第7話 合同授業と眼帯の彼

あの事件から半月が経つ。

 ジョージは掃除以外でもこっそり魔法の練習をしていたお陰か、魔力操作自体はできるようになってきた。しかし、未だ感覚の違和感は拭えない。

(魔力量が増えたのはいいが、身体は前以上に疲れる……質も変わるって言ってたし、まだ馴染んでないのか……?)

 今までと何もかも違う中で、なんとか通常授業程度なら出来そうだ。

 本日は1限から他クラスとの合同実習であるため、理科室へ向かう。その入り口で、マーカスが目に入った。

 話しかけようとして、困ったように目をそらされ、何処かへ行ってしまった。


 あの迷い森のあとから、ずっとこの調子だ。マーカスはまだいい、問題はハリソンだ。

 話しかけようとしたら思い切り睨めつけた後、逃げられる。

 あんな事があったのだ、避けられるのも無理はないとはいえ、いい気はしない。

 ハリソンとマーカスは一緒に行動しているというのに、何故、自分だけが避けられるのか。

 苛立ちが募るも、今はそれどころではない。


 教室に入り、空いている席に腰を下ろす。合同授業なだけはあり、いつもより人が多いぶん、ざわめきも大きい。他クラスのリリィも居るはずなのだが見当たらない。

(あいつサボりやがったな……)

「皆さん、定刻になりました。授業を始めます」

 よく通る声でステイシーは号令を出した。生徒はバラバラと席に戻りながら、教科書を開く。

「今日はこの瓶の中にいるハリペヴィを起こさずに取り出しなさい。但し魔法でおこなうこと」

 ステイシーは瓶を掲げる。その中には白い毛に覆われた掌より小さい鹿のような生き物が、体を丸めてスヤスヤと寝ていた。

(うわっマジかよ!タイミング悪いな……)

 ジョージは内心かなり焦った。それは精密な操作が必要な内容だからだ。ハリペヴィは眠りが浅い上、魔力のブレに敏感である。

「それでは―マシュー、お手本を」

「はい、先生」


 ジョージの隣に座っていた生徒が、スッと前に出た。彼は癖のある黒髪で、左眼には黒い眼帯をしている。

『エオーリシ』

 マシューが唱えた途端、ハリペヴィはフワフワと浮き上がる。マシューは手の上にハンカチを敷いたかと思えば、その上にハリペヴィを乗せた。

 その見事な技に、生徒たちは釘付けになり、ハリペヴィを起こさないよう、小声で盛り上がった。

「すげぇなマシュー!」

「そうかい?ありがとう」

 マシューと呼ばれた少年は、にこやかにクラスメイトへ微笑んだ。

 マシュー・エヴァンスは名家の次男である。成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能と、非の打ち所がない生徒だと、初等部の頃から有名だ。 

 同じ初等部からの生徒だとはいえ、同じクラスになったことのないジョージにとっては、学校の有名人程度の認識だった。

 相変わらずよくやるよな、と他人事のようにぼんやりと眺める。

「流石ですね、ありがとうマシュー。では、各自デスクの上にあるハリペヴィを取り出してください。起こした者は私を呼んでください、また眠りにつかせますので」


 その合図とともに、生徒たちは目の前のハリペヴィに魔法を唱え始める。なかなかマシューのように上手くはいかず、起こしてしまう生徒は大勢いた。5分もしないうちに、教室の中はハリペヴィのピーピーといった鳴き声が響き渡る。

 ジョージは眉間にシワを寄せた。杖を持つものの、緊張してしまう。ここで失敗すれば、ステイシーなど勘付かれそうだ。かと言ってこのまま何もしないのも目立つ。


(どうする……体調不良でフケたほうが無難か……?いやでもこの手は危険だ)


 欠席は平常点を大きく削られる。ただでさえ数回休んでいるのに、これ以上休むわけにはいかなかった。こんなことで退学だなんて考えたくもない。他に何かいい手はないだろうかと頭を抱えた。


「どうしたの、ジョージ」

 突然、隣に座っていたマシューに声を掛けられた。ここ数年同じ学校に通っているとはいえ、彼が自分の名前を認識していたことにまず驚いたが、彼ほどの人格者ならありえなくはない。ジョージはやや現実逃避めいた感想を抱いた。


「あーいや……どうも調子が悪くてな」 

 連日多様した言い訳をつい口にしてしまう。さすがに無理があるか?と思いマシューの顔を覗くも、丁度眼帯しか見えず、うまく表情が伺えない。


「それなら休んだほうがいいんじゃないかい」

「いや、そういうわけにはいかないだろ。単位もあるし」


 マシューは「そうだけど」と、食い下がる。勘弁してほしいところだが、ここで怒鳴っても怪しまれてしまう。

「今は大丈夫だ、無理なら保健室いくからさ……ほら、お前も集中しろよ」

 会話を無理矢理終わらせ、自身も目の前のハリペヴィに目を向ける。

瓶の中で鼻提灯を出しながらスヤスヤと眠るハリペヴィは、ジョージの目には羨ましく映った。

(失敗するかもしれねぇが、やるか……)

『エオーリシ』


 詠唱に反応して、ハリペヴィはふわふわと浮く。しかし安定感はなく、上下にガタガタと揺れてしまう。ハリペヴィも居心地が悪いようで、鼻をひくつかせながら身動きをしはじめた。

(まずい、もう一度詠唱を)

『エオーリシ』

 呼吸をなるべく落ち着かせ、再び詠唱をするも、肩に力が入ってしまう。

ガタガタと瓶が揺れ始めたかと思えば30cmほど高く上昇し、パリン!と音をたてて割れた。

 バラバラと散らばった硝子の上にハリペヴィが落ちそうになる。まずいと思い手を差し出すジョージ。

『エオーリシ!』

 しかし、それより早くマシューが詠唱を唱える。お陰でどうにかハリペヴィは怪我をせずに済んだ。


「どうしたのですか、マシュー、ジョージ」 


 遅れてステイシーが様子を見に来る。散らばった硝子とピーピーと鳴くハリペヴィを見て、無事であることを確認した。


「いや、俺が瓶割っちゃって」

 ジョージがしどろもどろに説明をする。怪しまれるか心配で冷や汗が出てきた。しかしステイシーは特段怪しむ素振りを見せず、「気をつけてください、硝子は片付けておくこと」とだけいい、ハリペヴィを寝かせ、新しい瓶に入れた後、また別の生徒の所へ向かった。


(危なかった、難しい授業だから逆に怪しまれなかったのか?)

 ジョージは冷や汗を拭いながら、マシューの方へ振り向く。

「悪いな、マシュー。助かった」

  

「いや、怪我しなくてよかったよ……ねぇジョージ。



本当に大丈夫?」


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