第024話「マジカルアイ☆」

《ところで変身したけど、これからどうしたらいいんだ?》


《目に魔力を集中するプモ、そして心の中で"マジカルアイ☆"と唱えるプモ!》


 言われた通りに目に意識を集中させる。そして、魔力を練り上げるようにゆっくりと瞼を閉じる。


 むむむむ……。これ結構難しいな。


 だが、魔法少女としてレベルアップしたことで、以前に比べて格段に魔力の扱いが上手くなっているのを感じる。段々と目に熱が集まっていくのがわかる。


 そのまま、それを解放するようにカッと目を開く。


《マジカルアイ☆!!》


 直後、視界がクリアになり、まるで世界が変わったかのような感覚に陥る。


 ――見える。はっきりと見える。


 近眼の人間が眼鏡を掛けたどころではない。


 遠くに見える建物の看板に書いてある文字から、街を行き交う人々が、手に持ったスマホの画面まではっきり確認することができる。


 そこかしこからキラキラとした粒子のようなものが舞い上がっており、空中には謎の浮遊物体がいくつも漂っていた。


《え? なにこれ? よく見えるだけじゃなくて何か変な物まで見えるんだけど!?》


《マジカルアイは視力向上の効果だけじゃなく、通常では見ることのできない、様々なもの・・・・・を見ることができるようになるプモ。これを使用して、怪しいものを探すプモ!》


 な、なるほど。不思議現象すら可視化できるとは……これは凄い力だな。


《ちなみにマジカルアイの"アイ"の部分を強調しながら、両目のところでピースサインを作ると更に効果が高まる……気がするプモ。舌をペロッと出すと尚グッドプモよ》


 ……そ、それは何か危険な予感がするのでやめておこう。



 気を取り直してプモルの指示に従いつつ街中を散策していく。


 マジカルアイによって強化された視覚で辺りを見回すと、様々なものが目に飛び込んでくる。


 空中をぷかぷか浮かぶ半透明の球体、謎の光の柱、尻尾が何本も生えた猫のような生き物、それに……何か黒いオーラのような物を体から発している人。


《あれはダークエナジーというプモ。ストレスや日々の不満、不安などネガティブな感情を抱えている人が発してしまうもので、あれが蓄積されると良くないことが起こるプモ》


 へ~、そんな物もあるのか。ってことはあそこにいるサラリーマンっぽい人は会社で相当苦労させられてるんだろうなぁ。


《なにを他人事のように言ってるプモか? つい最近までチェリーもあのおっさんと同じくらいダークエナジーを体に纏ってプモよ?》


 え? マジで? 全然自覚なかったぞ……。


《魔法少女になって、聖なる力を得たことで、今はもう浄化されているプモがな。……ほら、ぼーっとしてないであの人も浄化してあげるプモ》


《してあげるって、浄化ってどうやってやるんだ?》


《手に聖なる力を集めるイメージをするプモ。そしてそれを放出するようにしてマジカルハンド☆と唱えながら、相手に触れるプモ》


 言われた通り、聖なる力をイメージしながら手に魔力を集中させる。そして、手を開くと同時にそれを解放するように腕を前に突き出す――


《マジカルハンド☆!!》


 疲れた表情をしているサラリーマン風のおじさんの背中に軽く触れる。すると、彼の体が一瞬発光し、黒いオーラが霧散していった。


「ん? 君、私に何か用かな?」


 振り返ったおじさんは、先程までの暗い表情とは違い、穏やかな顔つきになっていた。


「あ、いえ、背中にゴミが付いてたので……。いきなり触ってすみませんでした」


「ああ、そうだったのかい。ありがとうね。……? うーん、なんだかさっきより気分が良くなったような……」


 おじさんは首を傾げながらも、明るい表情で去って行った。


 おお、マジで浄化された。これがマジカルハンドの力か。


《今のような邪悪なエネルギーだけじゃなく、例えば毒や呪いなどの状態異常も浄化することが可能プモ。探索者のスキル攻撃なんかも霧散させることができるプモよ? もちろん、チェリーの魔力がそれより上回ってることが前提条件プモが》


 ふむ、僕の魔力より強力な状態異常やスキル攻撃は防げないと。でも、これはかなり便利な能力だな。



 その後も何人かのダークエナジーを放っていた人を浄化しながら、僕は街の中を見て回った。


「あれ? あの人……」


 自動販売機の影に隠れるようにしゃがみこんでいる女性がいた。その女性は頭を抱えて震えており、顔色も悪く見えた。


 真っ白な服にぼさぼさの長い黒髪。俯いているため表情はわからないけど、何となく辛そうだということはわかった。


 放っておくのもどうかと思い、声をかけることにする。


「すみませーん、大丈夫ですかー?」


《ちょ、チェリー! 何やってるプモ!》


 ……? 何って人助けだろう? 一体こいつは何を焦っているのだろうか。


 プモルの制止を無視して、彼女に近づく。


「辛そうですけど、どこか具合が悪いんですか? 救急車呼びましょうか?」


 肩に触れようとすると、彼女はビクッと体を震わせ、ゆっくりとこちらを見た。ぎょろりとした血走った目が印象的な人だ。


『おおっ! おおおっ! 見えてるっ!? ねえっ! 私のこと見えてるーーっ!?』


 うおっ! 急にどうしたんだろうかこの人は。いきなり大声で叫び始めたぞ。


「お、落ち着いてください。ちゃんと見えて――」


「ねえママー! あのお姉ちゃん自動販売機に向かって一人で喋ってるー」


「しっ! 見ちゃいけません!」


 通りすがりの親子連れがヒソヒソと話しながら去って行く。



「…………」



 額から嫌な汗が流れる。


 夏真っ盛りだってのに、やけに涼しいなー。


 再び白い服の彼女に目を向けると、ぎょろりとした瞳でじっと僕を凝視していた。


『見えてる? 私のこと見えてる? ねえ? 見えてる? ねえ? ねえ? ねえ? ねえ? ねえ? ねえ? 見えてるうううぅぅーーーーーーっ!!!!』


 一歩後ずさると、彼女も同じように距離を詰めてきた。


 ……えーと、これってやっぱりアレだよな。


《幽霊プモね》


 ですよねー。わかっていたよチクショウめ!!


《ちなみにもう悪霊になりかけてるプモな。いきなりフレンドリーに話しかけるからビックリしたプモ》


 もっと早く言ってくれます!? そういうことはさぁ!!


『ねえねえねえねえねえねぇええぇぇええええええ!!! 見えてる? 見えてる? 見えてる? わだじのごどぉぉぉ! 見えでるぅぅぅぅぅぅぅ!?』


 もう目の前まで迫ってきている彼女の形相は、はっきり言ってヤバい。完全にイッてしまっている人のそれだ。


「み、見えてませ~ん……」


 後ろに下がりながら小声で言う。


『うそぉぉぉーーーーーーーッ!!!!』


 彼女は絶叫すると、そのまま物凄い勢いで飛びかかってきた。


「ぎゃああああっーーーーー!」


 すぐさま立ち上がって、後方へ全力ダッシュする。だが、後ろを振り返ると白い女が凄い勢いで追いかけてくるのが見えた。


『見えてるうぅぅぅぅぅーーーーーー! 私のこと見えてるううううーーーーっ! おおおぉぉーーーーーーっ!』


 怖えええぇぇぇーーーーーーっ!!! しかもはええぇぇーーーーっ! こっちは半魔法少女状態だってのに、どんだけ足早いんだよ!


《モテモテプモな~。30歳にしてようやく女に追いかけられるという体験を出来たプモね。よかったプモな~》


 まったく嬉しくないっ! こんなモテ期はいらんわ!


『おおおぉぉぉーーーーっ! 入れてぇぇぇぇぇーーーーーっ! あなたの体に私を入れさせてえぇぇーーーーーーっ!』


《入れる前に入れられる体験をするとは思わなかったプモな》


 こんな時まで下ネタかよ! お前ホントいい加減にしとけよマジで!


 人混みをかき分けて必死に走り続ける。しかし、彼女の執念はすさまじく、徐々に差は縮まりつつあった。


 くそ、このままだと追いつかれる! 何か手はないのか!


《はぁ……。もう忘れたプモか? さっき覚えたばかりのアレを使えば良いプモ》


 あ……そういえばそうだった。


 くるりと反転して、白い女を正面に見据える。そして、右手を前に突き出して、魔力を集中させる。


「マジカルハンド☆!!!」


 すると、先ほどと同じように聖なる光が溢れ出し、その手が眩しいくらいに輝く。それに触れた途端、彼女の動きがピタリと止まった。


 ぎょろりとした目が、段々と穏やかになってゆく。そして、その瞳からは一筋の涙が流れ落ちた。


『ああ……温かい。あなたの手、とても温かく感じる。私、ずっと寒かったの。あなたが私を助けてくれたの?』


 僕は黙ったままコクリと小さく首肯する。


『ああ、やっと楽になれるんだ――――』


 そう言って彼女は静かに目を閉じた。そのまま光の粒子となって消えていく。



 ――ありがとう。



 最後にそう聞こえた気がした。


 ほっと胸を撫で下ろし、安堵の溜め息をつく。すると、ペンダントの中からプモルが飛び出してきた。


「ふう、一件落着プモな。こんな感じでマジカルアイは、通常では見ることのできない、様々なもの・・・・・、例えば幽霊とかも見えたりするプモ」


「だから先に言おうね!? そういう大事なことは!」


 もうちょっとであの人と合体するところだったじゃないか!


「それにしても初めてにしては上手く浄化できたプモな。陰陽師の才能があるんじゃないプモか? 30歳童貞魔法少女陰陽師先生プモな」


 これ以上属性増やすのやめてくれないかな!?


 近くにあったベンチに腰掛けて空を見上げる。全裸のおじさんがふわふわと宙に浮かんでいるのが見えたが、きっと気のせいだろう。


「はあ……今日はもう帰ろう……」


 僕はマジカルアイを解除すると、ゆっくりと立ち上がって歩き出した。

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