第026話「正義の味方」

 翌日も、僕達は並木野の街をパトロールしていた。デヴォラスがまだ討伐されていないので、準探索者である僕はダンジョンには入れないのだ。


《うーん、このままダンジョンに潜れない日が続いてしまうと、チェリーの魔法少女としての力をアップさせることができないプモ。困ったものプモね~》


《明日も入れなかったら立川の方まで遠征してみるか? あそこのダンジョンは塔型で、並木野と同じように最初の方は弱いモンスターしかいないらしいから、丁度いいんじゃないか?》


《そうしてみるプモかー》


 プモルとそんな話をしながら、昨日と同じように街を見回る。時折ダークエナジーを発している人を浄化したりしながら歩いていると、ふと視界の端に見覚えのある人物を見つけた。


 あれは……お隣の赤崎さんかな?


 彼女は重そうな荷物を抱えて横断歩道を渡ろうとしているおばあさんに駆け寄っていく。そして、何やら声をかけると、その荷物を持って、一緒に歩き出した。


 おお~、優しいなぁ。


 でも、正直言って意外だ。彼女は引っ込み思案な性格で、あまり人と話すのが得意じゃない子だから、あんな風に積極的に人助けをするなんて思ってもいなかった。


《そうプモか? プモルからすれば、意外でもなんでもないプモけどね。魔法少女の才能を持った子は、ああいったタイプが多いプモよ。普段は気弱でもいざという時には勇気を出して行動できる強い心を持っているんだプモ》


 へぇ~、そういうものなのか。昨日嫌な若者を見たばかりだし、こういうのを見るとなんだか安心するな。


 そんなことを考えながら、僕は2人の後ろを歩く。横断歩道を渡り終えると、おばあさんは彼女に何度も頭を下げていた。


 ほっこりとした気分でその様子見守っていると、そんな彼女達に近づく若者の集団があった。彼らは下卑た笑みを浮かべながら、大きな声で赤崎さんに声をかける。


「おー! お姉さんやっさしぃーーーっ! 俺らにもその優しさ分けてくれねぇ?」


 げ、あの金髪ピアスのチャラ男は……。昨日小太りのおっさんと揉めてた男じゃないか。確かたっちゃんとか言われてた、Cランク探索者だ。


 彼らを見て、赤崎さんの表情が強張る。


「あ、あの……わ、私急いでいるので……」


「はぁ? 今そこのババアの荷物持ってやってただろぉ!? 少しくらい時間あるんじゃねえの? 俺達にも優しくしてくれよ!」


 取り巻きの男が彼女の肩に手を伸ばす。しかし、その手が触れる前に、赤崎さんはサッと身を引いた。だが、それが彼らの気に障ったのか、彼らは更に詰め寄るように距離を縮める。


「いいからちょっと付き合えよ。俺の名は根鳥ねとり達也たつや、Cランク探索者様だ。金ならたっぷり持ってるぜ? あんたが一晩付き合ってくれるんだったら、100万払ってやってもいいんだぜ?」


 そう言うと、彼は鞄から札束を取り出し、ヒラヒラと見せつける。取り巻きの連中もニヤリと笑い、赤崎さんを取り囲むような位置に移動した。


 それを見たおばあさんが、窘めるような口調で、 彼に向かって口を開く。


「まあまあ、お兄さん達。この娘も困ってるみたいですし、その辺にして――」


「うるせえ! ババアっ! 黙れ!!」


 突然、根鳥と名乗った男が怒鳴るように叫び、おばあさんを突き飛ばした。ドンッと勢いよく押されたおばあさんが尻餅をつく。


 あいつら!!


 僕は反射的に地面を蹴っていた―――が、そんな僕を追い越すように、凄いスピードで誰かが飛び出していった。


 黒く、長い髪をなびかせ、颯爽とその集団へと向かっていく少女の姿。


 一瞬にして間合いを詰めた彼女は、そのまま拳を振り上げると、思い切り金髪ピアスの男――根鳥の顔を殴りつけた。


「ぶげぁ!?」


 その一撃を受け、根鳥が吹き飛ぶ。同時に彼の持っていた大金の詰まった鞄が宙に舞い、地面に落ちた。


 いきなりのことに呆然としている他の者達の前で、黒髪の少女は腕を組んで仁王立ちすると、腰に両手を当てて高々と宣言する。


「そんなに暇なら私が突きあってあげましょうか? 突きあうと言っても拳の方ですけどねぇ~」


 そう言って、挑発するように舌を出す。その姿は正義のヒーローのようであり、また、小悪魔のような魅力を秘めていた。


《あれって莉音じゃないプモか?》


《ああ、嬉野だな……》

 

 僕のクラスの生徒である、嬉野莉音。成績優秀、容姿端麗、おまけに運動神経抜群の才色兼備な美少女だ。……まあ、ちょっと性格はアレなところも有るけど。


 嬉野の乱入に唖然としているチンピラ達だったが、我に返ったリーダー格の根鳥が怒りの形相で立ち上がる。


「このガキ!! ふざけてんじゃねーぞ! 俺を誰だと思ってやがる! 俺はCランク探索者様だぞ!!」


 嬉野はそれを聞いて鼻で笑うと、 人差し指を左右に振って見せる。


「私はBランク探索者でーーーす。中学生でBランク探索者でーーーす。Cランク探索者ごときが、偉そうな口をきかないでくださーい」


 ニヤついた笑みを浮かべながら、煽るように言葉を並べる。それを聞いた根鳥の顔がみるみると真っ赤に染まっていく。


「こ、こ、こ、このメスガキ! ぶちのめすっ!!!」


 彼は激昂しながら拳を振り上げ、彼女に襲いかかる。取り巻きの男達も彼女を囲むように動き出した。


《チェリー! 何をボーっと突っ立ってるプモ! 早く止めるプモ!》


 プモルの声にハッと意識を取り戻した僕は、慌てて駆け出そうとするが、それよりも早く嬉野が動いた。


 振り抜かれた根鳥の右ストレートを軽くいなすと、そのまま懐に入り込む。そして、彼の腹に掌底を打ち込んだ。


「うげぇっ!!?」


 根鳥の身体が浮き上がる。その隙に、今度は左頬に裏拳を叩き込み、そのまま流れるような動作で回し蹴りを放った。


 みぞおちに嬉野のスニーカーが食い込み、根鳥の体が吹っ飛ぶ。そして、後ろにいた取り巻きの男を巻き込んで、地面に転がった。


 ……え? 何が起こったんだ? 一瞬の出来事すぎて理解できなかったんだけど……。


《おかしいプモね……。レベルアップ能力者はダンジョンの外では普通の人間のはずプモ。莉音の動きは、明らかに常人のものじゃなかったプモよ?》


 確かに、今の嬉野の動きはまるで魔法少女並みだった。一体どうなってるんだ……?


 困惑している僕を尻目に、彼女は男達に向き直る。根鳥は腹を抑えながらヨロヨロと立ち上がると、嬉野に向かって吠えるように叫んだ。


「てめぇ! 何か使ってやがるな!? ボスドロップのレアアイテムか、それとも恩寵の宝物ユニークアイテムか……。じゃなきゃてめーみたいなメスガキにあんな動きができるわけねぇ!」


 それを聞いた嬉野は溜め息を吐くと、面倒くさそうな表情で口を開いた。


「仮にそうだとしたら、どうだって言うんですかぁ? あなたが私に勝てないという事実に変わりはないですよね? クソ雑魚のCランクさん?」


 それを言われた瞬間、根鳥の顔色が更に紅潮する。彼は歯ぎしりをしながら嬉野を睨みつけていた。


 だが、すぐに気を取り直したようで、再び余裕のある態度に戻ると、ニヤリと笑って見せた。


恩寵の宝物ユニークアイテムを持っているのが自分だけだと思うなよ?」


 そう言って彼は鞄に手を突っ込むと、中から何かを取り出した。

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