第034話「底なしの成長力」
デヴォラスは木々の合間を縫うように走り続ける。その後ろ姿を見失うまいと、懸命に追いかける。相手は怪我をしているだけあって、距離はどんどん縮まっていった。
(よし! もう少しで追いつくぞ!)
そう思った瞬間、デヴォラスは何かを見つけたかのように、急に方向転換した。その先を目で追うと、そこにはイノシシのようなモンスターの群れがいた。
《ワイルドボアだプモ。突進攻撃が得意なパワータイプの猪型のモンスターだプモ。そこまで強力な魔物じゃないプモが、集団で襲ってくるから厄介なんだプモよ》
プモルの説明を聞きつつ、目の前の状況に集中する。
デヴォラスは躊躇なくワイルドボアの群れに突っ込んでいくと、先頭にいた一匹の首を右手で鷲掴みにした。そのまま持ち上げると、力任せに地面に叩きつける。
そして、巨大な足を振り下ろすと、その頭を踏み潰した。
《モンスターを吸収されれば厄介だプモ! チェリー! 奴が喰うのを邪魔するプモよ!》
「わかってる! マジカルファイアーーー☆」
ソードをワンドに変化させて、デヴォラスの足元に転がっているワイルドボアの死体に魔法を放つ。炎に包まれた死体は、一瞬にして灰と化す。
よし! これなら奴に吸収させないで済むはずだ!
しかし、僕の思惑とは裏腹に、デヴォラスはまるで気にした様子もなく、別のボアに向かって駆け出していく。そして、その鋭い爪で胴体を引き裂き、あっという間に絶命させてしまった。
「くっ! マジカルファイアーーー☆」
今度は死体も含めて複数のワイルドボアをまとめて焼き殺す。それでもデヴォラスは歩みを止めず、次の獲物へと向かっていった。
(何をやってるんだ? あいつは!?)
もうすぐで追いつきそうなのに、片っ端から目に映るモンスターを殺しながら逃げている。しかもただの一体も吸収できていないので、まったく意味がない。
《ちょ、ちょっと待つプモ! プモルの考えが正しければ、マズいことになるかもしれないプモ! チェリー! 早くあいつにトドメを刺すプモ!》
プモルの慌てぶりを見て、嫌な予感を覚える。
僕は急ぎデヴォラスの背中に迫るが、奴はこちらを振り向くことなく、最後のワイルドボアを殴り殺した。
――すると、突然デヴォラスが歓喜の声を上げる。
「来たっ! 来たぞっ! うおおおおおおっっ!」
その声と同時に、デヴォラスの身体に刻まれていた無数の切り傷が塞がり始める。そして、その全身から凄まじいまでの魔力が立ち昇った。
――これは、まさか!!
デヴォラスは背中越しに振り返る。その顔には邪悪な笑みが浮かんでいた。
「まさか! あいつ! レベルアップしたのか!? モンスターなのに!!」
《……おそらく、その通りプモ。探索者の根鳥を吸収したことで、レベルアップ能力に目覚めたんだプモ!》
レベルアップすると体力は全快し、その身体能力は爆発的に上昇する。さらに、新たにスキルを習得することもある。
その能力の上昇は凄まじく、嬉野のような普通の女子中学生が、凶悪なモンスターを簡単に倒せるくらいまで強くなるのだ。
それを、元々ミノタウロスを倒せるレベルの強さだったデヴォラスが身に付けてしまったら……。
《……チェリー! もはやこれは、完全に魔法少女の案件だプモ! こいつをここから出せば、人類にとって未曽有の災厄になるプモ!》
デヴォラスは自分の体を確かめるように、首を回したり手を握ったりすると、満足そうに口元を歪める。
その瞳には強い殺意と狂喜の色があった。
「くくくくっ、これはいい。力が溢れてくるようだ。どんな生物でも吸収し、倒せば倒すほどレベルが上がる。俺はどこまでも強くなれる。ははははははっ! さぁ! お前の力もいただくとしようかっ!」
デヴォラスの背中の筋肉が盛り上がり、一気に跳躍する。その速さは先程とは比べ物にならない。一瞬にして間合いを詰めると、鋭い爪を振り下ろした。
(駄目だ! これは、とても受けられるような威力ではない!)
「くっ!」
咄嗟に後方へ飛び退いて避ける。次の瞬間、その一撃は地面を大きくえぐり、大量の土砂を巻き上げた。
「ぜあぁあああっ!!」
デヴォラスはそのまま大量の土を掬い上げ、僕に向けて投げつけてきた。
まるで散弾銃のように飛んでくる無数の礫。
(よ、避けきれない!)
空中で体勢を変えられない。このままじゃ直撃してしまう。
《チェリー! 風魔法でガードするプモ! 今ならまだ間に合うプモ!》
「――そ、そうだ! マジカル・エアシールドッ!!」
僕の前方に風の壁が現れ、降り注ぐ土塊を弾いていく。しかし、その全てを弾ききることはできず、いくつかは身体に当たってしまった。
「あっ! ぐうぅうっ!」
鈍器で殴られるような痛みに思わず顔をしかめる。
魔法少女になってから、モンスターから攻撃を喰らったことは一度としてもなかった。その初めての衝撃に動揺してしまう。
《チェリー! しっかりするプモ! 攻撃はまだ終わっていないプモよっ!!》
プモルの叫び声で我に返る。慌てて視線を向けると、目の前にはすでにデヴォラスが迫っていた。
「マ、マジカル――――」
『グオオオオオオオオオオオォオオッ!!』
デヴォラスの口から獣の如き雄たけびが放たれ、僕の体が一瞬硬直してしまった。
(ミノタウロスの咆哮! ま、マズい!)
その隙を逃すはずもなく、デヴォラスは丸太のような腕で横薙ぎに殴りかかってきた。
《チェリー! 危ないプモっ!!!》
プモルの声と同時に硬直が解け、なんとか後ろに飛び退いたものの、完全回避すること叶わず、腹部にその拳がかすってしまう。
「がはっ!」
強烈な衝撃と共に吹き飛ばされ、後ろの大木に叩きつけられる。そのままズルリと崩れ落ちそうになるが、必死に両足で踏ん張り、何とか倒れることだけは耐える。
「うげぇっ……!」
胃液が逆流し、吐瀉物が口から漏れ出した。涙が滲み、視界がぼやける。
だが、倒れるわけにはいかない。歯を食いしばり、意識を強く持つ。
《チェリー! 大丈夫プモか!?》
プモルの心配そうな声に、僕は小さく首肯して応える。
幸いなことに、致命傷は避けられた。防御効果が付与されている魔法少女の衣装のおかげなのか、骨や内臓に損傷はないようだ。これならしばらくは戦える。
しかし、今の攻撃で服のあちこちが裂け、肌が露出していた。特にお腹の部分は大きく破れており、下着が少し見えてしまっている。
「くくくっ、中々いい格好になったじゃないか」
デヴォラスは嗜虐的な笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいてくる。
くそっ! 変なところまで人間みたいになりやがって!
だが、そんなことで狼狽している暇はない。今は一刻も早く反撃に転じなければ。
デヴォラスは、すでに勝利を確信したかのように、余裕の表情だ。
(ここまで強くなるなんて……。このままでは勝てない! 何か手を考えないと!)
デヴォラスは、その強靭な脚力で瞬時に僕との間合いを詰めると、再びその剛腕で殴りかかってくる。
――速い!
かろうじて身を捻り、紙一重でその一撃を避けたが、完全にはかわすことができず、脇腹に掠ってしまった。
鋭い痛みが走る。
(だ、駄目だ! このままでは防戦一方になってしまう!)
デヴォラスは、さらに連続で攻撃を仕掛けてくる。その度に、僕の体は少しずつ削られていく。スカートは破れ、太ももが露わになる。
それを見たデヴォラスは、楽しげに笑い声を上げた。
《こいつ、随分人間らしくなったプモな! ……いや、待つプモよ? 人間らしく……》
プモルが何事かを呟いている。どうしたというのだろう。
《……そうだプモ! チェリー! 奴を倒す作戦を思いついたプモ!!》
《え!? 本当か!》
《ああ、間違いないプモ! いいプモか? 今からプモルの言うとおりに――》
プモルが、その作戦の内容を語り始めたその時だった。
「ふんっ! 集中力が途切れているぞっ! ピンク色っっ!!」
デヴォラスが、その巨大な足を振り上げ、地面を踏みつけた。すると、大地が大きく陥没し、大量の土砂が舞い上がった。
その衝撃によって、バランスを崩してしまう。
「これで終わりだっ!!!」
デヴォラスは腰を落として右腕を引くと、渾身の力を込めてその拳を突き出した。どす黒いオーラを纏った巨岩のような拳が一直線にこちらに向かってくる。
「マ、マジカル・エアシールドッ!!」
咄嵯に防御魔法を発動するが――
――その空気の壁は、まるで薄氷のように呆気なく砕け散った。
そして、攻撃を防ぐ術を失った僕の体に、デヴォラスの放った右ストレートが直撃する。
――ドゴォオオオオン!!!
凄まじい衝撃と共に、僕の小さな体が宙を舞う。骨が軋む音が聞こえ、口から血反吐が溢れ出す。
《チェリーーーーーーーっ!!》
プモルの悲痛な叫び声が聞こえる。だが、それに反応することもできず、僕の意識は闇へと沈んでいった。
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