第037話「後始末」

「本当にデヴォラスは1階から10階のどこかにいるのか? もう10階まで降りてきちまったぞ」


 デヴォラス討伐隊の葛城勇星は、苛立たしげに舌打ちをした。


 並木野ギルドの最高戦力であるBランク探索者を中心に構成された、総勢10名の精鋭部隊が、既に3時間近くもダンジョン内を捜索しているというのに、未だにデヴォラスの姿は発見できていない。


「うーん、見落としてるってことはねえと思うんだけどなぁ……」


 葛城の相棒である多田野茂武が、葛城の独り言に答えるように呟く。


 彼はCランクではあるが、索敵スキルの持ち主で、半径200メートル以内の生物の気配を探ることができるのだ。モブ顔のわりに有能な男だった。


「とりあえずボス部屋まで行ってみようよ。もしかしたら、デヴォラスがそこに隠れているかもしれないし」


 2人の会話を聞いて、嬉野莉音はそう提案した。


 彼女の提案に反対する者はおらず、討伐隊一行はひとまず10階のフロアボスの部屋を目指すことになった。



「待てっ! 止まれっ! ボス部屋に何か反応がある! ……1人? いや、2人か? くそっ、なんでだ? よくわからねぇ。だが、とにかく誰かいる! 複数だっ!」


 モブ顔の多田野は、突然声を上げると、慌てて先頭を歩く葛城の前に躍り出た。その行動に他の面々は驚いたが、すぐに全員武器を構えて戦闘態勢を取る。


「自ら袋小路に逃げ込むとはな。だが、かなり慎重で用心深いヤツらしいから、全員逃がさないように注意しろ。特殊能力に対する警戒を怠るなよ?」


 葛城の指示で、全員が散開して周囲を警戒しながらゆっくりと部屋の扉に近づいていく。


 そして、扉まであと数歩の距離まで近づいたその時、突如部屋の中から凄まじい爆風が吹き荒れ、葛城達の視界を覆い尽くした。


 同時に、誰かが争っているような声が聞こえてくる。


『デヴォラス――俺は立川ダンジョンで特殊個体を倒したCランク探索者だぞ! ――くそっ!! ぶっ殺――』


『がっ! 何故っ!? 確実に骨を砕いてやったはずだ! どうして動ける!?』

 

 どうやらCランク探索者がデヴォラスと戦っているらしい。討伐隊より先に特殊個体を倒して、手柄を立てようとしたのだろう。


「――っ! 早く助けないと!」


 飛び出そうとする莉音を、葛城は片手で制した。


「待てっ! 嬉野! 視界が晴れるまで動くんじゃねェ! 下手に分散すると危険だ。お前ら! 固まれ!」


 葛城の言葉に、皆は一斉に動きを止める。


 中では今も激しい戦闘が繰り広げられているらしく、時折爆発音が響いている。


『ちくしょう! ――俺1人で――殺され――デヴォラス――ぶっ殺して――やるぜぇ……へへっ』


『やめろっ! 俺はこんなところで死ぬわけにはいかない! これから俺は最強の存在になるんだ! やめろっ!! やめろおおぉぉーー!!!』



 ――ドガアアアァンッ!!!!



『ぶげらっーーーーー!?』

『ぎゃあああああああぁぁーー!!!』


 一際大きな爆裂音と共に、男とデヴォラスの断末魔の声が響き渡る。


 室内からは煙が立ち込めていて、中の様子を確認することはできない。だが、その煙が薄れていくにつれて、少しずつ状況が見えてきた。


 人の姿も、化け物の影も、そこにはなかった。ただ、何かが大爆発でも起こしたかのように壁は崩れ落ち、床には巨大なクレーターが出来上がっていた。


 葛城達は慎重に瓦礫を避けながら、恐る恐る中に足を踏み入れる。


「おい、多田野。この部屋に生物の反応はあるか?」


「いや、俺達以外には誰もいないぜ。今の爆発の後に消えちまった」


 葛城の問いに、多田野は首を横に振った。


「ねえ、これを見て!?」


 莉音が床に落ちている、魔石の破片を指差す。それは黄金に輝いており、明らかに普通とは違う特別な魔石のようだった。


「これは恩寵の魔石か!? くそっ! 今の爆発で粉々になっちまったのか!? ちくしょーー! もったいねーーー!」


 多田野が悔しそうに拳を握りしめる。


 葛城は辺りを見回しながら、ゆっくりと歩みを進めた。そして、納得がいったように小さく呟く。


「なるほど……。そういうことか……」


「どういうことだ! 何か分かったのか葛城!」


 討伐隊のメンバーの1人が、興奮気味に葛城に詰め寄る。その言葉を聞いて、他のメンバーも期待に満ちた表情で、葛城の顔を見る。


 葛城はニヤリと口元を歪ませると、静かに語り始めた。


「戦っていたのは、おそらくCランク探索者だろう。自分でそう言ってたから間違いないはずだ。そいつは俺達討伐隊より先にデヴォラスを倒して、恩寵の魔石を手に入れようとした。だが、デヴォラスの強さを侮り、返り討ちにあった。それでも、ただでは死ぬまいと、最後に奴を道連れに自爆したのさ」


 葛城の説明に、その場にいた誰もが息を飲む。確かに、それなら先ほど光景の説明がつく。


「でも、こんな大爆発を起こせるようなスキルなんてあるの? 魔法系のスキルは激レアだから、無名の人が持ってるとは思えないけど……」


 不思議そうな顔をする莉音に、葛城は肩をすくめて見せた。


「この爆発はスキルではなく、おそらく、"ミノタウロスの怒り"だろう。ミノタウロスの激レアドロップのアイテムさ。そのCランク探索者は幸運にも、直前にミノタウロスを倒してそれを入手してたんだろうな」


 葛城の話に、皆が感嘆の溜め息を漏らした。


 多田野は葛城の肩をバシバシと叩きながら、嬉しそうに大声を上げる。


「なるほどっ! 流石葛城だぜっ! いよっ! 並木野市最強の探索者!」


「ふっ……。俺にかかればこんなものさ。まあ、とりあえずこれで、今回の任務は完了ってところか。後はギルドでデヴォラスと戦っていた探索者の身元を確認すれば、自ずと真実は明らかになるだろうぜ」


 葛城は金髪をかき上げながら、不敵に微笑む。


 そして、討伐隊一行は、デヴォラスが残した恩寵の魔石の欠片を回収して、その場を後にするのだった。






◆◆◆






「……行ったか?」


 討伐隊が転移陣に乗ってダンジョンの外に出たのを確認すると、僕はゆっくりと透明化を解除して立ち上がった。


「大成功プモな! これであいつらは完全に、根鳥がデヴォラスを道ずれに自爆したと思ってるプモよ! プッ……! ププププププモ」


 いやー、こいつよくあんな作戦思いつくよな。根鳥の声まで録音してたのはびっくりだったけどさ。


「デヴォラスは討伐されて、ダンジョンの封鎖も解除される。更に恩寵の宝物ユニークアイテムを僕がこっそり持ち帰っても、誰にもバレることはない。完璧じゃないか」


「もっと褒めていいプモよ? 討伐隊っていうくらいだから、絶対に索敵スキル持ちも混じってると思ったプモ。恩寵の宝物の透明化まで見抜かれるくらいの高性能ならマズかったプモが、カメラやサーモグラフィーにも映らないレベルプモからな。まず気付かれることはないと踏んだプモ。逆に利用してやったプモね!」


 うわぁ……。この子、めっちゃ頭良いんだけど。変態のくせになんかムカつくわぁ……。


「それにしても……『なるほど……。そういうことか……。ふっ……。俺にかかればこんなものさ』……だってプモっ!!! ププププププモ!!!!! すっかり騙された癖にかっこつけてクソガキ超ウケるプモーーー!!」


 葛城の声真似をしながら腹を抱えて笑うプモル。


「わ、笑うなよ! あれでもまだ中学生なんだからさ! そんなに笑ったら可哀想だろ! ……ふふふふっ! くくくくっ!」


「そんなこと言いながらチェリーも笑ってるプモ! 人の事言えないプモ!」


 プモルに指摘され、慌てて口を押える。しかし、一度ツボに入るとなかなか笑いが止まらない。


 結局、僕達はしばらく馬鹿みたいにゲラゲラと笑い続けたのであった。





──────────────────────────────────────

Q.多田野が感じた部屋の中の生体反応って?

A.透明化する前のチェリーとプモルの2人です。しかしプモルは妖精なので、生き物なのかなんなのかよくわからない反応になってます。


Q.並木野最強の葛城がBランクってAランクはいないの?

A.Aランクになれるのは"世界探索者ランキング"に載った人物のみです。つまり全世界で100名しか存在しません。日本には3名のみで、いずれも並木野市以外で活動しています。ちなみに一度Aランクになっても"世界探索者ランキング"から落ちるとBランクに降級します。

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