竜の騎士
笹倉亮
第1話 竜の騎士①
「はい、それでは今日の授業はここまで。明日の授業までに9ページから15ページを予習してくるように」
鐘の音にかき消されない声を響かせる教師をよそに、生徒たちは次々と教科書を片付け、移動の準備をしていた。
その中でいち早く教室から出たジョージは、次いで出てきたハリソンとマーカスに肩を叩かれる。
「やーっと終わったぜ。しっかしあの眼鏡豚、いっつも予習の範囲広すぎじゃね!?」
「僕らをイジメるなんて陰気なヤロウだ。魔法科学とかただでさえ訳わからんのに!」
「ハハッ、陰気なのは違いねぇな」
大勢の生徒が行きかう長い廊下をダラダラと歩きながら、3人はいつものように口を動かす。
中庭に差し掛かったとき、噴水に座る一人の女子生徒が彼らの目に留まった。
「お、『ドール』じゃん。あいつも中々陰気だよな」
「編入してから随分経ってるのに、まだダチいないのかよ」
『ドール』と呼ばれる彼女—リリィ・スミスは学園内でちょっとした有名人だ。
名門魔法学校アストウロの中等部に1年の新学期から編入してきたというだけでもかなり目立つが、魔法の実技では全て最高評価の「S」。特に中等部から履修する「魔力操作基礎Ⅰ」の飛行魔術では歴代で一番速く、高く飛んだと言われている。
「相変わらず何考えてるかわかんねー顔だな」
「ケッ、『天才』だから僕たちのこと見下してるんだろどーせ!」
ハリソンとマーカスが聞こえるように大声で悪口をたたいても、その綺麗な顔から表情は伺えない。
類稀な才能と人を寄せ付けない雰囲気もあり、彼女は常に一人だった。
「……んなことより、はやく食堂行くぞ。今日はビーフシチューだ!」
「ジョージ、お前ホントビーフシチュー好きな!?」
「ちょっ、待てよ2人共!は、はやいって!」
「……。」
味を嚙み締めるかのように、時々頷きながら黙々とビーフシチューを食べる彼を、友人達は半ば呆れ顔で眺める。
ふと、ハリソンが「そういや」と話を切り出した。
「聞いたか、あの噂」
「噂?」
「迷い森だよ」
「迷い森って学園内にあるあの森?それがどうかしたん?」
ステーキを頬張りながら尋ねるマーカス。ハリソンは周囲を確認しつつ、二人に顔を近づけた。話半分に聞いていたジョージもスプーンを止めて身を寄せる。
「あそこには、人を喰らう魔法生物がいるらしい」
あまりに荒唐無稽な話に、二人は同時に背もたれへ倒れる。
ジョージが再びスプーンを進める傍らで、マーカスはテーブルに肘をつけながら指をさして笑った。
「お前、人を喰らうって!いくら強い魔法生物を飼っているからって、そんなやべーのいるわけないだろ。ここ管理厳重だし。」
その反応が心外だったのか、広げた両手を上下に振りながら声を荒げる。
「いやマジだって!半年前から行方不明が出てるらしいんだよ!」
「学園の?」
「学園のじゃねよ、学外だ。この街じゃ人が一人減ったって誰も気づかない。」
そうは言っても、と中々信じない友人と食後の紅茶を飲み始めた友人に対し、眉間に皺が寄る。しかし突然、はっとした表情で眼を光らせた。
「……お前ら、そこまで信じねーってんなら、やる事があんだろ」
見え隠れする月に木々が照らされ、森は尚一層不気味な雰囲気を醸し出している。
『フォティア』
各々ランプに火を灯し、一歩ずつ、ゆっくりと進む。
迷い森は普段厳重に管理されており、中等部は授業ですら入ることはない。
「しっかし、運が良かったよな!見張りのゴーレムが居ないなんてさ」
「いいもんか、僕は止めてほしかったよ」
マーカスは両目に涙を浮かべながら周りを見渡していた。
灯りは精々数mまでしか届かない。落ち葉を踏みしめる音に紛れて、姿の見えない精霊の囁き声が至るところから聴こえ始めた。
『誰か来た、誰か来たぞ!』
『ニンゲン!コドモ!オイシソウ!』
『タン、ハラミ、モモ』
『食べるな、マスターに叱られる!おやつがなくなる!』
遂に我慢の限界がきたのか、マーカスはその場にしゃがみ込んだ。
「やっぱ帰ろうよ!!怖いよ、ママーッ!!」
「ッダー!ウルセエ!んなに帰りたけりゃ一人で帰れよ!」
森に入って数分で騒ぎ始めた彼らに対し、ジョージは口に手を当てながら考え込んでいた。
「……なあ、やっぱりおかしくねぇか。見張りがいないなんてさ」
「は、考えすぎじゃね?お前も帰りたくなったんか!」
「こんな如何にも怪しい精霊が森にいながら、俺ら中等部が入れる程度の管理ってのがおかしいだろ」
ハリソンは眼を思いきり見開いたかと思えば、眉間に皺をよせ、顔を伏せた。
「……もういい!俺一人で行く!!」
「お、おい!待てって!」
ジョージの言葉も聞かず、どんどん奥に進んでいく。
「ったく……!おいマーカス、とりあえず行くぞ」
勢いよく後ろを振り返る。
木の葉の上に転がるランプは、本来照らすはずのものを照らしていなかった。
「……マーカス?」
前後左右をランプで照らして確認するも、何処にも彼の姿は見当たらない。
「おい、マーカス!!いないのか!!!……ハリソン、マーカスが消えた!!戻ってこい!!」
大声で二人を呼んでも、返ってくる声はない。
それどころか。
先程まで騒がしかった精霊の囁きひとつ聞こえない。
「っつ……!!」
ジョージはすぐに杖を構えた。嫌な緊張で汗が滲む。両手に持つ物を落とさないよう、力を込める。
耳が痛くなるほどの静寂も束の間、突然轟音が鳴り響き、眼の前に何かが飛んできた。
「うわっ!?」
ランプを向けると、二つに束ねた長い金髪と白いロングコートが照らされる。
それは地面に伏したまま、指ひとつも動かない。
「お前、リリィ・スミス……!?」
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