第4話 好きってなに?
土曜日はすぐにきた。
あれから両角さんは今まで通り、放課後の掃除の時間を寝て過ごした。私も無闇に起こさないようにして、掃除が終わったらほんの少しの時間彼女を眺めるようになった。
一応掃除当番は決まっているのだけど、もはや毎日私が掃除をしているから、当番制の意味を成していない。前までは少し悲しくもあり、ちょっとしたイライラもあったりした。
でも彼女と話してから、この時間が私にとって至福の時間になった。
家のことがあるし、なるべく誉を1人にさせたくないから、本当に少しだけ彼女を眺めて家に帰る。誉は1人でも大丈夫だと言い張るけど、それでも心配だから。
本音を言うなら、ずっと彼女を見ていたかったけど…それでも。
朝10時半に駅で待ち合わせ。
昨日は、どんな服で行けばいいのかわからず、考えていたらほとんど眠れなかった。
結局、母が誕生日にプレゼントしてくれた黄色いミモザの刺繍が施された白いワンピースを着ていくことにした。
なかなか出番がなくて、長らくクローゼットにしまわれていた。
変じゃないだろうか?浮いてないだろうか?
同級生と出かけることなんて滅多にないし、生徒会の集まりはアウトドアなことが多いから、動きやすい服装で参加している。だから自分が浮いているかどうかを気にしたこともなかった。
早めに来たつもりだったのに、駅前の時計台の下には、もう彼女の姿があった。
ポールに寄りかかって、俯いている。サラサラのマッシュヘアが、俯いていることで前に垂れ下がっている。
細身なことがわかる、黒のスキニーパンツに、少しダボっとした白いシャツを着ていた。雫の形をした、ゴールドのピアスが風に揺れている。
「両角さん」
声をかけると、彼女はパッと顔を上げた。その口にはペロペロキャンディが咥えられていた。
「ふぁ、ほらいはん。おはほー」
キャンディを咥えているからか、話し方がおかしくなっている。チュパッと音を立てて、キャンディを口から出す。
「早かったね」
「両角さんこそ…」
ニコッと彼女は笑ってから、私をつま先から頭までじっくり見る。
「へ、変かな?」
「ううん」
緊張で俯くと、彼女がかがんで覗き込んでくる。目が合って、彼女の屈託のない笑顔で、私の顔がまた熱をおびた。
「すっごく可愛い」
彼女は姿勢を戻して、ペロペロキャンディをガリガリと噛む。
「空井さんって肌が白いし、髪も長いし、なんか、アニメに出てくるヒロインみたいだよね」
私はアニメを見ないからよくわからないけど、褒められてる…んだよね?
「だから、白いワンピース、すっごく似合ってるよ」
「ありがとう」
「しかも、ミモザ…かな?綺麗な黄色だね」
こんなに人から褒められたこともないし、そもそも私服を同級生に見られることもほとんどないから、直球で褒められると、どうすればいいかわからなくなる。
「行こっか」
両角さんが歩き出す。
私は前髪を指で梳いて、遅れないように彼女の後を追った。
電車で1時間ちょっとのところに海はある。
海の近くにある、大きなショッピングセンターのなかにクレープ屋さんが入っていると、両角さんが教えてくれた。
両角さんと、どんな会話をするのか、私には全く検討もつかなくて…無言の時間が長かったらどうしよう?と不安だったけど、あっという間に彼女が払拭してくれた。
普段私が家で何をしているのかとか、弟の話をすると深掘りして話を聞いてくれたり、よく読書をすると言うとどんな本が好きなのか聞いてくれる。
両角さんは本も読むし、アニメや漫画も好きだし、映画もよく見ると教えてくれた。
母子家庭という共通点、さらには、お母さんがバリバリ働いていることも一緒で、親近感がわく。
彼女にはお姉さんがいて、その点では私と立場が逆だった。両角さんの甘え上手なところを見ていると、なんだか誉を思い出して、確かに末っ子っぽいなと思った。
そんな話をしていると、あっという間に海についた。
「海だーーー!」
両角さんが大声を出して、思わず笑ってしまう。
「海に来たら、言わないとね」
悪戯っ子みたいに笑う。髪が風になびいて、太陽の光が煌々と彼女を照らす。
「さ、行こ」
彼女に手を握られ、心臓がぴょんと跳ねる。
砂浜を2人で走る。サンダルと足の隙間に砂が入るけど、なんだかそれも心地良い。
日差しも強く、もう暑いからか、思ったよりも人が多かった。
波打ち際まで行って、引く波を追いかけては、戻ってきた波から逃げるように浜に向かって走る。
何度かそれを繰り返して、両角さんがおもむろに靴を脱いだ。靴下を靴の中に詰めて、私の手を握ったまま、波を追いかける。
「ちょ…両角さん…!濡れちゃうよ」
「大丈夫だよ、タオル持ってるし」
相手が誉だったら叱ってたかも。…そんなことを思いながら、彼女に握られたやわらかい手の感覚と、ヒヤリと冷たい海水の感触を楽しむ。
私のワンピースが濡れないように配慮してくれているのか、海水がくるのは足首の辺りまで。両角さんはそれ以上先に行く気はないみたいだった。
でも、なぜだろう?
彼女の横顔を見ていると、どこかに消えてしまいそうな、そんな儚さを感じた。手を繋いでいないと、このまま深い海に沈んでいってしまいそうだ。
私はギュッと強く手を握った。
彼女は驚いて、私を見る。
優しい笑みを浮かべて、強く握り返してくれた。
水道で足を洗って、彼女が渡してくれたタオルで拭く。
もう1時近くになっていた。
お腹もぐぅぐぅと主張を始めていて、彼女と笑い合う。
「先にご飯を食べるか、クレープを食べるか」
「ご飯じゃない?」
フフッと、彼女の真剣な眼差しを見て笑う。
「そーだね」
手を繋いだまま、ショッピングセンターに向かう。
仲の良い友達同士で手を繋いでいる姿はよく見る。でも私にはあまりに縁がなさすぎて、どうしても緊張する。
それに、私達が仲の良い友達なのかも、私にはわからない。
***
食事を済ませて、ブラブラとお店を見て回った。同級生と服を見るなんてこともしたことがなかったから、両角さんが「これ、空井さんに似合うね」と服を当ててくれるのが嬉しかった。
私には、お小遣いを使う機会がほとんどない。だから今日は貯めてきたお小遣いを、少し多めに持ってきていた。
似合うと言ってくれた服を買うと決めたら、彼女がすごく喜んでくれた。
一通り店を見終えて、クレープ屋に寄った。
人生で初めてのクレープだった。
そう伝えたら、両角さんは盛大に驚いて、奢ってくれた。
「ハハハッ。空井さん、口にクリームついてるよ」
指で拭ってくれる。
「ご、ごめん」
なんだか恋人同士がすることみたいで、恥ずかしい。
チラリと彼女を見ると、彼女の口端にもチョコがついている。だから私も真似して、指で拭ってあげた。
「両角さんだって、チョコついてる」
すると彼女の耳が真っ赤に染まり、目をそらされてしまった。
無言でパクパクと勢い良くクレープを食べて、紙で口元を拭く。
両角さんがクレープを食べ終えてしまったから、私も急がなければ…と思い、一生懸命クレープを口に運んだ。
「空井さん」
「何?」
口元を手で押さえて、まだ食べ終わりそうにないクレープを頬張る。
「私さ、空井さんともっと仲良くなりたい」
目をそらされてから、一度もこちらを見ない両角さん。
「だから…空井さんじゃなくて、
急に名前を呼ばれて鼓動が速くなる。滅多に呼ばれることのない名前。
お母さんくらいしか呼ばない。そのお母さんも、誉と3人で話すときは「お姉ちゃん」と呼ぶから、数は少ない。
「私のことも、名前で呼んでほしい」
「永那…ちゃん?」
パッと勢い良くこちらを見た彼女は、頬を赤く染めている。
フフッと笑って「ちゃん付けなんて、いつぶりだろう?」と口元をさする。
「ああ。クレープ食べるの、急がなくていいよ。ごめんね、急がせちゃって」
その言葉に頷いて、ホッと一息つく。
「それで…さ、穂って呼んでもいい?」
「う、うん。お母さん以外にあんまり呼ばれないから、なんか新鮮」
「そっか。じゃあ私って、けっこう特別…かな?」
自信なさげに、彼女は目を彷徨わせている。
「そう…だね」
「穂」
彼女は安心したような、落ち着いた表情で笑みを浮かべている。
弧を描いて肩から落ちかかっている髪を耳にかけてくれる。
恥ずかしくて、クレープを口に運ぶ。
「穂、また2人で遊ぼうね」
「うん、楽しみ」
宙を見ながら、クレープを噛みしめる。
「可愛い」小さく呟いたのが、彼女の本心をそのまま表しているようで、全身が火照った。
「今海に戻ったらさ、夕日が見られるかもよ」
私がクレープを食べ終えたのを見て、永那ちゃんはまた私の手を握った。
外に出ると、空がオレンジ色に染まっていた。
私達は小走りで海に向かって、日が沈む前に砂浜に座った。
ゆっくりと太陽が海に沈んでいく。
その様子を私達は無言で眺めた。
「今日、楽しかったな」
夕方と夜の境。まだ水平線の辺りはオレンジ色だけど、見上げると星が瞬いていた。
「私も、楽しかった」
私達は顔を見合わせて笑った。
ふいに彼女が真剣な顔になる。
「穂。私、穂が好きだよ」
ゴクリと唾を飲む。
「いつも一生懸命なところ、ちゃんと相手に自分の意見を伝えられるところ、ちょっと不器用なところ、意外とお茶目なところ。白い肌も、長い綺麗な黒髪も、そのつぶらな瞳も…好き。友達の好きじゃなくて」
彼女は握っていた手の指を絡ませて、私に向き合った。
ドクドクと私の鼓動が速くなる。
「穂も私のこと、好きになってくれたら嬉しい。でも、そんなすぐに好きになってもらいたいとも思ってない。私達、話すようになってまだ数日しか経ってないし。…でも、いつか、私と同じように、穂も私を好きになってくれたら嬉しいなって思う」
「うん」
その告白があまりに真っ直ぐで、照れもするけれど、嬉しさのほうが込み上げて来る。
「そろそろ帰ろうか」
あっという間に水平線のオレンジ色はなくなって、夜の始まりが告げられる。
永那ちゃんはポンポンとお尻を叩いて、砂を落とした。
私が立ち上がると、私の服も払ってくれる。
そっと彼女の顔が近づく。
ギュッと目を瞑ると、彼女の香りがふわりと漂う。
「正直言えば、穂の“いたずらしちゃいますよ”にめっちゃときめいたってのもある」
彼女の息が耳にかかる。くすぐったくて、もっと強く目を瞑った。
「そ、そんなに…?」
「うん!…なんか、ゾクゾクした」
うぅ…と、自分のしたことを思い出して、思わず口を尖らせる。
彼女は私の背に腕を回して抱きしめた。
「2人で、もっと楽しいこと、たくさんしたいなあ」
湿った風が吹く。2人の髪がなびいて、顔にかかって笑い合う。
私も…。私も、永那ちゃんと2人でいっぱい楽しいことがしたい。
彼女の背に腕を回して、抱きしめ合う。
ドキドキして、でも楽しくて、幸せな1日はあっという間に過ぎた。こんな風に思えたのはいつぶりだろう?
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