第035話「敗因」★

「くくくくく、手応えがあり――――だっっ!!!」


 デヴォラスは、遥か後方まで吹っ飛び、地面に転がっている魔法少女チェリーピュアハートの姿を確認すると、勝ち誇ったようにそう叫んだ。


 確実に骨を砕いた感触があった。もう立ち上がることはできまい。


 とどめを刺すべく、ゆっくりとピンク色の少女の元へ向かう。少女はだらりとその手足を投げ出し、ぴくりとも動かない。


 草を踏みしめながら、一歩ずつ近づいていく。


 あと10メートルというところまで近づいた時だった。突如、少女が胸につけていたブローチの宝石が激しく光を放ったかと思うと、中から黒猫のような生き物が飛び出してきた。


「チェリー! しっかりするプモ! 目を覚ますプモ! こんなところで負けちゃダメプモ!」


 黒猫は、少女に縋りつきながら必死になって叫んでいる。


 デヴォラスはそれを横目で見やりながらも、歩みを止めずに前進を続ける。


「なるほど、そいつと会話をしていたのはお前か。まあいい、どのみち貴様も死ぬんだ」


 デヴォラスは、目の前にいる小動物を見下ろしながらそう言った。


 だが、黒猫はその言葉を無視して、なおも叫ぶ。


「チェリーー! 起きるプモ! お願いだから起きるプモー! ………………駄目プモ……完全に気を失ってるプモ……」


 ついにデヴォラスは、少女のすぐそばにまで到達した。


 じろりと黒猫を見下ろして、拳を振り上げる。すると、黒猫は少女を見捨てて一目散に逃げ出した。


「ぎにゃーーー! プモルはまだ死にたくないプモーーー! チェリーごめんプモーーーー!」


 森の中へ消えていく黒猫の後ろ姿を見送りながら、デヴォラスは足元に倒れている少女に視線を落とした。


 四肢はだらりとしていてピクリともしない。服はあちこちが破れ、ふとももは露わになり、その豊満な胸元を隠す下着がわずかに見えてしまっている。


 デヴォラスは、そんな少女の姿を眺めると舌なめずりした。


 ――やはり美しいな……。


「…………」


 生まれた時には存在しなかった器官が、熱を帯びてくるのを感じる。


「……こいつをこのまま取り込んでしまうのは惜しいな。……くくくく、決めたぞ。少し、楽しませて貰うとしよう」


 デヴォラスは、その醜悪な顔に下卑た笑みを浮かべた。そして、少女の衣服を剥ぎ取ろうと手を伸ばした――



 ――その時だった。



 突然、肩口に鋭い痛みが走ったかと思うと、体全体に痺れるような感覚が広がった。


「――がっ! な、なんだこれは!?」


 慌てて、自分の右肩を見る。そこには、鋭利な刃物で刺されたかのような傷口ができていて、そこからは真っ赤な鮮血が流れ出していた。


 現在進行形で自分の体に何かが刺さっている感覚がある。だが、周囲には何もないように見える。


 何が起こったのか理解できずに混乱していると、森の方から誰かの声が聞こえてきた。


「だから言ったプモ? 絶対引っかかるって思ったプモ」


 その声の主は、先程逃げたはずの黒猫だった。にやにや笑いながら、こちらに歩いてくる。


 同時に、足元で倒れていた少女の目がぱちっと開いた。


 少女は何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がると、右手を前に突き出し、こう呟いた。



『インビジブルパラライズソード』






◆◆◆






 透明化の能力を解除すると、デヴォラスの肩口には深々とマジカルソードが突き刺さっていた。


 デヴォラスは苦痛に顔を歪めながら、僕に向かって吠える。


「がっ! 何故っ!? 確実に骨を砕いてやったはずだ! どうして動ける!?」


 ああ、あれは痛かったよ。人生で初……いや、ゴブリンにも同じような目に合わされたから2回目か。


「これだよ、ダンジョンには回復ポーションって便利なものがあってな? まあ、めちゃくちゃレアなんだけどさ。僕のかわいい教え子がくれたんだ。……本当に、嬉野には頭が上がらないなぁ」


 嬉野がくれた中級ポーション。低級と違って、骨折までも治してくれる優れものだ。気絶した僕にプモルが飲ませて起こしてくれた。


 デヴォラスは、信じられないという表情で僕を見つめている。


「マジカルソードに"麻痺"と"透明化"の2つの能力を付与することは、今の僕の実力では戦闘中には不可能だった。だけど、動かないで集中していればなんとかなったんだよ。あとはお前を誘き寄せて、奇襲を掛けるだけだ」


 僕は、デヴォラスの身体に刺さったままのマジカルソードを引き抜いた。


 血しぶきが上がる。


「ぐうっ!」


 デヴォラスはよろめいて後退る。


 僕はデヴォラスに近づきながら、プモルに話しかける。


「でもまさか本当にアレで引っかかるなんてな……。なんだか複雑な気分だよ……」


「ふふん、こいつが戦闘中にチェリーの体をエロい目でちらちら見ていたのにプモルは気づいていたプモよ。チェリーが気絶したら絶対エロい事をしようと油断して近づいてくると予想していたプモ」


 プモルが得意げな顔でそう言うと、デヴォラスは悔しそうな顔で僕を睨んできた。


「人間を吸収しすぎたのが仇となったな? 以前のお前ならもっと慎重だったはずだ。僕が気絶したのなら、下層に潜ったり、転移陣に乗って地上に出たり、色々と選択肢はあったはずなのにな?」


「人間の男はアホプモからなー。どんなに頭が良かったり慎重だったりする男でも、下半身に逆らえずに人生を棒に振ったりするプモ。お前は特にゲスでクズな男ばかりを吸収してきたみたいプモねー。そんな奴がチェリーの体に欲情するのは当たり前プモ。チェリーは超絶美少女プモからな!」


 デヴォラスは逃げようと走り出した。だが、足がもつれて転んでしまう。全身に麻痺の症状が出ているようだ。


 僕は魔力で魔法少女服を修復すると、手に持ったマジカルソードを、新たな武器に変化させる。



「――――マジカルアックス!」



 それは巨大な斧だった。僕の身の丈を軽く超えている。柄の部分だけでも1.5メートルはあるだろうか。刃の部分も直径1メートルはあるかもしれない。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330662503582695


 デヴォラスは這うように必死に逃げようとしている。


「ば、馬鹿なっ! 俺が、世界の頂点に立つはずのこの俺がっ!!!」


「探索者からは逃げ回って、魔物と準探索者だけを狙ってたんだプモよね? 探索者には美少女が多いけど、準探索者は基本的に屈強な男しかいないプモからなー。チェリーみたいな美少女と対峙する機会はゼロだったんプモよね? もう少し女に慣れていたらもっと慎重に行動できたかもしれないプモねぇ」


 プモルの言葉を聞きながら、僕は巨大な斧に魔力を込めると、力いっぱい振り上げた。


「やめろっ! 俺はこんなところで死ぬわけにはいかない! これから俺は最強の存在になるんだ! やめろっ!! やめろおおぉぉーー!!!」


「お前の敗因を教えてやるプモ。お前の敗因は――――」



「――――――童貞・・プモ!!!!」



 その言葉と同時に、僕は斧を振り下ろした。


「ぎゃあああああああぁぁーー!!!」


 ――ドゴオオォンッ!!!!


 地面を揺らすような轟音と共に、デヴォラスの頭から股間までを真っ二つにする。辺りに衝撃波と土煙が巻き起こる。


 やがて、土煙が晴れると、そこには大きく割れた地面と、デヴォラスの残骸らしきものが散らばっているだけだった。


 しばらくすると、デヴォラスの体は、光の粒子となり、僕の体に吸い込まれるようにして消えていった。


 

 ――カランッ。


 

 地面に何かが落ちるような音がしたので見てみると、そこには拳大の魔石が残されていた。黄金に輝く、見たこともないような美しい色をしている。


 僕はそれを拾い上げると、大きく息を吐いてその場に座り込んだ。

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