第033話「魔法少女は怯まない」
デヴォラスは、空に向かって吠えると、その巨体を揺らしながら、凄まじい勢いで突進してきた。
一瞬にして間合いを詰めると、その丸太のような右腕を、思い切り振りかぶる。
《後ろに飛ぶプモっ!》
「わかってるっ!」
大きく後方へ跳躍し、攻撃を回避する。
直後、デヴォラスの拳が、先程まで僕のいた場所に叩きつけられた。地面は大きく陥没し、衝撃で木々が激しく揺れ動く。
(速い! それに、なんてパワーだ!)
あの時とはまるで違う。まともに食らえば、いくら魔法少女になって強化されたこの体でも、ひとたまりもない!
《まずは距離を取って戦うプモ! 見たところ、奴に遠距離系の攻撃手段はないプモ。弓と魔法を駆使して、距離を保って戦っていくプモ!》
プモルの言葉に小さくうなずく。あの巨体だ、近接戦闘では分が悪い。ここはヒットアンドアウェイで、確実にダメージを与えていくことに専念しよう。
ピンク色のツインテールを靡かせながら、空中で回転し、後ろにあった木の側面を蹴って、そのまま更に上空に舞い上がる。
そして、手にしたマジカルステッキを弓へと変形させた。
「くらえっ! マジカルアローーーーー☆!!!」
魔力を帯びた矢を、デヴォラスに向けて放つ。放たれた光り輝く矢は、一直線にデヴォラスの胸めがけて飛んで行く。
(さあどうする! この光の矢は、避けてもどこまでも追跡してくるぞ! 逃げ場などありはしない!)
だが、デヴォラスはニヤリと笑うと、微動だにせずその場に立ち尽くしたまま、向かってくる光弾を見つめていた。
(……! 何故逃げない!? まさか、あれを正面から受け止めるつもりか?)
デヴォラスだけじゃなくこちらも成長しているのだ。マジカルアローの威力はあの時とは比べものにならない。いくらデヴォラスとはいえ、直撃すれば致命傷は避けらないはずだ。
「その技は――――もう見たっっ!!!」
そう叫ぶと、デヴォラスは右の手のひらを光弾の方に向けた。そして、左の手のひらを近くの大木にぴたりとつける。
――次の瞬間、デヴォラスの右手に光弾が接触すると、大木が粉々に砕け散った。
デヴォラスは、何事もなかったかのように平然としており、その身体には傷一つついていない。
「――なっ! 一体何をしたんだ!?」
《い、今のは……"スキル"じゃないプモか!? 確かスキル大全で相手の攻撃を受け流すスキルを見たことがあるプモ》
「スキルだって!? ……あいつ、探索者のスキルまで使えるようになったっていうのか!」
この短期間で、一体どこまで成長したんだ!?
《チェリー! 今は驚いている場合ではないプモ! すぐに次が来るプモ!》
ハッと我に返り、再び視線を向ける。見ると、デヴォラスは右手に太い木の幹を持ち、それをこちらに投げつけようと構えていた。
「ちょっ! そんなのアリかよ!」
その剛腕から繰り出される投擲は、砲弾のようなスピードで僕に迫る。慌てて横っ飛びに回避すると、背後の木が轟音を立てて吹き飛んだ。
なんて馬鹿力だよ! 遠距離攻撃がないなんてとんでもないぞ! この森林エリアには、奴が投擲できるような木が山ほどある。
《チェリー! ボーっとしていないで避けるプモ!》
プモルの怒声に、慌てて顔を上げる。すると、いつの間にか眼前にデヴォラスが迫っており、両手に持った丸太を横なぎに振るってきた。
咄嵯に開脚してしゃがみこむと、頭上を丸太が通り過ぎる。風圧でピンク色のツインテールがふわりと浮き上がった。
間髪入れずに、今度は蹴りが飛んでくる。素早く起き上がり、後方に跳躍。ギリギリのところで攻撃をかわす。
だが、着地と同時に、デヴォラスがその鋭い爪を振り下ろしてきた。
「マジカルソード☆!!!!」
避けきれないと悟り、剣を出現させると、デヴォラスの攻撃を受け止める。ガキィッという鈍い音が鳴り響き、火花が散った。
しかし、攻撃の勢いを殺しきれず、大きく弾き飛ばされてしまう。地面を転げまわり、なんとか体勢を立て直して立ち上がる。
《落ち着くプモ! 確かにパワーは凄いプモが、チェリーに比べて動きはそこまで速くないプモ! 冷静に対処すれば勝てるはずプモ!》
「う、うん。そうだね。ありがとうプモル。ちょっと焦っちゃってたみたいだ」
プモルの言葉を聞き、呼吸を整える。
確かにそうだ。デヴォラスの動きは、今の攻防を見る限りそこまで速いわけではない。攻撃も単調だし、落ち着いて対応すれば、決して倒せない相手ではないはずだ。
改めてデヴォラスに向き直る。奴はゆっくりとした動作で、僕に向かって歩いてきているところだった。
「独り言が多いやつだと思っていたが……お前誰かと喋っているのか? テレパシーとかいうやつか?」
デヴォラスは立ち止まると、不思議そうな表情を浮かべながらそう言った。
どうやら人間並みの知性も身につけているようだ。これはますます厄介だな。
僕は返事をする代わりに、マジカルソードを中段に構えた。
デヴォラスはその様子を見て、ニヤリと笑うと、手に持っていた丸太を放り投げてくる。丸太は空中で回転しながら、凄いスピードで迫ってくる。
――だが、もう焦りはない。
迫りくる丸太を、最小限の動きでかわし、一気に駆け出す。
「ぬぅっ!?」
デヴォラスは驚いたように目を見開く。そのまま懐に飛び込むと、マジカルソードを一閃させた。
――ギィン!
左手の爪で受け止められたが、構わず力任せに押し切る。デヴォラスは数歩後ろに下がると、地面に落ちている丸太を拾い上げた。
が、遅い!
僕はバク宙するように身体を回転させると、遠心力を利用して、下から掬い上げるようソードを振るう。
「ふんっ! そんな後方から剣を振っても当たるわけがないだろう!」
振り上げる剣はデヴォラスから優に5メートルは離れている。当然、刃は届かない。
だが――
「これはまだ見てないだろう? ――――マジカルソーーード☆!!!!」
――剣は伸び、デヴォラスの右腰から左肩へと袈裟懸けに斬り裂いた。
デヴォラスは驚愕に顔を歪めながらも、バックステップで距離を取る。そして、丸太を両手で掴むと、野球のバッティングのようにフルスイングしてきた。
しかし、魔法少女は怯まない。
向かってくる丸太をジャンプで回避すると、そのまま空高く舞い上がる。そして、落下する勢いを利用して、回転しながらの渾身の一撃を繰り出した。
「ぬ、ぬおおおおーーーーっ!!」
デヴォラスは咄嗟に両腕を交差させてガードするが、衝撃を殺し切れず、後方に吹き飛ぶ。そのままゴロゴロと地面を転がり、樹木にぶつかってようやく止まった。
苦悶の表情を浮かべながら、ヨロヨロと立ち上がるデヴォラス。その両腕はだらんと垂れ下がり、ダラダラと血を流している。
《お見事プモねー。な、プモルの言った通りだったプモ? 近接戦闘の練習をしておいて良かったプモねー?》
得意げなプモルの声が頭に響く。
「ああ、お前の言った通りだったよ」
この魔法の国からやって来たという変態妖精は、戦闘面のアドバイスだけはいつだって的確だ。
《変態は余計だプモ》
「事実だろ―――っと!」
未だ茫然自失のデヴォラスに向かって、跳躍する。その脳天に向けて、マジカルソードを振り下ろした。
デヴォラスはハッとした様子で我に返ると、慌てて後方へ飛び退く。しかし、完全には避けきれず、肩口から胸にかけてざっくりと切り裂かれた。
鮮血がほとばしる。
「ぐああああっ! ば、馬鹿な! ……この強さ! ここまで成長して! それでもまだ貴様には届かないと言うのか!」
デヴォラスは悲鳴を上げつつも、なんとか距離を取ろうと必死に後退る。だが、その動きは鈍く、今にも倒れてしまいそうだ。
勝てる! 今ならまだ僕の方が力が上だ!
このまま畳みかけようと、一歩踏み出した時、デヴォラスが大きな咆哮を上げた。
『グオオオオオオオオオオオオォオオッッ!!!!』
ビリビリと空気が震える。あまりの迫力に思わず足が止まってしまう。
《ミノタウロスの咆哮だプモ! 相手を一瞬硬直させる効果があるプモ! 気をつけるプモ!》
あいつ! 10階のボスであるミノタウロスまで吸収してたのかよ!
デヴォラスは全身に力を込めると、傷口を無理やり押さえつけ、立ち上がった。僕はその姿を見て、再び警戒を強める。
――だが、その行動は予想外だった。
デヴォラスは僕に背を向けると、一目散に逃げていったのだ。
「え?」
予想外の展開に呆気に取られてしまう。
《チェリー! アホ面晒している場合じゃないプモ! 早く追いかけるプモ! 11階の魔物を吸収して成長するつもりかもしれないプモよ!》
プモルの言葉で、僕は我に返り、慌ててデヴォラスの後を追いかけ始めた。
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