第027話「桜こころ」★
「……? 何のつもりですか?
だが、根鳥の手には何も握られていなかった。何か武器でも隠し持っているのかと思ったけど、そういう訳でもないようだ。
嬉野の質問に対して、彼は何も答えず、ただ不敵な笑みを浮かべている。
なんだあいつ……? 一体何を考えているんだ?
《いや、なんだか嫌な雰囲気を感じるプモね。一応警戒しておくべきプモ》
プモルの言葉に小さく首肯すると、僕はいつでも動けるよう、身構えておくことにした。
次の瞬間、根鳥が動いた。
手を大きく掲げると、そのまま勢いよく振り下ろす。手には何も持っていないうえに、嬉野との距離も離れているのに、一体何をするつもりなんだろう。
「一体何がしたいんで――――え?」
突然、嬉野の体が宙に浮き上がった。彼女は空中で手足を振り回しながら必死に抵抗しているようだったが、まるで見えないロープで縛られているかのように、完全に自由を奪われている。
「きゃっ! ちょ、ちょっと! なにこれ?! 何かが体に絡みついて――やめ、パンツが、パンツが見えちゃうっ!!」
足をバタつかせながら、なんとかスカートを押さえようとしているが、上手くいかないみたいだ。僕の場所からは彼女の太ももの付け根まで見えてしまっている。
《おい、そこの童貞! ぼさっとしてないでさっさと助けるプモよ! このままだと莉音のパンツが公衆の面前に晒されてしまうプモ!》
プモルの声で我に返った僕は、急いで嬉野の元へと向かった。だが、それを見た根鳥の取り巻き達が一斉に飛びかかってくる。
「邪魔だっ!」
取り巻きの1人を蹴り飛ばし、もう1人は裏拳で吹き飛ばす。最後の1人は掴みかかろうとしてきたので、背負投げで地面へと叩きつけた。
半変身モードの僕なら、この程度の相手は問題なく対処できる。
「ちっ! メスガキの仲間か! まあいい、てめーもまとめてかわいがってやるよ!」
根鳥は舌打ちをしながらも、特に慌てる様子もなくこちらを見つめると、再びニヤリと笑った。そして、手に持った何かを僕に向かって振りかざす。
《チェリー! マジカルアイを使うプモ!》
「マジカルアイ☆!!」
プモルの指示通り、即座にマジカルアイを発動させる。
すると、先程まで全く見えなかった根鳥の持っていた物が、はっきりと視認できるようになった。
あれは……鞭? いや、触手か?
半透明の細長い物体が、ウネウネと動いている。それは凄いスピードで真っ直ぐに僕に向かって伸びてきていた。
「――っ!」
咄嵯の判断で横に飛ぶと、透明な触手は後ろの電柱に絡みついた。ウネウネと気持ち悪い動きをしているそれを見て、背筋に冷たいものが走る。
「なっ! 俺のインビジブルウィップをかわしただとっ!?」
根鳥は信じられないという表情を浮かべている。まさか恩寵の宝物による一撃を避けられるとは思っていなかったのだろう。
《チェリー! 早く莉音を助けるプモ!》
プモルの声でハッとなり、慌てて嬉野の方を見る。だが、状況は最悪だった。
さっきまではマジカルアイを発動していなかったからわからなかったが、半透明の気持ち悪い触手が彼女の体を雁字搦めに縛り上げて身動きを封じていたのだ。
「や、ちょっと! どこ触ってっ!! こらぁ! やめっ!」
マズい! このままだと嬉野があの気持ちの悪い触手で、あんなことやこんなことをされてしまう!
僕は素早く地面を蹴ると、根鳥に向かって全速力で駆け出した。半変身モードのおかげで、まるで風になったかのような加速感がある。
「このメスガキ! 大人しく捕まりやがれぇ!!」
根鳥は叫び声を上げると、再び手に持ったインビジブルウィップを振るってきた。
鞭は蛇のようにしなりながら襲ってくるが、今の僕にとってはスローモーションに見える。目の前まで迫った鞭をジャンプして避けると、空中で身を捻り、勢いよく右足を振り上げた。
「せええいぃッ!!!」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330662041967086
そのままの勢いで、渾身の回し蹴りを放つ。僕の右足は吸い込まれるように根鳥の顔面に直撃した。
「ぶげあぁぁぁぁぁぁーーー!!」
情けない悲鳴を上げながら、根鳥は吹っ飛んでいき、近くのゴミ捨て場に突っ込んだ。そして、そのまま動かなくなる。どうやら気絶したようだ。
そんな根鳥の様子を確認することなく、僕はすぐに嬉野の方に視線を向けた。すると、ちょうど彼女が地面に落下するところだったので、すかさずキャッチする。
よかった……。なんとか間に合ったみたいだな。
ほっと胸を撫で下ろし、腕の中でお姫様抱っこ状態になっていた嬉野を、ゆっくりと地面へと降ろした。
「大丈夫だったか? 怪我とかしていない?」
僕の言葉を聞いた嬉野は、少し頬を赤らめてコクリと小さくうなずいた。
「あ、ありがとうございます……」
意気揚々と飛び出して行ったはいいものの、敗北しそうになり、最後は逆に助けられるという醜態を晒してしまったのが恥ずかしかったのか、俯きがちに礼を言う彼女からはいつものような覇気が感じられなかった。
だが、そこはやはり嬉野莉音とでもいうべきか、すぐに気を取り直すと、僕の目を見て問いかけてきた。
「それにしても、あなた、凄いねー。私と同じくらいの歳に見えるのに、あんなに強いなんて。もしかして有名な探索者? 何か
「あー、いや……ええと……」
返答に困る質問だった。実はあなたの担任で魔法少女ですとは口が裂けても言えない。
言葉に詰まっていると、突如赤崎さんが僕達の方へと歩いてきた。そして、ぺこりとお辞儀をする。
「あ、あの……。お二人とも、あ、ありがとうございました……。おかげで……助かりました」
彼女はまだ怯えが残っているようで、震える声で感謝を述べた。
それを見た嬉野は、にっこり笑って優しく微笑んだ。
「どういたしまして! 困ってる人がいれば助けるのは当然ですから!」
赤崎さんの緊張を解きほぐすように、明るい口調で答える嬉野。その天使のような笑顔を見て、強張っていた赤崎さんの表情も少しずつ柔らかくなっていった。
やっぱりいい子だな、嬉野は。……ところどころ意地悪な言動をすることはあるけどさ。
《これにて一件落着プモねー!》
プモルの呑気な声が脳内に響き渡る。
そうだな。とりあえずこの件は丸く収まったわけだし、今日はそろそろ帰ろうか。色々あって疲れたし、家でゆっくり休みたいよ。
「それじゃあ僕はこれで、嬉野も赤崎さんも気を付けて帰るんだよ?」
《…………こいつ、マヌケプモか?》
突然プモルが心底呆れたような口調で呟いた。あまりに理不尽な言い草に、僕は思わずムッとする。
《僕のどこがマヌケだって!? この駄猫は! また人を馬鹿にするようなことを言いやがって! お前いい加減に――》
「あれ? 私、名前名乗ったっけ?」
「……………………」
はい、マヌケでした……。大マヌケでした。
今は半魔法少女状態で、彼女達とは初対面って設定なのをすっかり忘れていました。
《前々から思ってたけど、チェリーって勉強ができるアホプモよね》
……くっ、今回ばかりは反論できない。
それよりどうにか誤魔化さないと! このままだと正体がバレてしまう!
「あ~~、嬉野さんは中学生でBランクの探索者ってことで、並木野市では有名だから知ってたんですよ!」
「えっと、私は……ただの大学生ですけど……なんで名前……」
「…………」
やばい! 墓穴を掘ってしまった! 嬉野は有名人でも赤崎さんは一般人だから名前を知っていては不自然だ! ど、どうしよう!
《ホントにチェリーはしょうもないプモなー、ほれ、ポケットの中を探ってみるプモ》
プモルの言葉に従い、僕はスカートの右ポケットを探る。すると、そこには赤崎さんの学生証と思われるカードが入っていた。
「ほ、ほら、これ、これがさっき地面に落ちてたから拾ったんです!」
「あ……! す、すみません! ありがとうございます……。学生証を落としちゃうなんて、私ドジですね……」
《こんなこともあろうかと、チェリーの制服のポケットに忍ばせていたプモ。ナイスフォロープモねー。プモルはできる妖精プモ。褒めてもいいプモよ?》
……こいつド変態のクズ妖精だけど、むかつくくらい有能なんだよな。
「え~、私そんなに有名かなぁ? まあいいや、せっかくの縁だしあなたの名前も教えてよ!」
嬉野は興味津々と言わんばかりの顔で、僕の顔をじっと見つめてくる。
え? マズいぞ。名前なんて全然考えてなかった。どうしよう……。
「……? どうかした? もしかして私に名前を知られるの嫌だったりする?」
首を傾げながら、少し悲しそうな表情を浮かべる嬉野。
ここで変な態度を取ると怪しまれる!ここは適当にでも何か答えないと!
「え~~と……。さ、桜……こころです……」
《安直プモなー。もうちょっとなんとかならなかったプモか? プモルならもっとセンスのある名前を考えるプモ》
うるさい黙れ! 咄嗟に思いつく名前なんてそんなもんだろうが! めちゃくちゃ頭のいい眼鏡の少年だって、本棚にあったミステリー小説の作家の名前からテキトーに取ってつけたんだぞ!
「桜こころちゃんかー。もう知ってると思うけど、私は嬉野莉音。よろしくね!」
嬉野は屈託のない笑顔で僕に笑いかけてきた。彼女の笑顔を見ていると、なんだか不思議と心が温まるような気がする。
「わ、私は赤崎愛衣理……です。こころさん、今日は本当にありがとうございました。あと、莉音さんにも助けてもらったりして、お二人ともすごく強くてびっくりしました。探索者って凄いんですね」
赤崎さんはそう言うと再びペコリとお辞儀をした。
《プモルは? プモルは? プモルも頑張ったプモよ? ねぇ、チェリー? プモルも褒めて欲しいプモ。ご褒美にみんなで銭湯に行って、プモルをマッサージして欲しいプモ。それくらいの報酬はあって然るべきプモよね?》
うっざっ! この妖精、マジでウザすぎる。あー、後で寿司でも奢ってやるからそれで我慢しろよ。
《寿司プモか。まあ、今日はそれくらいで勘弁してやるプモか》
こいつ……やっぱり捨てて帰ろうかな?
その後、3人でしばらく談笑した後、僕はその場を後にすることにした。これ以上長居してもボロが出そうだからな。
夕日に染まる街並みに背を向けるようにして、僕は帰路につく。人気のない静かな住宅街に入ると、プモルはペンダントの中から姿を現した。
「そろそろまた、ダンジョンに潜りたいなー。なあ、プモル。明日は立川ダンジョンにでも行ってみるか?」
「いや、明日は並木野ダンジョンに行こうと思うプモ」
「でも、デヴォラスが討伐されていないと、僕はダンジョンに入れないだろう?」
「ふふふ、そこはプモルに考えがあるプモよ。チェリー、明日を楽しみにしておくといいプモ!」
そう言ってニヤリと笑うと、プモルは僕の肩に飛び乗ってきた。
『
【インビジブルウィップ】
根鳥達也が立川ダンジョンの特殊個体を倒して入手した恩寵の宝物。肉眼では見ることのできない透明な触手のような鞭。先端は5本に枝分かれしており、伸縮自在で、使用者の意思によって自由に操ることができる。最大で25メートルまで伸ばすことが可能で、相手を拘束するのはもちろんのこと、打撃武器としても使うことができる。
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