第9話 彼女

体育祭の予定。

【1】100m走

【2】二人三脚

【3】みのむし競争

【4】ハードル走

【5】障害物競争

【6】玉入れ

・昼休憩

・応援合戦

【7】綱引き

【8】棒引き

【9】大縄跳び

【10】UFO

【11】大玉転がし

【12】部活対抗リレー

【13】教員リレー

【14】リレー


※みのむし競争…袋に入ってジャンプしながらゴールを目指す競技。

※棒引き…中央にある複数の棒を自分の陣地に引っ張り込み、引っ張り込めた棒の数が多い方の勝ち。

※UFO…5人が背中合わせになって手を組み、大玉を乗せて運びながらゴールを目指す競技。

※大玉転がし…5人で大玉を転がしながら走り、ゴールを目指す競技。


私が玉入れと綱引きを選んだのは、昼休みの前後で、そのまま手伝いに入れると考えたから。

運動は得意な方ではないし、ちょうどよかった。


100m走は問題なく終了した。

走者は数字の書かれたゼッケンを着る。

生徒会長は、そのゼッケン番号と名前を呼び、実況を行った。接戦の時には「○番の○○さん、×番の××さん、接戦です!どちらが勝つのか!?2人とも、がんばれ!がんばれ!」と両者を奮起させていた。

その実況によって、まだボルテージが上がっていない、待機場所にいる生徒達にもやる気が入ったようだ。

100m走は、赤組が少し得点が高かった。発表すると、白組の人たちが自分たちを鼓舞するように、かけ声を上げた。…応援団の人たちが中心になっているようだった。


100m走の中盤で、既に次の競技である二人三脚の参加者がスタート地点付近に集合していた。みんな足に紐をつけて、準備をしている。

二人三脚は転ぶ人が多い競技の1つだから注意しなければならない。もし誰かが大きな怪我をしたら、私が対処することになっている。

手元にある出場者一覧を見る。永那ちゃんは3番目に走る。

背の低い佐藤さんと肩を組んでいる姿が見える。佐藤さんは相変わらず、永那ちゃんに甘えるように寄りかかっていて、どうにも癪に障る。

100m走が終わると、すぐに二人三脚が始まった。

次の実況は3年生の副生徒会長。

転びそうになりながらもなんとか耐えて走り続ける人、たくさん練習したのか息がピッタリ合ってる人、マイペースに安全第一で走っている人…個性が出ていて面白い。


永那ちゃんたちの番がくる。

スタートの合図が鳴って、2人が走り出す。

身長差があるためか、佐藤さんが少し引きずられるように走っている感じがする。

永那ちゃんが、佐藤さんが転ばないように配慮しているのも感じられる。佐藤さんの肩をしっかり掴んで、彼女がよろけそうになると支えていた。

佐藤さんはそんな風に永那ちゃんから守られているからか、真剣な表情をしつつも嬉しそうにしていた。

胸がチクリと痛む。

でも永那ちゃんが真剣な姿なんて、学校ではなかなか見られないから貴重だとも思う。今見ておかなきゃ、一体次いつ見られるのかな?なんて考えると、頭のなかで永那ちゃんが「このー!」と笑いながらツッコむのが想像できた。


二人三脚では1組転んだチームがあったけど、大きな怪我もなく無事に終わった。

みのむし競争では1人が顔面から転んでしまい、慌てて私が駆け寄った。幸い、袋から手を離してギリギリ地面に手をつけていたから、擦り傷だけで済んだのはホッとした。

保健の先生が待機しているテントまで連れて行って、生徒会長達がいる実況ブースに戻る。

ハードル走が既に始まっていて、多くの人がハードルを倒しながら走っていく。私達の特別ルールで、手でハードルを倒してもいいことにしている。


そして障害物競争。

分厚いフカフカのマットの上を走り、ハードル走のハードルをくぐった後、ボールをドリブルしながらカラーコーンを曲がる。最終的には、テーブルに置かれたカードに記入してある物を、どこかから借りてゴールする。

体育祭の競技の中では1番時間のかかる競技。

障害物競争で時間が押したら、玉入れの時間が少し短くなる算段だ。

スタートの合図と共に、みんな苦戦しながらゴールを目指す。

カードに記入してある物は、個人の物ではなく学校所有の物か、人にするように設定している。

個人の物を借りて、後で壊れたとか汚れた等の文句が出ないように配慮されている。

だからキャスター付の黒板を当てた人なんかもいたりして、重くて大変そうだった。

観戦している生徒達も笑っている人が多い。


***


永那ちゃんがスタート地点に並んでいる。

前に走っている人たちの様子を見て笑っている。

体育祭の準備は大変だったけど、案外私は特等席にいるのかもしれない。…実況ブースにいるのだから、当然と言えば当然なのだけれど。

スタートの合図と共に走り出す。彼女は楽しそうに笑いながら走っている。

マットは、私も試しに走ってみたけど、バランスを取るのがけっこう難しい。永那ちゃんは器用に走り抜けていった。

5本のハードルを、砂埃を立てながらくぐっていく。汚れるからと、女子は障害物競争にあまり参加したがらない。でも彼女は気にしていないみたいだ。

立ち上がった彼女の体操着が汚れている。

ボールのドリブルは片手でも両手でもいい。永那ちゃんは片手でドリブルして、1回だけボールを転がしてしまったけれど、その後は順調に最終地点に到着した。

テーブルに置かれた封筒を取って、中のカードを確認する。


そこまで見て、私は次の玉入れに参加するために、腰につけていたトランシーバーを外した。

彼女の走りを見終えたら、急いで向かわなければ…と少し焦る。

念のため、靴紐も解けていないか確認する。

顔を上げると、永那ちゃんと目が合った。

彼女のキラキラした笑顔に一瞬で心を掴まれる。

彼女はそのまま私に向かって走ってくる。

どういうことかわからず固まっていると、永那ちゃんが手を差し伸べてきた。

「穂、来て!」

隣で実況していた生徒会長が白熱した声で「副生徒会長が攫われた!一体どんなカードだったのか!?」と言っている。

私達は手を繋ぎながら、ゴールに向かって走っていく。

みんなに注目されているのがとてつもなく恥ずかしくて、でも繋がれている手のぬくもりが嬉しくて、なんとも言えない気持ちになる。


永那ちゃんが、ゴールに立っている日住君にカードをわたす。

日住君はカードの内容を見て、チラリと私に目を遣った。

もう一度カードに視線を落として、永那ちゃんに笑顔を向ける。

「はい、OKです」

そう言われて、一緒にゴールテープを切った。

この回では私達が1番だったようで、「やったー!」と永那ちゃんに抱きしめられた。

「え、永那ちゃん…なんのカードだったの?」

「ん?…うーん」

彼女の口元が耳に近づく。

「好きな人」

そう言って、すぐに離れた。

永那ちゃんはニコニコ笑っている。

急激に全身から汗が吹き出す。

へへへと彼女が笑うから、私はベシベシと彼女の服を叩いて汚れを落として、綻びそうになる自分を誤魔化す。


髪もボサボサになっていたから、指で梳いてあげる。

よく見たら鼻にも汚れがついている。拭ってあげると、嬉しそうに目を瞑った。

そこで「玉入れに参加する生徒のみなさんは、スタート地点に集合してください」とアナウンスがかかった。

「あ、行かなきゃ」

「行ってらっしゃい、がんばって」

永那ちゃんがひらひら手を振る。

私は頷いて、走ってスタート地点に向かった。

生徒会長の実況が続く。

「今回の借り物は、好きな人、バスケットボール、眼鏡をかけた先生、ライン引き、人体模型…でした!」

私は何もないところで転びそうになる。

順位順にカードの内容が発表され、“好きな人”のところで、盛り上がっている生徒達に「ヒューヒュー」と言われたからだ。

まさかこんなことをされるなんて予想もしていなくて、羞恥心に押しつぶされそうになる。

玉入れが始まってからも、なんだか視線を感じて(競技をしている最中なのだから当たり前だけれど)、集中できなかった。


玉入れが終わり、生徒会メンバーが片付けるのを手伝う。

金井さんがそばに来て「空井先輩、攫われてましたね」とからかってくる。

「あれはlikeですか?それともloveですか?」

でも彼女の顔が全く笑っていないから、冗談なのかなんなのかわからなくなる。

「さあ…?」

私が苦笑すると「loveなら私、応援しますよ」と真面目な顔で言われた。

「あの人、たしか…両角先輩…ですよね?」

「え…え、なんで知ってるの?」

素直に驚く。

「クラスの女子がかっこいいと騒いでいたので」

ああ、そうだった。金井さんは日住君と同じクラスで、日住君も前に同じことを言っていた。

随分その子は永那ちゃんのことを後輩達に広めているんだなあ…と、また苦笑する。


「現在、10点差で白組が勝っています。赤組のみなさん、みんなで力を合わせて、後半戦で追い抜きましょう。白組のみなさん、一致団結して勝ち抜きましょう。…それでは、これより50分間の昼休憩とします。みなさん、熱中症予防のため、水分補給をお願いします。こちらの実況ブースと救護ブースでは塩飴を配布しています。是非お越しください」

生徒会長のアナウンスが響く。

生徒達がバラバラと校内に戻っていく。購買に寄る人もいれば、教室に戻ってお弁当を食べる人もいる。

私はその波に揉まれながら、なんとか生徒会用のテントに戻るのだった。

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