭が真っ白になる。

ふと、金井さんの言葉を思い出す。

“2人で過ごすことが大事”

永那ちゃんが私の肩を押して、天井が視界の全面に映る。

すぐに永那ちゃんの顔が見えて、唇が重なった。

永那ちゃんが立ち上がって、私に覆いかぶさるようにベッドに手をつく。

左足が私の太ももの間に挟まって、右足はベッドに乗っている。

「“食べる”っていうのはね、だよ。よく、覚えておくんだよ」

心臓の大きな音がやけにうるさい。


唇が重なる。

私の唇を舐めてから、下唇を甘噛みされる。

彼女が自分の唇もペロリと舐めた。

その間に、私はなんとか呼吸する。

フッと笑って、キスされる。

彼女の舌が潜り込んできて、私のに絡む。

口内を探索するように、上顎を撫でられる。

歯をなぞるように舌が動いて、私の舌の裏に忍び込む。

そのゆっくりとした動作が、もどかしさを生む。

また舌が絡んで、彼女の唾液が流れ込んでくる。

仰向けの状態では、それを飲み込むしかなくて、ゴクリと飲む。

永那ちゃんが嬉しそうに笑うから、最初のキスを思い出す。

…変態だ。

私は抵抗するように彼女の肩を押した。

彼女が離れる。

両手首を片手で掴まれて、また彼女が私に覆いかぶさる。

「舌出して」

何を言われたかあまり理解できなくて、目を白黒させる。

「舌、出して」

永那ちゃんが私を睨んだ。思わず言うことを聞いてしまうような目で。


少し舌を出すと、彼女は吸うようにして、強引に私の舌を出した。

自分の口内に私の舌を含んで、優しく舐められる。

唇で舌を挟みながら、ゆっくり出していく。

体がビクッと跳ねて、永那ちゃんがニヤリと笑う。

左足の膝がベッドに乗る。

太ももよりも奥にズレて、ところに膝が当たる。

下腹部が疼いて、気づけば太ももに力が入っている。まるで彼女の膝をもっと奥に追いやるように。

ギュッと目を瞑った。

彼女が私の額にキスを落とす。

瞼、頬、耳、首の順で唇が触れる。

首筋をやわらかい何かがゆっくりと撫でて、その跡がヒヤリとした。

そのまま鎖骨まで移動して、キスが落とされる。

恐る恐る永那ちゃんを見ると、上目遣いになって私を見ていた。

彼女のピンク色の舌が、視界の端に映る。

そのまま鎖骨を舐められて、背を反る。

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