第031話「受け流し」
「いてててて……。なんだぁ? 誰かに蹴られたような気がしたが……」
ダンジョンゲートを通ってきたばかりの根鳥は、お尻をさすりながら立ち上がった。周囲を見回してみるが、人の気配はない。
「……気のせいか? それにしてもここが並木野ダンジョンか。噂通り中々に雰囲気あるじゃねえか」
塔型の立川ダンジョンと比べると、いかにもと言わんばかりの洞窟のようなダンジョンである。
根鳥はニヤリと笑い、腰に下げていた刀を抜いた。
刃渡り60センチ程の短めの直刀だ。その分、取り回しがよく、小回りのきく動きができるので、スピードタイプの彼にとっては使いやすい得物である。
「ステータス、オープン!」
名前:根鳥達也
レベル:33/100
職業:Cランク探索者
体力:200/200
精神力:120/120
魔力:0/0
攻撃:50
防御:18
速度:80
運:22
スキル:受け流し
称号:特殊個体を討伐せし者
根鳥の眼前に半透明のウィンドウが表示される。そこには、探索者の能力値と現在のレベル、そして自身の持つスキルや称号などが記載されていた。
「ちっ! 相変わらずしけた防御力だぜ。だが、無能力者はこれが1やそこらだってんだから笑っちまうよなぁ!」
刀を肩に担いで、根鳥は鼻で笑う。そして、余裕の表情を浮かべたまま、ゆっくりとダンジョンの中を進み始めた。
「おらぁっ!! くたばれぇや!!」
根鳥の振るった刀が、オークの首をあっさりと切り落とす。首のないオークの巨体が、どしんと地面を揺らして倒れた。
だが、その顔には満足そうな笑顔はなく、むしろ不満げに顔を歪めている。
「おいおい、さっきから雑魚ばかりじゃねーか。もっと歯ごたえのある奴はいねぇのか?」
そう言うと、地面に落ちたオークの首を踏みつけた。
ダンジョンに潜って、数時間。既に9階層まで降りてきたが、出現する魔物は全て一撃で倒せる程度の強さしかなく、根鳥は退屈していた。目的のデヴォラスの姿も未だ確認できていない。
「はぁ……。日本最大級のダンジョンつっても序盤はこんなもんか。まあいい、とりあえず10階のボスでも倒しに行くか」
そう呟きながら、目の前の階段を降りる。そして、10階へ到達した瞬間、彼の顔つきが変わった。
「ん……? 誰かいやがるな? ……おいっ! そこの岩陰に隠れてるのやつ!? 出てこい! 10秒以内に出てこなければ問答無用でぶち殺す! 10、9、8……」
「――ま、待ってくれっ! 俺はモンスターじゃない! た、探索者だ! 怪我をしてここで休んでいたんだよ! 頼む! 殺さないでくれ!」
両手をあげて、慌てふためきながら出てきたのは、1人の男だった。大柄なスキンヘッドの男で、年齢は30代くらいだろうか。強面で、ヤクザのように見えなくもないが、どう見てもモンスターではない。
その男の姿を見て、根鳥は舌打ちをした。
――なんだ、ただの無能力者じゃねえか。
「なんだよ、おっさん準探索者か? 今は特殊個体が出没していて準探索者は立ち入り禁止なのに、なんでこんな場所にいるんだ?」
「……? そんな話知らないぞ? 俺は何日も前からここで助けがくるのを待ってたんだ。なあ、あんた探索者なんだろう? だったら俺を助けてくれ! 俺にこの階のボスは倒すのは無理だし、この怪我じゃ1階まではとても戻れそうにないんだ。頼むよ」
男は血に染まる脇腹を押さえながら、必死の形相で根鳥に詰め寄る。しかし、彼は興味なさげに男を一蹴した。
「しらねーよボケ! 自分で何とかしろ! 俺は特殊個体を狩りに来ただけだ。邪魔だから消えろ」
根鳥の言葉に、男は絶望の表情を浮かべる。だが、すぐにハッとした表情になると、再び彼にすがりついた。
「特殊個体? 見たこともないモンスターか? そいつの居場所なら知ってる! 俺の仲間はそいつに殺されたんだ! 頼む! 案内するから! そのついでに助けてくれ!」
「……マジか? 本当にデヴォラスの居場所を知ってるのか?」
根鳥の目が怪しく光り、獲物を見つけた肉食獣のような目で男を見つめた。
「デヴォラス……?」
「例の特殊個体だよ。あんたがここで足止めを食ってる間に、そういう名前が付いたんだ。
「……デヴォラス。……いいな、その名前」
スキンヘッドの男が、ボソリとつぶやく。
その声は根鳥には届かなかったようで、彼は機嫌よく言葉を続けた。
「よし、じゃあデヴォラスの場所に案内してもらおうか。もし本当に奴がいたら、討伐ついでにあんたを地上に送ってやるよ。ただし嘘だったらただじゃおかねーからな」
「あ、ああ……。わかってる。……こっちだ、着いてきてくれ」
男はよろめきながらも立ち上がり、歩き出した。その背中を見ながら、根鳥はほくそ笑む。
――これで、
心の中でガッツポーズをしながら、根鳥は男の後を追った。
数分後、2人は10階層のボス部屋へと続く道を歩いていた。周囲にモンスターも、人影もなく、不気味なほど静まり返っている。
だが、不意に前方の曲がり角の向こう側から、何かが近づいてくる音が聞こえてきた。
「前方に何匹かいやがるな。……おっさん! 下がってろ! 怪我したくなかったらな」
根鳥が叫ぶと同時に、暗闇の中から4体のゴブリンが現れた。そのうち1体は、通常のものよりも一回り以上大きく、大きな剣を握りしめている。
「へぇ、ゴブリンナイトか。ここまでのモンスターの中じゃ一番マシな相手だな。……ま、俺の敵じゃないけど。……さて、ちゃっちゃと片付けるか」
そう言って、腰に下げていた刀を引き抜くと、そのままの勢いでゴブリン達に斬りかかった。
「グギャギャギャーーー!」
醜悪な鳴き声をあげながら、襲いかかってくるゴブリン達。だが、根鳥は一瞬にして3匹の首を切り落とし、残る1体と対峙する。
巨大な剣を振りかざして襲いくるゴブリンナイト。だが、根鳥は冷静に相手の動きを観察し、最小の動きで攻撃を避けた。そしてすれ違いざまに一閃。
肉を切り裂く嫌な音とともに、血しぶきが上がる。ゴブリンナイトはそのまま前のめりに倒れ込み、絶命した。
「おお! なんて速さだ! これがレベルアップ能力を持つ探索者の力なのか!」
「へっ、俺はスピードには自信があるんだ。それより、早く先に進む――――」
「危ないっ!」
スキンヘッドの声に振り返ると、そこにはもう1体、別のゴブリンナイトが根鳥の頭上に向かって剣を振り下ろそうとしていた。
――ガギィィン!
咄嵯に刀で受け止めるが、想像以上の力に、根鳥の手から刀が弾き飛ばされてしまった。
その隙を見逃さず、ゴブリンナイトが根鳥の首を狙って剣を振るう。
だが、そんな絶体絶命の状況でも、根鳥の顔には余裕の表情が浮かんでいた。左手を壁について、右手を無防備に剣の前に差し出すと、ニヤリと笑う。
「おい! あんた、何してんだ! 手が吹っ飛ぶぞ!」
スキンヘッドが悲鳴をあげる。
しかし、根鳥は平然としたまま、その右手でゴブリンナイトの攻撃を受け止めた。
――ドガァン!!
鈍い音が響き渡る。
次の瞬間、どういうわけか、根鳥が左手を置いていた壁に大きな亀裂が入り、崩れ落ちた。剣を受け止めた右手はまったくの無傷である。
「おらよっ!」
根鳥は体勢を立て直すと、そのままゴブリンナイトの腹を蹴り飛ばした。そして、地面に突き刺さっていた刀を手に取ると、起き上がろうとしているゴブリンナイトの首を躊躇なく切り落とした。
返り血を浴びないように後ろに飛び退った根鳥は、刀についた汚れを払うように軽く振ってみせる。
得意げな顔を浮かべたまま、ゆっくりと振り向くと、スキンヘッドの男は呆気に取られたような表情をしていた。
「どうした? 俺がピンチだとでも思ったのか?」
「い、今のはどうやったんだ? 確実に右手を切断されたと思えたが……」
信じられないという様子で、根鳥の手をまじまじと見つめる男。
その視線を受けて、根鳥は口角を上げて笑みを作ると、誇るようにその手を広げて見せた。
「俺のスキル、"受け流し"だ。左右の手のひらで受けたダメージを、もう片方の手に流すことが出来るんだよ。ユニークスキルじゃないけど、結構レアなんだぜ? まぁ、この程度の相手なら、わざわざ使う必要もなかったんだが、スキルの使えないかわいそうな準探索者のおっさんに、ちょっとサービスで見せてやろうと思ってな」
そう言って、再びニヤッと笑いかける根鳥だったが、対するスキンヘッドの男は難しい顔をしたまま固まっていた。
「なるほど……。そんなことまで出来るのか……。レベルアップ能力を持つ探索者が強いわけだ」
「さて、おしゃべりはこれくらいにして先に進もうぜ。……おっさん、案内してくれ」
根鳥が促すと、スキンヘッドの男はハッとしたように我に返った。
「ああ、もうすぐそこだ。見ろ、あの部屋の中にデヴォラスがいるはずだ」
そう言って、男が指差したのは、10階層のボス部屋だった。
2人はゆっくりとその扉に近づく。
近くまで来ると、ボス部屋の扉は開け放たれたままになっており、中からは不気味な気配が漂ってきていた。
根鳥はごくりと唾を飲み込むと、中の様子を窺う。すると、部屋の中央には、見たこともない魔物の後ろ姿があった。
「――マジでいやがった! あれが、デヴォラスか! 確かに、"モンスター大全"でも見たことねぇやつだ。特殊個体に間違いねぇ!」
興奮を抑えきれない様子で、根鳥は叫んだ。
後ろ姿だが、その体躯は3メートル近くありそうだ。ミノタウロスのように立派な2本の角を持ち、全身はオークのような緑色の肌で覆われている。背中から生えている翼はコウモリのような皮膜で出来ており、その先端は鋭利に尖っているように見えた。
目を輝かせながら、デヴォラスを見据えると、大きく深呼吸をして、刀を構える。
「おっさん、死にたくなけりゃ下がってろよ? 俺がすぐに終わらせてやる」
自信満々の様子で言い放つと、根鳥は一気に駆け出した。
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