第030話「下級魔法少女」

 透明になってギルドの廊下を歩く。途中、何人かの人とすれ違ったが、誰もこちらを気にしている様子はなかった。


《おお、本当に誰も気づいてない。……でもこれって大丈夫なのか? 監視カメラとかには映っちゃうんじゃないの?》


 透明になれるといっても、視覚的に見えなくなるだけで、機械類には記録されてしまうのでは意味がない。


 しかし、プモルは心配ないとばかりに首を振った。


《もうそこは実験済みプモ。この恩寵の宝物ユニークアイテムは、カメラなどの映像機器にもまったく映らないプモ。サーモグラフィーなんかでも熱源反応すら出ないプモよ。ただ、直接触られたら流石にバレるプモから、そこだけは注意プモね》


 なるほど、それなら安心だな。しかし肉眼で見えなくなるだけじゃなくてカメラにも映らないとは、改めて凄いアイテムだ。


《だけど、透明になれるのは良いけど、どうやってダンジョンに潜るんだ? ダンジョンゲートのある部屋の扉が勝手に開いたら怪しまれるだろうし、そもそも鍵がかかっているはずだぞ?》


《そこは普通にダンジョンに潜る探索者の後ろをぴったりついて行けばいいプモよ。討伐隊じゃなくてもCランク以上の上級探索者は、ダンジョンに入ることを禁止されてないプモからな。我先にデヴォラスを討伐しようと先走る輩が必ず現れるはずプモ。そいつにくっ付いていってダンジョンに潜るプモ!》


 確かに、討伐隊より先にデヴォラスを倒して、恩寵の宝物ユニークアイテムを独り占めしたいと考える奴が現れてもおかしくないか。


 プモルの作戦に納得した僕は、早速その手筈で動くことにした。エントランスホールに向かい、それっぽい探索者を探す。



 ――いた。いきなり見つかった。



 金髪のピアスをしたガラの悪い男が、仲間らしき男達と一緒に、受付嬢と揉めている。


「ですから、本日の正午から討伐隊がダンジョンに潜る予定となっておりますので、そちらに一緒に参加していただければと……」


「いいからさっさとゲート部屋の鍵を開けろって言ってんだよ! 俺は立川ダンジョンで特殊個体を倒したCランク探索者だぞ! デヴォラスだったか? そんなやつ俺1人で十分だっつってんだろ!」


 あいつは――根鳥達也じゃないか。


 相変わらず横暴な態度で威張り散らしている。立川を主戦場としてたはずだけど、この並木野まで遠征してきたのか。


「……はぁ、わかりましたよ。ただし無茶な真似だけはしないでくださいね。デヴォラスはすでに10人以上の人間を殺害、捕食しています。かなり強力な個体になっていますので、くれぐれもご油断なきように」


「はんっ! 殺されたって、そいつら全員、準探索者の雑魚共だろ? 聞いた話によると、そのデヴォラスってやつは探索者が近寄ると逃げ出す臆病者らしいじゃないか。レベルアップ能力者でCランク探索者の俺なら楽勝だよ!」


 受付嬢の忠告を無視して、根鳥は意気揚々とダンジョンゲートのある部屋へと向かっていった。


 僕はその後をこっそりとついていく。


「……たっちゃん、本当に大丈夫かよ? 俺達はまだDランクだから、一緒にダンジョンに入れないぜ? たっちゃん1人で行くつもりか?」


 根鳥の仲間である細身の優男が心配そうに声をかけるが、根鳥はイラついた様子で答える。


「あのメスガキ共のせいで俺の恩寵の宝物ユニークアイテムが無くなっちまったんだぞ! ちくしょう! どこに消えちまったんだよっ! せっかく苦労して手に入れたレアアイテムなのにっ! とにかく、デヴォラスとかいうやつをぶっ殺して、新しい恩寵の宝物を手に入れるしかねぇだろうがっ!」


 すまんねぇ……。お前の恩寵の宝物、もうマジカルステッキに吸収しちまったよ。


 根鳥は仲間達の静止を振り切って、ダンジョンゲートのある部屋に1人入っていく。僕は透明になったまま、その真後ろをついていっていた。


「くそっ! あのメスガキ共! 今に見てろよ? 絶対にわからせてやる! ガキだったが、どっちもいい体してやがったからな……。今度会ったらたっぷり可愛がってやるぜぇ……へへっ」


 気持ちの悪い笑みを浮かべながら、根鳥は部屋の中央に設置されているダンジョンゲートの前に立つ。


「ふんっ!!」


「ぶげらっーーーーー!?」


 その無防備な尻を思いっきり蹴り飛ばして、ダンジョンゲートの中に放り込んでやった。根鳥は奇声を上げて、そのままゲートの向こう側に吸い込まれていった。


「さて、僕達も行こうか」


《やるようになったプモねー。うーん、Sなチェリーも素敵プモなぁ……》


 プモルが何か呟いていたが、無視してダンジョンゲートに飛び込んだ。



 真っ白な光に包まれたかと思うと、一瞬のうちに視界が切り替わる。


 そこは薄暗い洞窟のような場所だった。天井からは水滴が落ちてきており、ひんやりとした空気が漂っている。遠目には光り輝く魔法陣のような物が見えており、その近くには下に降りる階段があった。


「おっ! いきなり階段の近くに出たみたいだな」


《これはラッキープモ。さくさくモンスターを倒しながら10階まで降りちゃおうプモ! そして、ミノタウロス倒して今日もミノ舌ゲットするプモ! うーん、でもミノ肉も捨てがたいプモなぁ……》


 こいつ完全に食べ物しか頭にないな。僕はミノタウロスの英雄剣か、ミノタウロスの霊酒が欲しいのに。


「まあいいか。とりあえず、先にを進も――」


 くるりと体を回転させながら、右手のマジカルステッキを、瞬時に弓に形態変化させて矢を放つ。


 音もなく飛翔した魔力の矢は、背後の岩陰から飛び出してきた2体のゴブリンを貫き、その体を光の粒子に変えた。


 2つの魔石が地面に転がる音を聞きながら、僕はピンク色のツインテールをかきあげつつ、不敵に笑う。


「ふっ……こんなものかな?」


《見事プモ。最初の頃とは見違えるようプモな。これなら最下級魔法少女じゃくて、もう下級魔法少女を名乗ってもいいかもしれないプモ》


 誰が下級魔法少女だよ! せっかくかっこよくキメたんだから、もうちょっとくらい褒めても良くない?


 僕はぷりぷりしながら、魔石を拾い上げると、下層へ続く階段に向かって歩き出した。

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