第032話「勇気の心」★

 一瞬でトップスピードに乗り、そのままの勢いでデヴォラスに斬りかかる。デヴォラスは根鳥に気づいてすらいないのか、背を向けたまま微動だにしない。


「おらぁっ!!」


 気合とともに振り下ろされた刀は、デヴォラスの肩口から入り、脇腹にかけてを切り裂く。



 ――が、次の瞬間、根鳥の顔が驚愕に染まる。



「なんだこりゃっ! まるで手ごたえがねぇぞ!?」


 まるで水でも切ったかのような感覚だった。何か危険な予感を感じた根鳥は、慌てて飛び退こうと、足に力を入れる。


 だが、その瞬間、デヴォラスの体がゲル状になり、彼の体に絡みついた。


「ぐっ! こいつは! まさかスライムの亜種かっ! ちぃ!」


 もがく根鳥。しかし、粘液状の物体が手足の自由を奪うかのように、がっちりと掴んで離さない。


「……この程度で俺に勝ったつもりか? 舐めんじゃねーよ! 本気を出せばこの程度の拘束――」


「おい、あんた大丈夫か! 今助ける!」


 スキンヘッドの男が、慌てた様子で駆け寄ってくる。そして、根鳥の目の前まで来ると、その拳を握りしめた。


「おい、おっさん! 下がってろ! この程度、全力を出せば問題ねぇ! それにおっさんみたいな準探索者が素手で一体何が出来るってん――」



 ――ザシュッ!!



「――――あ?」


 根鳥は自分の腹部に視線を落とす。そこには、自分の腹から突き出ている、鋭い爪のようなものがあった。


 その腕を辿るようにして視線を上げると、そこには、醜悪な笑みを浮かべたスキンヘッドの男の姿が見えた。いつの間にか、その手は人間の物ではなく、爬虫類を思わせるような巨大な鉤爪に変化していた。


 男の顔がドロリと溶けたかと思うと、瞬く間にその形を変えていく。そして、人間とは似ても似つかないモンスターへと変貌した。


「あ、がっ! て、てめぇ……、が……まさか……デヴォラス!!」


 根鳥が絞り出すように声を出すと、その言葉に答えるように、デヴォラスはニタリと笑い、その口を大きく開いた。


「ずっと待っていたぞ! この瞬間をな! 探索者はまともに戦えばとてもかなう相手ではないからな! マヌケな探索者が1人でいるところを待ち続けた甲斐があったというものだ! 俺は元々スライムのモンスター、あの程度の分体を生み出すことなど造作もないわ! さぁ、喰わせてもらうとしよう! お前のその力を!!」


 デヴォラスの巨大な牙が根鳥に迫る。


「ま、待てっ!! やめろっ! ――――うぎゃああああっ!!!」


 デヴォラスの大口がその首筋に突き立てられ、根鳥の絶叫が辺り一面に響き渡る。鮮血が噴き出し、デヴォラスの顔にかかる。


 デヴォラスはその返り血を浴びながら、満足そうに笑うと、根鳥の体を貪り始めた。


「お? おおお? こ、これはっ!!」


 やがて、根鳥の体を食べつくしたデヴォラスは、その肉体の変化に驚きの声を上げた。


「――――力が! 力が溢れて来るぞ! かつてないほどの力がっっ!!!」


 デヴォラスは両手を広げ、天に向かって吠えるように叫ぶ。


 すると、デヴォラスの全身が、光に包まれ、そのシルエットを変化させていった――――。






◆◆◆






「くそっ! 間に合わなかったか!」


 一部始終を、遠目からマジカルアイで見ていた僕は、根鳥がデヴォラスに捕られた瞬間、全力で駆け出した。


 だが、ボス部屋の前にたどり着く頃には、既に根鳥はデヴォラスによって捕食されてしまっていた。


 光に包まれたデヴォラスの体が、徐々に小さくなっていく。


 そして、光が収まったとき、そこにいたのは、長い金髪を背中まで伸ばした、美しい青年だった。知性ある瞳からは、どこか高貴な雰囲気すら感じる。


「あ、あれが、あのデヴォラスなのか?」


 僕は、デヴォラスの姿を見て唖然とする。


 先程のスキンヘッドもデヴォラスが化けていたのだろうが、その外見はもはや完全に普通の人間と変わらない。あれを一目でモンスターと判断できる人間はおそらくいないだろう。


《何人もの人間を吸収したことで、完全に人型になれるほど成長したようプモな。気を付けるプモ、人型になれるモンスターは、知能が高く、戦闘能力も高いと相場が決まってるプモ》


 プモルの言葉を聞き、緊張が高まる。


 だが、そんな僕の気持ちとは裏腹に、デヴォラスはこちらに気づくことなく、その場でじっと立ち尽くしている。


「どうする? 今のあいつの力は未知数だ。……僕は討伐隊の到着を待った方がいいと思う」


《プモルも同感プモな。無理して1対1で戦う必要はないプモよ。チェリーは最初に比べたら随分強くなったプモが、まだまだ成長途上だプモ。ここは慎重にいくべきプモね》


 僕とプモルは意見を一致させる。ここは様子を見るのが得策だろう。


「プモル、今何時だ? 討伐隊の出発は正午って言ってたけど……」


《11時50分プモな。もうすぐ出発時刻プモ》


 早朝からずっとダンジョンに潜ってた気がするけど、まだそれだけの時間しか経ってなかったのか。


「デヴォラスを監視しつつ、討伐隊を上手く奴のところに誘導する。いくらCランクの根鳥を吸収したといっても、嬉野や葛城ら複数の上級探索者に囲まれたら、デヴォラスだって一溜まりもないはずだ。僕達はサポートに徹して、あいつを確実かつ安全に倒せる状況を作り出せばいい」


《プモルもそれが一番だと思うプモ。チェリーも中々わかってきたプモねー》


 僕達が作戦を立てている間、デヴォラスはずっとその場に佇んでいた。


「それじゃあ、どこかに隠れて様子を伺うか。モンスターは奥のセーフティーエリアには入れないから、奴はこっちに戻ってくるはず……ん?」



 ――そう思った瞬間、デヴォラスは信じられない行動に出た。



《チェリー! 見るプモ! あいつ、セーフティーエリアに向かってるプモよ!》


「……え!? どういうことだ!? モンスターはセーフティーエリアに入れないはずだぞ!?」


 あいつはそのことを知らないのだろうか?


 が、デヴォラスはこともなげにセーフティーエリアの扉に手をかけると――――そのまま、中に入ってきた。


「――――はぁ!?!?!?」


 予想外の事態に、思わず声を上げてしまう。


 そんな馬鹿な! デヴォラスは一体どうやって――――


《も、もしかしてダンジョンのシステムが奴を人間だと誤認してるんじゃないプモか!? あれだけ完璧に擬態してるんだプモ! 充分にあり得るプモ!》


 プモルは慌てながら、必死に仮説を立てる。


 確かにさっき僕らも、デヴォラスのことを人間にしか見えないと思ってしまったし、可能性としてはあり得るかもしれない。


「……ちょっと待てよ!? それじゃあ奴は下の階層に降りれるってことか!? ここより下の階層の魔物を吸収すれば、もっと強くなってしまうぞ!?」


 それは非常にまずい。1階から10階は大したモンスターがいなかったから、まだマシだったけど、もし10階より下の階層にいる強い魔物を吸収されれば、手がつけられなくなる。


《い……いや、それどころじゃないんじゃないプモか?》


 プモルが焦った声で呟く。一体どうしたというのだろうか?


《あいつ……地上に出れるんじゃないプモか!? ――転移陣に乗れるんじゃないプモか!?》



「――――――――っっっ!!!!」



 その言葉を聞いた瞬間、僕は反射的に走り出していた。


 あり得る! いや、セーフティーエリアに入れたんだ! ほぼ確実に転移陣を起動できるだろう!!


《チェリー! 待つプモ! 一旦落ち着くプモよ!》


「落ち着く!? これが落ち着いていられるか!? 地上では今まさに討伐隊が待機しているんだぞ! 中には僕の生徒達――――嬉野だっているんだ!!!」


 ダンジョンの中では無敵の強さを誇る探索者も、地上ではただの人だ。もしもデヴォラスが転移陣を使って地上に逃げたとしたら、大変なことになる。


 最悪、並木野の最高戦力である討伐隊と鉢合わせしてしまう可能性もある。


 そして、その全てを吸収してしまったら――――そうなってしまったら、もう誰にも止められなくなってしまう!


 それだけはなんとしても避けなければならない。


 ――勢いよくセーフティーエリアの扉を開く。


 すると、デヴォラスは今まさに転移陣に足を踏み入れようとしているところだった。


「マジカルファイアーーーー☆!!!!」


 一瞬にしてステッキをワンドに変形させ、魔法を発動する。


 杖の先端からはハンドボール程の火球が飛び出し、デヴォラスに向かって凄いスピードで飛んでいく。


「ぬっ!?」


 デヴォラスは突然の攻撃に驚きつつも、上空に飛び上がりその攻撃をかわす。


 火球はセーフティーエリアの壁に当たり、大きな爆発音を響かせた。爆風が頬を打ち、パラパラと土煙が舞う。



「マジカル――――――――エア・バレット!!!!」



 空中で身動きの取れないデヴォラスに向けて、続けざまに空気の弾丸を放つ。


 この魔法は、威力はさほど高くないが、不可視で高速! 初見で回避するのは至難の技だ!


「むぅん!」


 デヴォラスは迫り来る風の弾丸に対し、両腕でガードするような姿勢をとる。


 ――ドゴォンッ!


 デヴォラスの腕に、エア・バレットが命中し、奴の体は後ろの階段まで吹き飛ばされた。


《チェリー! このまま11階層まで降りて、そこで戦うプモ!》


「わかってる――――マジカルファイアーーーー☆!!」


 立ち上がろうとしていたデヴォラスの足元に、再び炎の塊を投げ込む。


「ちぃっ!」


 デヴォラスは舌打ちをしながら、階段を下っていく。火球が階段の壁に着弾し、爆風が辺りに広がった。


 砂埃を巻き上げながら、デヴォラスの背中が小さくなるのを確認し、僕も急いでその後を追う。



 やがて階段を下りきると、そこには――――



 見るも見事な一面の緑が広がっていた。木々が生い茂り、鳥のさえずりが聞こえてくる。


《11階層・森林エリアだプモ。10階までの洞窟エリアとは打って変わって、様々な植物が生えているプモ。モンスターは動物タイプが多く、動きが素早いものが多いプモ》


 プモルの解説を聞きながら、辺りを見回す。デヴォラスは、少し離れた所でこちらの様子を窺っていた。


 ステッキを構えて、いつでも動けるように準備をする。


「……お前は。あの時のピンク色の女か?」


 デヴォラスが僕の顔をジロリと睨みつける。その視線には、はっきりと敵意が含まれていた。


 やっぱり覚えていたか……。まあ、一度殺されかけた相手だ。当然と言えば当然か。


「……くっ、くっ、くっ、ふははははははははははっ!!!」


 突然、デヴォラスが笑い出した。その顔に浮かぶのは、愉悦とも嘲笑ともいえる表情だった。


 そして、その口元が大きく歪むと、その身体がグニャリと形を変えていく―――。


 服が裂け、その下から緑の肌をした筋肉質な肉体が現れた。腕や足は丸太のように太く、指先は鋭く尖っている。


 先程まで端正な美青年だったその容貌は、醜悪極まりない化け物の顔へと変貌を遂げていた。鋭い牙を覗かせ、頬の肉は裂け、血走った眼光がギラつく。頭部には2本の角が伸び、背中には黒い翼が現れた。


「グハハハハハッ! お前、探索者ともまた違う、不思議な力を持ってるな? 予感がするぞ! 確信めいた予感が! お前を取り込めば! 俺は誰にも負けない存在に進化できる!!」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330662326533529


 そう言って、デヴォラスは両手を広げ天を仰いだ。まるで、神に祈りを捧げるかのように。


 そのあまりの迫力に、思わず後ずさってしまう。


 だが、ここで退くわけにはいかない。


 逃げるわけにはいかな・・・・・・・・・・! そして――――逃がすわけにもいかな・・・・・・・・・・いのだ・・・


 こいつは、ここで、必ず倒さなければならない!!


 勇気を振り絞り、前へと踏み出す。


《そう、それでいいプモ。普段は気弱で頼りなさげでも、いざという時は"勇気の心"で、どんな強敵にも立ち向かうことができる。それでこそ――――【魔法少女】だプモ!》


 プモルの声援を受け、僕は目の前の敵――デヴォラスをキッと見据える。


 デヴォラスの体が小刻みに震え、その口からは歓喜の叫び声が上がった。


「グオオオオオォォォォッーーーーーッッ!!! 俺の糧となれえぇっ!!! ピンク色ぉおおお!!!」


「――――来るっっっ!!」



 

 ――――並木野ダンジョン11階層・森林エリア。




 今、異形の怪物と、魔法少女の戦いの火蓋が切られた――――。

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