【短編】灯は遠い昔の白銀と煙草

さんがつ

【短編】灯は遠い昔の白銀と煙草

私が殿下とお会いしたのは8つの時。

2つ上だと言う10歳の王子様は、物語の王子様そのものでした。


サラサラとした金色の髪。

優しそうな碧の瞳。

爽やかに微笑む笑顔。

美しい言葉使に、佇まい。

拙い私の話でも、楽しそうに話を聞いてくれたのは良い思い出です。


「ヴィヴィアンです」とご挨拶を申し上げて約7年。

その日から随分と長く過ごしたものだと思います。

殿下から愛称で呼ばれるような事はありませんでしたが、決して関係性が悪かったわけではありません。

周囲の大人たちの言う「お似合いの二人です」の言葉に、殿下も悪い気はしていなかったと思います。


誠実な彼となら信頼関係を築いた上で、生涯を共に歩いて行ける…。

きっと殿下も同じ思いだったはずです。

だから殿下から「婚約を解消して欲しい…」と言われた時は驚きました。


言われた私よりも言った本人の方が悲痛な面持ちをしているだなんて、普通の人なら怒り出すかもしれませんが、私が真っ先に思った事は「さて、どうしましょうか?」でした。


いつも通り殿下と二人で過ごす庭のガゼボ。

相変わらずここから見える風景は眩しくて美しいものです。

ここはお互いの近況を話し合ったり、他愛のない話を持ち出したりして穏やかに過ごした王宮内で唯一の思い出の場所。

私の脳裏に懐かしい思い出が蘇る。

まさかこんな締めくくりが来るとは思いませんでした…。


「理由を尋ねても…?」


それでもこんな時に、状況の整理が先だと冷静に考える事が出来たのは、日ごろの王妃教育の賜物かも知れません。

そもそも殿下はこんな突発的な事をするはずが無い…きっとなにか深い事情があるはずだ。…これも殿下との関係性の中から生まれた一つの推測です。

けれど殿下は私の予想を大きく裏切りました。


「…わからないんだ」

「……」


お答えになった殿下のお顔を見ても、嘘をついているとは思えません。

私は心の中で大きなため息を吐きました。

さて、どうしましょうか。

殿下は聡明なお方です。そんな殿下ですら自分でも理由が分からないなんて。一体、どういう事でしょうか。


一般的に考えても、どう考えても、婚約の解消は無しですわね。

だけど…。

その反対の方向…つまり殿下の申し出を受け入れる方向を考える余地はあっても良いかも知れません。


婚約の解消ですか…。

恐らくですが殿下側に大きなダメージは無いでしょう。例え殿下に瑕疵があったとしても王族ですし、優秀なお方ですから多少の無理は通ります。


そうなると私の方が不利な条件になりますわね。

ならば私の醜聞が出る前に、領地に引っ込むのが得策でしょう。

どちらにせよ、私達の婚約は国中に知られているし、そうなると私は国内から外に出る方向が一番ダメージが浅い…。

今後の身の振り方を考えた場合、他国へ嫁ぐのが一番現実的になりそうな話です。そしてこの場合は殿下より身分の高い方へ行く事は無いでしょう。

そうなると、殿下ほど身分が高く、話の分かる人はいない…。

ならば私の望む道を殿下に助力願うのが一番の最適解でしょうか。

だとすると、私の望みの話になりますわね…。


「私は…」


その時、私の脳裏に浮かんだのは、遠い昔の記憶でした。

その人は、気だるそうに煙草をふかしています。

そして白銀の髪の毛を、その長い耳にかけながら私にこう言いました。


「嬢ちゃんと違って、どこへでも行けるんだよ」


あぁ、そうだ。そうでした。

目前に広がる夕焼け空の、その空の下の全てが自分の生きる場所なんだ…。そんな風に語る大きな背中に憧れたあの日の事を、私はいつの間にか忘れていたようです。

彼との別れの日に見た、広がる空の茜色が私の頭の中を染めると、その言葉はすんなりと私の口元から零れました。


「婚約の解消、承知しました」


きっぱりと告げて、微笑む私。

そんな私の答えに殿下は我に返ったようです。

そうね。殿下、私も今、思い出したのです。

私は胸の奥に閉ざしていた思いの扉を開く事にしました。


「わたくし、実は冒険者になりたかったのです」

「冒険…者…⁉」

「わたくしに王宮は狭すぎますわ!」


きっとこの時の私は、殿下に見せた一番の晴れやかな顔をしていたと思います。

そして一度思いのたけを吐き出してしまえば、見える景色が変わってしまいました。

纏っているドレスも美しく整えられた部屋も、目の前の殿下でさえ、私にとっては窮屈な檻の一部に見えてしまったのです。

そしてそんな景色の中で、殿下はまるで子供のように涙を流していました。


「あぁ、そうかも知れないね…」

「殿下…」


そうね。そうですわね。お互いに突然の出来事ですものね。

こうなる前に、もっと話し合えば良かったですね。

きっと今と同じ結果になったとしても、こんなに寂しい思いはしなかったと思いますわ。

それに、こんなに悲しいものだなんて知りませんでした。

お互いに築き上げたものを一緒に壊すのは、こんなに悲しくて、やりきれないものなんですね…。


その日、私は初めて殿下へ歩み寄る事が出来た気がします。

涙を流す殿下に寄り添い、そっと彼を抱きしめました。

殿下も私の背中に手を優しく回してくれました。


さようなら。

さようなら、敬愛する殿下。

私はこれからは殿下に並ぶ事無く、異なる道を歩きますが、お互いに幸せなりましょうね。




*****



こうして殿下との婚約解消が決まり、それを家に持ち帰ったのですが、もちろん一家の一大事になりました。


「婚約は解消でよろしくてよ」


王子殿下直筆の申し出を差し出し、あっけらかんと伝えると、お父様驚き、お兄様は慌て、お母様は頭を抱えてソファーに沈みました。


「はぁ?」

「ヴィヴィっ!」

「…っ、ヴィヴィ~」


まぁ、致し方ありませんね。当然の反応だと思います。

それでも決まった話です。私は優雅なしぐさでお茶を頂きます。

先ほどまで頂いた王宮のお茶も素晴らしいのですが、我が家のお茶もなかなか捨てたものではありませんね。


「それと私はいったん領地に戻りますが、来年にの春に国を出る予定ですので、後はよろしく頼みますわ」

「はぁ?」

「ヴィヴィっ!」

「っぅ…」


私の言い分をドヤっとばかりに伝えると、再びお父様驚き、お兄様は慌て、ソファーに沈んだお母様は気を失ったようです。


「これからは、冒険者ヴィビィとして生きる事にしました」


そして、私の決めゼリフはこうですわ。


「わたくしに王宮は狭すぎますわ!」

「はぁ?」

「ヴィヴィっ!」

「っぅ…ヴィヴィ~~~~~」


とまぁ、半ば強引に家族に了承させて、私は殿下の新しい婚約者が公になる頃にこっそりとこの国を出る事にしました。

そうです。冒険者ヴィヴィとしての新しい人生の幕が開けたのです。




*****



「鎮魂旅団?ですか?」

「今は何処に居るのかしら?」

「えっと、お待ちください。最後にここに来たのは…」


身分カードを見せながら案内カウンターで鎮魂旅団の行先を尋ねるのは、冒険者ヴィヴィ。はい、私の事ですね。


いつものように新しい冒険者ギルドへ寄った際、真っ先に尋ねるのは「鎮魂旅団」の行先。そう、私はあの時のあの人に会いたいのです。

案内カウンターの対応はどこのギルドも女性が担当になっているようで、同性というのもあり、こうしたクエスト以外の事も尋ねやすいのはありがたい話。


「悪いわね、2年も前よ」

「いいわ、大丈夫よ。ありがとう」

「クエストは受けてく?」

「…そうね。今から確認してみるわ」

「ねぇ、お嬢ちゃん…クラスは?」


少しだけ訝しげな目をしながら、私は自分の黙って自分の身分カードを裏返し、職業名を見せます。

彼女はギルド職員だけれど、職業を確認する立場ではないからね。

少しだけ嫌そうに見せたのは、あまり大ぴらにして欲しくない意思表示ですわ。


「…ごめん、悪かったわね。ちょっと頼まれて欲しい事があるの」


大ぴらにしたくない意思が通じたのか、職員が謝罪の言葉を口にします。

それに、申し訳なさそうな顔をした女性に頼まれると、私としては断れないわね。


「とりあえず話を聞くだけでもいいなら…」


そう答えると、私はギルド長の部屋へ案内されました。

部屋の脇にある応接セットに通されたので、勧められるまま席に付いて、お茶を頂きます。


「嬢ちゃんがまさかのレンジャーとはな」


目前の大男は、「フゥ…」と煙草の煙を吐きながら、私を舐めるように見ています。この体格の良いおっさ…もとい、ギルド長の嫌な視線は、きっと鑑定眼ですわね。

と言う事はここで隠しても仕方がありません。


「Bクラスです。近接は回避。物理は弓、基本はウォーターアロー。ヒーリングアローがあるから支援が得意。普段はソロで採取ですわね」


こんな気持ちの悪い視線で舐められるのは嫌なものです。

さっさとこちらの情報を開示した方が気分が楽ですわ。

私のスキル習得は努力の結果だけど、公爵家のコネを最大限に活かしてレベリング済みなのを、あえて説明する必要は有りませんね。


「…で、他は?」

「習得言語は5つ、古語2つ。タエタル語も少しだから得意なクエストは発掘調査」


言語の習得は王妃教育の賜物だけれど、ここまで使えるようになったのは趣味としか言いようが無いわね。それも公爵令嬢の立場があっての事ですが。


「嬢ちゃん、言うねぇ」

「知ってるくせに…」


ニヤニヤと嬉しそうな顔をするおっさ…もとい、ギルド長を睨みながら言い返せば相変わらず嬉しそうに笑い返してきます。

でも、そうですね。少しだけ気持ち悪さが抜けましたか?


「嬢ちゃん助かった。正直困ってたんだ…」


そう言って頭を下げるギルド長。


「すまんが頼まれてくれ。鎮魂旅団の耳長が戻らない」

「っつ!」




*****




私が探している鎮魂旅団とは、文字通り世界中の霊を鎮める旅をする30名程度の団体の事です。

世界中の霊とは人の死後とか生霊の類では無く、主に精霊や神の眷属の類の神霊を指します。因みに鎮魂とは、古く寂れた神殿や斎条、朽ちた遺跡を周り安寧をお願いする儀式…。


そして私の思い出の銀色の髪の人は鎮魂旅団のメンバーでした。

あの人に会えるかも知れない…。

依頼を断る理由は、私には無かったのです。


ギルド長から依頼を受けた翌朝、私は捜索隊の新メンバーとして紹介されました。


「こいつが新しく捜索隊に加わるヴィヴィだ。嬢ちゃんはこう見えてクラスBのレンジャーだ。即戦力として使ってくれ」

「ヴィヴィです。近接は無理ですが支援は得意です。よろしく」

「それと、嬢ちゃんは古語とタエタルも少しはいけるそうだ」

「「「「おぉっ~~~!!」」」」


メンバーからどよめきが起きた後、安堵の気配も漏れてきます。

この様子だと救助のおおよその目途は立っている雰囲気だから、行方不明の場所は分かっている感じがするわね。


「それで、今から出るのですか?」

「頼めるか?」

「とりあえず3日分で良ければ用意してきました」


傍に置いた自分の荷物を指して、準備している容量を伝えれば、ギルド長は「十分だ」と満足げな返事をしました。

その様子に他のメンバーも良い顔をしています。

どうやら新メンバーとして認めてもらえたようです。


早速町から出て目的地に続く森の中へ分け入ります。

今回の捜索メンバーは10名ほど。

列を組んで森の中を歩いていると、「ここで少し説明するよ」と、旅団のリーダーであるカルロさんが隣へやって来ました。


カルロさんの話によると、鎮魂旅団のメンバーが鎮魂の為に古い祠を訪れたのが二日前。無事に儀式が終わり街に戻ろうと祭壇を出た所で、突然後方の扉が閉まってメンバ-の一人であるデュナンさんが閉じ込められた…と。

そのデュナンさんが「耳長」と呼ばれる事から、彼は耳長族の人で、もしかしたら私の探し人かも知れない…。


「デュナンさん…」

「うん、耳長って言われてるけれど、彼の名前はデュナンだよ」


初めて耳にする彼の名前に胸がドキドキと騒ぎ出します。

この動悸は一体何でしょう?

お腹の底がくすぐったいような、何とも言えない何かが「デュナン」と言う名前を思う度に胸の方へ上がって行きます。


さて、得体の知れない動悸の事は一体無視して、目的地の話です。列を成して3時間ほど歩いていると、とりあえずの目的地に着きました。

少し開けた場所で、人の出入りがあるような雰囲気がします。


「さて。ここを拠点にしてむこうの洞窟に入るよ。祠は洞窟の中を小一時間ほど進んだ奥だ。ヴィヴィ休憩は必要か?」

「休憩はお任せしますが、洞窟に入る前に食事取りながら予定を聞くのはどうでしょうか?」

「良い案だね」


カルロさんが他のメンバーを目を向けると、「是」と答えたので、ここで食事と取る事になりました。

そして軽い食事を取りながら、経緯のようなものを共有していきます。


「カルロさん、こう言ったトラップ…のようなものですが、今までは無かったのですか?」

「う~ん…似た感じの祠は、サンデーレ地方の雷沼の傍にあった記憶があるね」

「サンデーレ地方…雷沼…」

「何か参考になれば良いけど、その時の僕は祠の奥までは、行けてないからね」

「いえ、お話、ありがとうございます」


少しだけ雑談を交えての軽い食事の後、捜索を開始する事になりました。

ここから祠へ向かうメンバーは前衛が3人。中衛は私で、後衛2人。

残りはの人はここで待機。

カルロさん以外のメンバーも捜索や探索は慣れているようで、色々な事がスムーズに運びます。


そして洞窟の突入から小一時間ほど。ようやく目的の扉の前に着きました。

後衛のメンバーが松明の明かりと元に、扉の周囲に灯りを設置していきます。


「ヴィヴィ、入った扉はこっちの方だ」


カルロさんへ案内され、入り口の扉の前へ進みます。

もう一人の前衛のメンバーが事情を説明して下さいます。


「耳長が最後に出ようとした時に、入り口も出口も両方閉じたんだ」

「カルロさん、祠の中は行き止まりでしたか?」

「ちょっと分からないな」


その話に副リーダーのジャックさんが入ってきます。


「サンデーレの時は一本道で入口と出口が別になっていた。祭壇は道の折り返し地点…みたいなイメージだ」

「なるほど、一方通行的な感じでしょうか?」

「ヴィヴィ、これは読めるか?」


カルロさんに呼ばれ、入口の扉の文字を確認していきます。


「…」

「デュナンと来た時は開いていたから、扉の模様な見えなかった」

「稲…守護…害…羽?」

「へぇ、凄いな…」

「何かを護る為に閉じている…という感じですかね。でも祠なので、当たり前ですけどね…」

「あ、なるほど」


扉の文字に収穫は無し。

お互いに苦笑いで返します。

では他のものは…という事で、周辺をぐるりと見まわします。


「…?水路」


そう言えば、扉の脇の小口から水が流れているようです。


「カルロさん、これ…初めからありました?」

「ん?水路?は、どうだったかな?」


カルロさん。すみませんがリーダーの状況把握がその程度でしたら、不安が多過ぎますわ。


「そう言えば、水嵩はもっと低くかったような気がするな」


見かねたジャックさんのフォローが入ります。

なるほど、副リーダーは大丈夫がしっかりしている組織なら問題ありませんわね。


「なら、仕掛けがあるなら動力があるはずです」

「ほう」

「仕掛け魔法が固定される…という場合もあるかもしれませんが」

「ふむふむ」

「この場合、術者が亡くなれば消えるので、このような場所では、自然現象を使うほうがベターでしょうね」


独りごとのように推論を離しながら扉の周辺を見て回ります。


「ジャックさんのおっしゃる通り、水路の水嵩が以前と違うというなら、私なら水圧を利用した仕掛けを作りますね」

「「「「おぉ!!」」」」


水路の脇にかがんで、魔法で水路の水を凍らせてみる。

出来上がったのは子猫ほどの大きさの氷の塊。実は水魔法は得意では無いのです。


「他に水魔法を使える人はいらっしゃいませんか?」


猫程の氷を取り出しながら、魔法が使える人を尋ねます。

手を挙げたのは魔術師のゲイルさん。


「では、他の人は出来上がった氷を水路から出してもらえませんか?」

「承知した」

「全ての水を凍らせる必要は無いと思います。少しずつ様子を見ながら進めましょう。水路の嵩が適切になれば良いと思います」


こうしてゲイルさんが少しずつ水を凍らせて、出来上がった氷のレンガを他のメンバーが脇へ積み重ねます。そこから作業を進めて程なく大きな音と共に、扉が動き出し道が開けました。


「すげぇ、嬢ちゃん!正解だ!!」

「良かったです」

「それじゃヴィヴィ、ジャックとゲイルはここで待機にした良さそうか?せっかく開いた扉が閉まるのはシャレにならねぇ」


さすがカルロさん。やっぱり彼はリーダーとして適格なのでしょう。


「そうですね。再び起動する可能性は残した方が良いでしょう」


カルロさんの問いに「是」と答えた私達は、今のメンバーを2つに分けて祠の道を進む事になりました。


「意外と中は広いのですね…」


松明の明かりを頼りに壁に、床石を確認しながら祭壇を目指し歩いて行きます。

先ほどの水路もずっと奥の方へ続いているようです。

入り口の仕掛けと、祭壇の仕掛けは連動しているかも知れません。

やがて祭壇が見えてくると、カルロさんが急いで駆けだしました。


「あっ…人が…」


カルロさんの松明の灯りに照らされ、祭壇の間の脇に人影が倒れているのが見えました。もしかして彼が耳長のその人でしょうか。

私も逸る気持ちを押さえて、急いで彼らの傍に駆け寄ります。


近づくと人影はマントにくるまり、丸まって横になっている男性のようでした。

頭のフードも被ったままでお顔はまだ見えませんが、フードの隙間から一つに束ねた銀色の髪がはみ出ているのが見えます。


「デュナン!!!」

「…っ寝てる」


カルロさんの大きな声で呼びかける中、耳長のデュナンさんは静かな寝息を立てて気持ちよさそうに寝ているようです。


「おい、デュナン、デュナン起きろ!」


カルロさんがフードをめくり、マントを引きはがしながら、デュナンさんの頬をペチペチと叩いて起こします。


「ん…んぁぁ?あ~カルロか?」

「っ、お前なぁ…まぁ、無事で良かったわ…」

「デュナン、寝てるなら寝てると、そう言え!」

「はは、悪りぃ、悪りぃ」


駆け寄った二人の心配をよそに、デュナンさんはウ~ンと伸びをしながら返事をかえしていました。


「じゃ、とりあえず、一服してもいい?」

「はぁ、お前らしくて良いけど、煙草は祠から出てからにしてくれないか?」


デュナンさんの言い分に呆れ気味に答えるカルロさん。

一方のデュナンさんも「はいはい…」と残念そうにしながらも、妙に嬉しそうなのは多分気のせいでは無いでしょう。


少し気だるそうな様子のデュナンさん。

あぁ、この人はあの時と…。


私はそんな風に思いながら、二人のやり取りをぼんやりと眺めていました。




*****




とりあえずデュナンさんは、無事でした。…むしろ寝ていたからでしょうか?誰よりも元気だったかも知れません。

デュナンさんが言うには、私の推測通り水の仕掛けが設置してあるそうです。祭壇の作りはどこも同じようなものなので、あえて説明するまでも無いだろうと思っていたとの事。

それでも「余計な事をしなければ、誰か来るだろうと思った」と事もなげも無く言い切ったのは、彼が人間では無く耳長のエルフ族だからでしょうか。


「それでも人が斎条の仕掛けを知るのは、あまり良くないのだろう?」

「ん~?どうだろ?知らん」


なるほど、カルロさん。わかりました。

私、今日の仕掛けの事は誰にも言いません…。


こうしてデュナンさんを回収して元の街にギルドに戻ってきました。

デュナンさんとカルロさんはギルド長へ報告行くと言って離れましたので、残された私と他のメンバーと私は、ギルド内の食堂でのんびりと休む事にしました。

このような席で食事をする機会はそんなに多くないですから、これも冒険者ヴイヴィならではの貴重な経験になりますわね。


「大きな声じゃいえないけど…嬢ちゃん凄いな。本当に助かったわ、ありがとな」


席に付くとジャックさんが私に果実水を渡しながら声をかけてくれました。


みんな、うんうんと言いながら感謝の言葉を口にしています。


「ありがとうございます。頂きますわ」


こういったお礼は正直くすぐったいのですが、悪い気はしませんね。

お酒では無く、果実水を渡してくるあたり、物凄く子供にみられているようですが。


「お礼と言っちゃなんだが、俺たちで出来る事があるなら言ってくれな」

「えぇ、ありがとうございます。考えてみますわ」


社交辞令とは言え、元公爵令嬢に口約束を軽々しくしてはいけませんよ、なんて心の中で突っ込みを入れつつ、私が真っ先に思いついた願い事は…。




*****


「なんでこんなガキを入れないといけない?」


ギルドで解散した日から二日後。

町はずれの大宿の食堂の中でデュナンさんの大声が響きます。

相変わらず気だるそうに煙を吐いて不機嫌が全開になっているのはデュナンさん。

そう。私がお願いしたのは「鎮魂旅団のメンバーに入りたい」だったのです。


デュナンさんの機嫌が悪いのも仕方がありません。

私の希望を聞来てくれたのは副リーダーのジャックさんで、そこからリーダーのカルロさんへ、デュナンさんへ届いたのは恐らく昨日ですもの。

そして私はカルロさんからの文を受け取り、こうして呼び出されてここに居ます。

私の入団希望の件は、昨日の今日みたいなお話ですもの。

デュナンさんにすればまだ体調が優れない中でのお話ですしね。

すみません、突然のお願い事で申し訳ありませんわ。けれど私にすればこれは大きなチャンスだったのです。


冷静の今の状況を見れば、不機嫌全開のデュナンさんの後方に、様子を見守る他のメンバーの姿が見えます。

お顔の表情から多くのメンバーさんは概ね私の入団に歓迎の意があるようですが、デュナンさんの機嫌が麗しくないので話が進まないのでしょうね。


「突然呼び出して済まない。ジャックから聞いた…入団希望って事で違いはないんだな?」


さすがはリーダーのカルロさん。レディに対する気遣いが丁寧で素晴らしいですわ。

そして私は彼の質問に「是」と答えます。


メンバーが見守る中で男性三名と私の四人席。

正面のカルロさんは冷静な表情。カルロさんの隣のデュナンさんは不機嫌全開で、ジャックさんは申し訳なさそうなお顔をしています。

デュナンさんの圧で若干険悪な雰囲気が漏れ出ていますが、全く気になりませんわ。


それにしても…です。

先日は慌ただしく、ゆっくりとお顔を見る機会はなかったのですが、デュナンさんは本当に姿ですわ。

長めの銀髪の隙間から長い耳の先が見えます。


そして訝し気に吐き出す煙草の煙は、あの時と同じ香りだと私の記憶が告げています。懐かしい煙草の匂いを鼻から大きく吸い込めば、遠い日の景色が鮮明に浮かんでくるようです。


「嬢ちゃ、ヴィヴィの職業は問題ない。…むしろ欲しくない奴はいないと思うが…?」


重い空気の中、ジャックさんが切り出します。


「確かにヴィビィは勘も良いし、頭の回転も悪くない」

「デュナン、むしろ何が気に入らないだ?」


カルロさんとジャックさんがデュナンさんに疑問をぶつけます。

その問いにデュナンさんは私の方を訝しげな表情のまま見つめます。

そして大きく息を吐いて、口を開きました。


「お前ら平民だからわかってねえだろ?」

「え?」

「ん?」


苦々しく答えるデュナンさんの言葉に意味が分からず戸惑う二人。

それを見た私は、「そう言う事か」と合点が行きました。


「間違いなく本気ですわ」


突然口を開いた私にデュナンさんが驚いています。


「は?」

「だから、冒険者ですわ」

「「…??」」


眉間のしわをより深くして不機嫌に不機嫌を重なるデュナンさん。

そして話の意味が分かっていないカルロさんとジャックさん。

仕方がありません。鎮魂旅団のメンバーになる以上、素性は明かしても問題は無いでしょう。


「確かに公爵家の籍は残してありますが…まぁこれは家の存続の為の保険ですわ」

「「「「っ!!」」」


公爵家と言った私の言葉に驚き固まる3人の男。

こうなればこっちのペースで行きますわ。


「私には兄がおりますが、兄に子供が出来なければ私が産んだ方がいいでしょう。籍はその為に残しているようなものです」

「コドモ?」

「ホケン?」

「つまり、私の血があれば良いので、保険の子種は誰のものでも良いはずですわ」

「コダネ…」

「ダレデモイイ…」

「ま、最悪の場合の保険ですから、お気になさらず。私は本気です。ずっと冒険者に憧れていたのです」


得意げに素性を明かしましたが、私の言い分に真っ向から否定の意を口にしたのはデュナンさんです。


「…と、口では何とでもいえるがな…」


そう言って煙草を取り出して、再び一服を始めました。


「所作が違うから、お貴族様だとは思ってたけどな…まさかの公爵家のお嬢様とは…。ガキの遊びもここまで来るとは世も末だな」


嫌みと共に、ふ~っと煙を私の顔に吐き出すデュナンさん。

その言動を慌てて止めようとするのはカルロさん。


「その長いお耳は、小さき者の声を聞くため…だったはずです。だったら貴方の言うガキの話もお聞きになって?」

「は?」

「幼い頃、そう教えて頂いたのですよ、貴方様に」

「は?え?」

「フレデール地方、精霊の泉…」

「っ!お前!あん時のガキか!」

「その節は大変お世話になりましたわ」


やっぱり私のペースで事が進みそうですわ。


「…やたら絡んでくるお嬢様だとは思ったが…」

「懐かしいですわ。貴方様はあの時とお姿がお変わりなく、お元気そうで私も嬉しいですわ」

「…まさか、本当に本気なのか?」


私の好意を聞き流されたのは若干面白くありませんが、その長い耳を使う気になって下さったようで、やっぱり嬉しいですわ。

ならばその長い耳に私の言い分をしっかりとお届けいたします。

元公爵令嬢は伊達では無いのでしてよ。


「祝福持ちなのです」


私はドヤっとばかりに自信たっぷりに微笑みました。

ぽかんとしたデュナンさんですが、発した言葉の真意に気が付いたのでしょう。口からぽろりと煙草が落ちました…。


あら、まぁ。そんなお顔もなさるのですね。

目が合いましたので再びニコリと微笑み返しますと、デュナンさんは額に手を当てて天井を仰ぎました。


「祝福持ち…ってなんだ?」

「展開が早すぎて分からない…」


私の言葉にカルロさんは戸惑っているようで、ジャックさんは混乱しているようです。なるほど。祝福の追加効果でしょうか?


「祝福持ちは、望みが叶うそうですわ」

「それは奇跡のスキル…」

「ぶっ壊れスキルか」


相変わらず状態異常が続いているようですが、これはどうやって解除するのでしょうか?


「いや、祝福の効果は確かにそうだが。厳密に言えば違うぞ…」

「「「?」」」


どうやら状態異常が解除されたようです。

デュナンさんは苦々しい表情のまま話を続けます。


「祝福持ちと言うのはスキルじゃない。ただの福音だ」

「じゃ、嬢ちゃんの言う、望みが叶うと言うのは嘘なのか?」

「人が持ったという事は、支援が適切だろうな」


ため息を吐きながら呟くデュナンさん

けれどデュナンさんの言葉で、カルロさんは祝福の意味に気が付いたようです。


「という事は、嬢ちゃんが望めば…」


そうです。

神の支援ですわ。


「最後まで諦めませんわ!」

「結局一緒じゃねぇか!」


どん!とテーブルを大きく叩いて冷静に突っ込みいれるデュナンさん。

そうです。祝福は望みが叶うものではありませんが、祝福持ちが望む限り大きな支援が与えられるある意味で人知を超えたスキルのようなものなのです。


「あん時と何も変わらねえ…」


そう呟いて両手で頭を抱えテーブルに項垂れたデュナンさん。

私はそんな彼の頭を撫でて慰めて差し上げました。

そう言えば、その時のカルロさんとジャックさんの神妙な面持ちが可笑しかったですわね。




*****




「公爵殿、…この度はご迷惑をおかけしました」


可愛い一人娘が冒険者になると言って家を出てから約2年。

目の前で頭を下げる王子殿下は一人娘の元婚約者。


先日、新たな婚約者との婚約式が無事に終わり、ようやく落ち着いたばかり。

それでもこうして頭を下げられ、謝罪の言葉を言われては、こちらからは何も言えない。


それにだ。

娘との婚約解消後、私の息子は殿下の側近となった。

これは王家と公爵家と関係は良好であると見せる為の採用だったかも知れないが、聡明な殿下の事だ。息子も本当に望まれたのだろうと信じたい。

それに日々変わりゆく息子の様子を見ていると、これはこれでよい転機になったようにも思う。


「それで、ヴィヴィアン嬢は如何お過ごしでしょうか?」

「はは、冒険者ヴィヴィとして、それなりにやってるそうです…」

「今はどちらの地に?」

「それが鎮魂旅団に属しているようで、…色々な国を流れており、どこにいるのやら…」

「それは凄いな」

「お恥ずかしながら、娘はお転婆なもので」


私が話す娘の近況に、目の前の殿下は殊の外喜んでいるようだ。


「何か困った事があるのなら、知らせて欲しいなと思っているだけど。ヴィヴィアン嬢はそう言った事はしないだろうね…」


少し寂しそうに笑う殿下の顔は、旧友を心配する大人の顔に見えた。


「お心遣い痛み入ります…」

「いや、本心だよ。それにヴィヴィアン嬢は言ってたよ…」

「?」

「彼女にとって、王宮は本当に狭すぎたんだね」


そう言って笑ってみせた殿下の顔は、冒険者になると言ったあの時のヴィヴィと同じように、少し誇らしげで、晴れ晴れとした顔をしていた。




*****




因みに…。


「だめだ、こいつは諦めねぇ」

「当たり前ですわ」


こんな会話からヴィヴィアンに押し負けたデュナンが、彼女の伴侶となったのはこのお話とは別のお話。



また…、


「お産の時は実家に居た方が聞いたので、一旦は戻る事にしましたの」


お腹の膨れたヴィヴィアンが、見め麗しい銀髪の男性を伴って戻って来た時、公爵夫人が玄関で倒れたと言うのはそのお話の続きのお話。


そして冒険者ヴィヴィが引退後に綴った冒険譚が、世界の価値観を変えるのは、また別のお話である。

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