第029話「インビジブル」
トイレの中は誰もおらず、静寂に包まれていた。今日はギルドに来てる探索者自体が少ないし、上級探索者は討伐隊のミーティングに参加しているので、ここに来る人は殆どいないだろう。
個室に入り、鍵を閉める。そして、胸元からペンダントを取り出した。
プモルがペンダントから飛び出して、空中でクルリと回転したあと、蓋をしている便座の上へと着地する。
「さあ、魔法少女に変身するプモ!」
プモルの言葉と共に、僕はペンダントに魔力を込める。途端、眩い光がペンダントから発せられ、僕の体を包み込んでいった。
全身が光に覆われると、一瞬のうちに体が作り替えられていく。大人の男の体から、10代の女の子の華奢な体に。着ていた服は、フリルのついた可愛らしい衣装へと変化し、髪は長く伸びて、ピンク色のツインテールに結われていく。
やがて、僕は完全に魔法少女の姿へと変化し、鏡の前でポーズを決める。
「魔法少女チェリーピュアハート! ここに見参!」
「ヒューーーっ! 小汚い男子トイレに咲く一輪の花! やっぱりチェリーは最高プモ!!」
小汚い言うなや! ギルドのトイレはめっちゃ綺麗なんだぞ! 金かけてるからな!
しかし、なんだか久々に変身した気がするが、体が軽い。まるで重力の軽い星の上に立っているようだ。あらためて魔法少女の力の凄さを思い知る。
「うーん、でもやっぱりこの服は恥ずかしいなぁ……。こんなフリフリじゃなくて別の衣装に変えられないの?」
魔法少女の衣装はとても可愛いのだが、どう見ても戦闘に向いているデザインではない。それにスカートが短すぎて、動くたびにパンツが見えそうになってしまうのだ。
できればスパッツとか履きたいんだけど……。
「何をふざけたこと言ってるプモかぁぁーーッ!! 魔法少女はどんな時も可憐に美しく戦うものプモよ! スパッツなんてダサくてありえないプモ! それにこれは魔法の力で具現化された服で、見た目とは裏腹にあらゆる防御効果が付与されているプモ! 破れても魔法の力で修復できるし、魔力が上がればどんどん強化されていくプモ! まさに魔法少女の正装と言えるプモね!」
えぇ……マジで? そんな便利機能付いてるのこれ? それなら仕方ないか……。
まあ、魔法少女として戦うと決めた以上、この服装にも慣れないといけないんだろうけど。
「……と、それでこれからどうするんだ? このままじゃトイレから出れないじゃないか」
男子トイレから魔法少女が出て来るところなんて誰かに見られたら、大騒ぎになってしまう。
「ふふふ、それは心配ご無用プモ。いいから、ちょっと黙ってみてるプモ。………んんんっ!」
プモルが念じると、ペンダントが光り輝き、中から何かが出てきた。
それは半透明の触手のような物体だった。便座の上に落ちたそれは、うねうねと気持ち悪い動きをしている。
「うわっ! なんだこれ! 気持ち悪っ!」
あまりの気持ち悪さに、思わず後ずさってしまう。だが、ふと、その謎の物体に見覚えがあることに気がついた。
これは確か……
「そう!
そうだ、あの金髪ピアス男――根鳥達也の持っていた恩寵の宝物だ。
「おいおい! パクってきたのか!? ダメだろそれ!」
犯罪だよ! 窃盗罪!
だが、プモルは肩をすくめて、呆れたような顔を浮かべる。
「あんなクズ野郎にこれを返しても犯罪に使うだけプモよ? チェリーがあいつにそれを返すことによって、また新たな被害者が生まれるプモね? それなら魔法少女が正義のために活用してあげたほうがずっとマシだプモ!」
うぐっ! 確かに!
根鳥はこれを使って、また女性を襲うかもしれない。いや、まず間違いなく襲うだろう。でも、だからといって恩寵の宝物を持ち逃げするのはなぁ……。
「あーーっ! 魔法少女の資質がある人間はこれだから面倒なんだプモ! 善の心が強すぎて融通が効かないプモ! すべての責任はプモルが負うから、気にせずこれを有効活用するプモー!」
うーん、そこまで言われたら仕方がないな。プモルのことはなんだかんだで信用しているし、ここは彼の言葉に甘えるとしようか。
「でもこれを活用ってどうするんだ?」
「マジカルステッキに吸収させるプモよ。ギリギリプモが、今のチェリーの魔力ならなんとかこいつを取り込むことができるはずプモ」
プモルの指示に従い、マジカルステッキを持ち、先端についている宝石のような部分に、半透明の触手を近づける。すると、宝石は光を放ち、触手は光の粒子となって吸い込まれるように消えていった。
「おお! 本当に恩寵の宝物を吸収できた!」
「もう容量が満タンプモがな、これでしばらくは他の武器を吸収することはできなくなったプモが、チェリーが魔法少女としてもっとレベルアップすれば、ステッキの容量も自然と増えていくはずだプモ」
なるほど。まあ、すぐどうにかなるものでもないし、今はできることをコツコツやるしかないか。
「それで、このあとはどうするんだ?」
「これで透明化能力が身についたはずプモ。試しにプモルを透明にさせてみるプモ」
言われた通り、プモルにステッキをかざして、透明になるように念じてみた。すると、プモルの姿は煙のように薄くなり、やがて完全に見えなくなってしまった。
「おお! 凄い! プモルが見えないぞ! 本当に透明になった!」
こんな能力が身に付くとは、やっぱり恩寵の宝物はとんでもない代物だ。
「なるほど! これを使ってこっそりダンジョンの中に入ろうってことか! よし、そうと決まれば早速行こうぜ!」
意気揚々と声を張り上げる。だが、プモルからは何の反応もない。
「おーい、プモル? ……プモルー?」
トイレの中は静寂に包まれている。
おかしいな。なんで返事しないんだ?
「……………………マジカルアイ☆!!!!」
マジカルアイを発動させ、プモルがいそうな場所を真っ先に確認する。
すると、案の定やつはそこにいた。
スカートの真下に潜り込み、真上を見上げてるプモルと目が合う。
「…………」
「…………てへ、プモ♡」
「ふんぬっ!」
「プモぎゃーー!」
尻尾を思いっきり踏みつけると、プモルは悲鳴を上げながら床を転げ回った。
しゃがみ込んで右手で頭を掴む。そして、左手で下半身をがっしりホールドし、そのまま左右の手を反対に絞るように捻る。
「お、ま、え! いい加減にしろよ!? この淫獣がぁぁぁぁ!」
「ぎにゃーーー! やめるプモーーー! 雑巾みたいに絞らないでほしいプモーー! 出ちゃう! 中身全部ぶちまけちゃうプモぉぉ!」
「うるさい! 出せ! ぶちまけろ!」
「プモァァァア! や、や、や、やめっ! …………あっ、今のセリフ、語尾を♥に変えてもう一回言ってほしいプモ」
「うるさい♥ 出せ♥ ぶちまけろ♥」
「プモォーーーーー! やっぱりやめちゃ駄目プモーーーっ! もっとしてほしいプモーーーー!」
こ、こいつ無敵か?
あまりのおぞましさに、思わず手を離してしまう。
プモルはというと、息を荒くしながら、なぜか幸せそうにトリップしていた。
「はぁ……はぁ……。……やめちゃうプモか? もうちょっとだったのに惜しかったプモなぁ……」
何がもうちょっとで惜しかったのだろうか。全く知りたくない。
「お前ってそっち系のキャラだっけ?」
いつもガンガン煽ったりして攻めてくるイメージだったけど、実は違ったのか?
プモルは顔を赤く染めると、恥ずかしそうに身を捩った。
「プモルはどっちもイケるプモからな? 相手を散々煽って楽しんで、それで反撃されたら今度はそっちで楽しむプモよ」
やはり無敵の存在だった。
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