第2話 竜の騎士②

 倒れているリリィに慌てて駆け寄るも、途中で足がもつれて転んでしまう。頼りにしていた灯りが消え、彼女の姿はよく見えなくなってしまった。

 それでも四つん這いになり手探りで藻掻くと、彼の指先にコートが当たる。彼女の肩を叩き、呼びかけもしたがそれに応じることはない。

 少し眼を揺らした後、緊張で固まった手を必死に動かしながら彼女の腕を肩にかける。

「今医務室に連れて行くからな、しっかりしろよ!!」

 自分より少し背の高い彼女を背負って、おぼつかない足で歩く。

 すると、微かに耳元で何かを喋っているのが聞こえた。

「……が…る」

「?なんだって?」

「ア、レ……が、くる……」


 言葉の意味を理解する前に、背後から再び轟音が鳴り響いた。

 振り向くと、木々がつむじ風のようなものに巻き込まれている。

 ただ、その様子は自然現象というにはあまりにも不自然であった。右へ、左へ、まるで何かを探すかのようにフラフラと蠢いている。


「こっち!」


 あっけにとられていると、いつの間にか降りていた彼女に腕を引っ張られ、木の裏に隠れた。

「おい、何だあれ!つむじ風……!?何があった!!あれが噂の人食い魔法生物なのか!?」

「……この林檎を持って、遠くへ行って」

 矢継ぎ早に捲し立てたジョージに一切説明はせず、座り込んだリリィはコートからおもむろにそれを取り出した。


 ただ、その見た目は満天の星を閉じ込めたかのような、神秘的なものだった。その衝撃はこの状況下であることをかき消すほどで、彼は思わず目を奪われる。星々の輝きが二人を淡く照らした。


「なんだこれ……林檎?魔力が、なんか……変な感じだ……」

「……あの怪物はこの林檎を狙っているの。だから

「あぁ……あ!?」

 思わず流されそうになったものの、違和感に気づき、慌てて彼女を見る。


 その顔は、普段の無表情とは違う。

 目を細めて、緩く口角を上げていた。


「いや、俺が囮ってことか!!」

「ええ、そうよ」

「そうよって……。それ自分で言い出すか、普通……。というか、そうは言ってもお前さっきまでヤバそうだったじゃねぇか!」

「もう大丈夫、一人で歩けるわ。……君が囮になってくれている隙に逃げるから」

 それでも、と渋るが、彼女は中々反論を受け入れない。そうこうしているうちに、段々と木々が割れる音が近づいてきた。

 ジョージは彼女とつむじ風の怪物を交互に見ながら、歯を嚙み締めて立ち上がる。

「いいか、絶対逃げろよ!……俺のダチもこの辺りにいるはずだ、もし居たら一緒に逃げてくれ」

 途端、彼女は眉間に皺をよせながら目を見開く。

 しかし、それには触れず小さな声で「わかった」と呟いた。





 手にした林檎を落とさないよう指に力を入れながら、後ろを確認しつつ走り抜ける。

 素早く駆けるその足は、何度か木の葉や枝に足を取られていた。


 消えた友人達は無事なのか

 彼女は逃げ切れたのか

 そもそもあのつむじ風は何なのか


 混乱する頭で考えながら、後方を確認する。本来追ってくるはずの怪物が、一向に来る気配がない。


「ハア、ハアッ……!うまく撒けたのか……?」


 徐々にスピードを落としながら、また走るために呼吸を整える。つむじ風の怪物が追ってこないからといって、緊急事態であることに変わりはないからだ。

 少し開けた場所にさしかかったところで、精霊の声が聴こえはじめた。


『あぁ怖い怖い。なんだってんだあの怪物は』

『仲間がどんどんいなくなる』

『アイツの近くに行くと吸い取られてしまう 気をつけてみんな』

『ニンゲン ガ ハシッテルゾ!』

『子供だ、血の匂いがする子供だ!!』


「血の匂い?」


 瞬間、月が雲から顔を覗かせ彼は月明かりに照らされた。

 なんとなく自分の服をみる。


 腕の部分が、真っ赤に染まっていた。





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