第8話 新しい情報

 業後。

 掃除も早々に終えたジョージはリリィを探していた。

 この学園は中等部だけでなく、高等部や大学部も隣接している。共用スペースなどが多いこともありその境目は曖昧で、人を探すのには苦労する人が多い。

 ジョージはダメ元で、クラスメイトや通りすがりの生徒に聞いてみた。

「あぁ、リリィ?さっきの授業が終わった後、噴水の方に行ってたぞ。なんか欠伸してずっと眠そうだったな、授業中も寝てたし」

「金髪の二つ結びの子でしょ?購買で見たわ、パンを両手いっぱいに買ってたわね……あんなに細いのに、太らないのかしら?」

 リリィは目立つので想像以上に収穫があった。高等部の区画にある温室にどうやら彼女はいるようだった。

 温室の扉を開けると、両隣にズラリと多種多様な植物が並べられていた。高等部が管理しているが、クラブ活動の一貫であるため、敷地はそこまで広くない。

 探し人のリリィは、端に置かれている簡易的な椅子に腰を掛け、パンを食べながら絵本を読んでいた。合同授業をサボった罪悪感などはないようだ。脇にはまだパンが山ほど残っている。

「一応聞くけど、何してんだ」

「絵本読んでパン食べてる」

「そうか、見たままだな」

ジョージは呆れた顔を見せつつ、リリィの近くにあった椅子に腰を下ろした。

「てかなんで絵本読んでんだ?」

「好きだから……というより、初心にかえるため?」

 リリィが表紙を見せる。それは竜と囚われの姫だった。ディザスタードラゴンを元にした、という情報は先日リリィ達から聞いたときはジョージも驚いたものだ。

「仕事の前によく読んでるの。ルーティンってやつ」

「授業はサボる癖に仕事は真面目なんだな……」

「うるさいわね、私には必要ないからいいの。で?何か用?」

パタン、と絵本を閉じ、ジョージに向き直す。

「あぁ、いや。マシューって知ってるか。お前と同じクラスの、あの眼帯の男」

「ええ、よく知ってる」

「今まで話したことなかったんだけど、今日実習で突然話し掛けられたもんだから、その、バレてねぇかなって」

 実習中の意味深な台詞もあるが、問題は彼の眼だ。

「ほら、アイツの左眼は魔眼だろ。普段は見えすぎるから眼帯で抑えてるらしいし。実習中は眼帯をしていたけど、まるっきり見えていないわけではないんだろ?」

 ジョージは焦りでいつもより多弁になる。しかし。

「ふーん。ま、大丈夫じゃない?」

 リリィが軽く流したことにジョージは驚いた。あれだけバレないようにと念を押しておきながら、妙に関心が薄い。

「反応薄いな……」

「そう?――それより、丁度良かった。私も貴方に用があるのよ。アレなんだけど」

リリィがスッと指を差した先、温室の窓ごしに大学部が見える。

「あそこに林檎があるの。入り方知ってる?」

「は、林檎!?あれまだあるのかよ、てか大学部に!?なんで!」

 ジョージはまず林檎がまだあることに驚いた。てっきり一つしかないと思っていたからだ。しかも大学部の中にあるとはどういうことなのだろうか?

 湧き出る疑問に混乱するジョージにリリィは眉を下げる。

「大きな声出さないで。落ち着いてよ、説明するから」

 言いながら、彼女は再び椅子に腰を掛ける。

「まず、私はある方の依頼でこの学校に潜入しているの。依頼内容は【この学校で林檎が人工的に作られている。証拠を見つけよ】ってね。」 

「あれ作れるのか!?」

「まぁ普通は無理でしょうね……でもここは世界有数の教育機関。学者も多いわ。それと同時に大学部には研究施設も備え付けられている――作るのには、うってつけの環境よね」

 言われてみて、ジョージは妙に納得してしまった。ここの卒業生は研究機関に就職する人も多い。考えたくないが、例えば何らかの理由でその危険な林檎を作るのは、おかしくない気がした。


「理由はわかった。というか、お前達はディザスタードラゴンの専門家なんだろう?林檎まで面倒見るのか」

「あの林檎は食べた人もディザスタードラゴンに狙われるけど、そもそも林檎自体も狙われてるのよ。だから林檎はドラゴンをおびき寄せる道具にもなるの。私があの森で襲われてたのも、林檎を持っていたからだわ」


 ジョージはあのときの事を思い出す。不可視の怪物から逃げ惑い、林檎を食べ、人生で味わったことのない激痛に襲われた。一ヶ月も経っていないのに、遠い昔のように感じる。


「じゃあ、あの林檎はあの時、あの森にあったのか?」

「そうよ。調査であの森の中にあることがわかったんだけど、あの日は武器も飛ばされちゃって……」

 途中まで流暢にはなしていたリリィだが、首を振り、話を中断した。彼女にとっても、思い出して気持ちの良い内容ではないのだろう。


「あー悪い。その、ほら、パンでも食べて落ち着けよ」 

 少々気まずくなったジョージは、自分でも何を言っているのかよくわからない慰めをする。しかしリリィは素直に従い、座って多種多様のパンが入った袋をガサガサと漁りながら、話を続けた。


「……それでこの前、フロートが第7研究室にあるらしいってところまでは突き止めたんだけど。私達中等部はそもそも大学部に入れないんでしょう?」

「あぁ、基本的にな。扱ってる道具の危険性が高いから」

 顎に手を当てながら大学部への入り方を考える。大学部はセキュリティも頑丈で、貴重品を盗もうとした外部の人間が魔法動物や自動魔法装置で攻撃され病院送りになる事態が何度かあった。無断で侵入はジョージとしても絶対に避けたいところだ。


 ではどうしたものか。リリィが手に持っているかぼちゃのパンを見て、ジョージはハッとした。

「ハロウィン……確かハロウィンの日は大学部の一部が一般開放される!その時なら入れる!」

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