第038話「黄金スライムゼリー」

 あれから数日が経過し、暦は8月に入った。


 プモルの狙い通り、デヴォラスは根鳥と相打ちになり死亡したとギルドは判断し、ダンジョンの封鎖は無事解除された。


 これにより、他のダンジョンに潜っていた探索者達が次々と帰還し、並木野ダンジョンは以前の賑わいを取り戻しつつあった。



 そして僕はというと――――



「おーい、プモル。そろそろネットで注文してた鑑定の巻物は届いたかな? プモル? ……おーい、プモルーーー?」


 プモルの返事がない。いつもは僕の呼びかけに反応して、すぐに姿を現わすのだが……。


 おかしいと思い、自室から出てリビングに向かうが、そこにもプモルの姿はなかった。


「ん……? 風呂場の方から音がするぞ」


 どうやらバスルームにいるようだ。猫の癖にシャワーでも浴びているのだろうか?まあ、あいつは普通の猫じゃないし、そういうこともあるかもしれない。


 そう思いながら、脱衣所の扉を開けるとそこには――



 ――バスタオル姿の美少女がいた。



 真っ黒な長い髪は腰まで伸びていて、前髪をぱっつりと切り揃えている。顔立ちは幼いが、その体はバスタオルの上からでもわかるくらいスタイルが良く、手足もすらっとしている。


 どこかで見たことがあるどころではない。……どう見ても嬉野である。


 彼女はこちらを見ると、頬を赤らめながら、上目遣いに僕を見つめてくる。


「せーんせーい♥ 来ちゃった♪」


 可愛らしくウインクしながら、小悪魔的な笑顔を浮かべる嬉野。


「――――はぁ!?!? 嬉野っ!? なんでここにいるんだよ!? ていうか、なにその恰好ぉおおおっ!?」


 突然の出来事に、思わず悲鳴を上げる。


 えっ!? 何この状況? どうして彼女がここにいるの? ていうか、なんで脱衣所でバスタオル1枚になってるの!?


 いや、落ち着け! 冷静になれ桜井心一! これは幻覚だ! きっと暑さのせいで頭がおかしくなっているに違いない!


 そう自分に言い聞かせ、もう一度、恐る恐る彼女に視線を向ける。


 だが、やっぱり彼女はバスタオルを1枚羽織っているだけの姿でそこに存在していた。


 ふあぁぁぁぁあああっ!! なにこれぇえええ!? どういう状況だよコレェエエッ!!! やばいっ! このままだと淫行教師として捕まってしまうぅうう!


 混乱した状態で硬直している僕を見て、嬉野は悪戯っぽい笑みを浮かべながら近づいてきた。


「ぎょえええーーーーー! 待って! ちょっとタンマ! それ以上近づかないでくれぇええ!」


「え~? いいじゃないですか先生ぇ~。私と先生の仲じゃありませんか~。ほら、こっちに来てくださいよ~。ぎゅっと抱きしめてください! ぎゅーって! ハグですよ! ハグーッ!!」


 そう言って、両手を広げながら迫ってくる嬉野。


 こんな格好をした教え子に当然そんなことをできるわけもなく、僕は必死に後退するが、やがて壁際まで追い詰められてしまう。そして、とうとう逃げ場を失ってしまった。


 嬉野は「ドンッ!」と壁に手を付き、僕を見上げるように顔を近づけてくる。


 ま、ま、ま、まさか! これはキッス待ちの顔なのか! ダメだ! それはいけない! いくら嬉野が可愛いと言っても、僕には教師として、大人としてのプライドがあるんだ。ここは毅然とした態度で断らないと……!


 しかし、そう思っている間にも嬉野の顔はどんどんと接近してくる。彼女の吐息が鼻にかかり、僕は思わず目を瞑ってしまった。


 ああ、何ということだ。僕の教師生活はここで終わってしまうのか……。おお、神よ。どうか僕をお救い下さい……。



 ――だが、いつまで経っても唇に感触が伝わって来ることはなかった。



 不思議に思い、恐る恐る目を開けると、目の前には信じられない光景が広がっていた。嬉野の顔がドロリと溶けて、液状になったそれが僕の身体に降り注いでいたのだ。


「ぎゃああああぁーーー! いきなりのホラー展開ぃーーー!!」


 恐怖のあまりに絶叫し、その場から飛びのく。


 すると、いつの間にか嬉野の体全体も液状化して、床一面に広がっていた。バスタオル1枚だけがその場に残り、床には黄金色に輝く液体がゆらゆらと揺れている。


 呆気にとられていると、突然、床に落ちていたバスタオルがもぞもぞと動き出し、そこから黒猫のような生物が姿を現した。


「プププププモーーーー! すっかり騙されたプモね~! 莉音かと思った? 残念! プモルちゃんでした!」



「…………」



 床に広がっていた黄金色の液体は、徐々に収束していき、小さな黄金の球体へと姿を変えていく。


 プモルはそのゼリー状の球体を手に取ると、それを掲げて僕に見せつけてきた。


「これが恩寵の宝物ユニークアイテム、"黄金スライムゼリー"の効果プモよ! このスライムゼリーを身に纏うことで、任意の相手に変身することができるんだプモ! どうプモか? なかなかの再現度だったと思うプモけど?」


「再現度高すぎるわっ! 完全に本人にしか見えなかったぞっ! ていうかわざわざあの恰好する必要あった!?」


 あまりのクオリティの高さに、思わず突っ込みを入れてしまった。まさか本当に本物の嬉野が現れたのかと思って心臓止まるかと思ったわ!


「すまんプモ。心一を驚かそうと、意気揚々と変身したはいいものの、服がなかったプモ……。全裸の方がよかったプモか?」


「良くないわっ!? なんでお前はそういう発想になるんだよ!?」


 まったく。この妖精はどこまでが本気でどこからが冗談なのかわからない。まぁ、こいつの言動にいちいち反応していたらキリがないんだけどさ。


 僕は溜め息を吐きながら、改めて目の前のプモルに視線を向けた。


「それで? それってデヴォラスからドロップした恩寵の宝物ユニークアイテムだよな?」


「そうプモよ。鑑定の巻物が届いたから早速使ってみたんだプモ。この黄金スライムゼリーの中に対象の肉体の一部を入れると、その相手の姿形を完全にコピーして擬態する能力があるプモよ。まあ、記憶や特殊能力とかはコピーできないプモが。小動物から人間大の大きさの生物まで完璧に真似できるプモ! それよりも小さかったり、逆に大きい生物は無理らしいプモがな」


 なるほど。思っていた物とは違うが、これはこれで有用なアイテムかもしれない。


「……てか、なんで嬉野の肉体の一部をお前が持ってるんだよ……」


「こんなこともあろうかと、前に抱きついた時に髪の毛を一本拝借させてもらってたんだプモ」


 こんなこともあろうかとって……。なにやってんのコイツ。絶対嘘だろ。もしかして美少女の髪の毛をコレクションにでもしてんじゃねーのか……この変態猫。


「今の心一じゃ、これ以上マジカルステッキに恩寵の宝物を吸収させることはできないプモからな。とりあえず、これはプモルが預かっておくプモ。そのうち何かに使えるかもしれないプモから」


「それはいいんだが、それを使って悪さするなよ? そんなことしたらマジで怒るからな」


「心外プモなー。プモルが悪さなんてするわけないプモよ? プモルは魔法の国からやって来た正義の使者プモ! 正義のためにしか力を使わないプモ!」


「さっき悪さしたばっかりだよね!?」


 プモルは口笛を吹きながら目を逸らす。


 本当にこのアイテムをこいつに預けていて大丈夫だろうか。不安しかないんですけど……。


「まあ、そんなことはどうでもいいプモ。心一! そろそろダンジョン行くプモよ! プモル今日こそはミノ舌食べたいプモ! ミノタウロスを倒してミノ舌ゲットするプモよ!」


 興奮気味に鼻の穴を広げ、尻尾を振り回すプモル。僕の服の裾を引っ張ると、早く行こうと急かしてくる。


「はいはい、わかったよ。ったく、食い意地の張りすぎだぞ。デヴォラスは倒せたし、もうミノタウロスは怖くないだろうけど、油断だけはしないように気を付けような?」


 リュックを背負うと、僕はプモルと共に部屋を出る。


 外に出ると、むわっと蒸し暑い熱気が襲ってきた。空を見上げると、雲一つ無い快晴。太陽が燦々と輝いている。


 今日は今年一番の猛暑になりそうだ。


「よし! 今日も頑張っていくか! 当面の目標はEランクに昇級して、20階まで辿り着くことだ!」


「おおっ! だプモーー!」


 足元からジャンプしてきたプモルと拳を突き合わせる。



 ――こうして、僕達のダンジョン攻略が今日も始まるのだった。








恩寵の宝物ユニークアイテム②』


【黄金スライムゼリー】

野球ボール大の黄金色をしたゼリー状の物体。中に対象の肉体の一部を入れて、その身に纏うことで、その相手の姿形を完全にコピーして擬態することができる。ただし、相手の記憶や特殊能力までは再現することはできない。小動物から人間大の大きさの生物まで完璧に模写できるが、それよりも小さかったり、逆に大きい生物は模写することができない。また、変身相手との体格差が大きい場合は、その差に応じて変身に時間を要することになる。





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これで第一章は終わりです。

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