第023話「半変身モード」★

《それで? 街に不穏な気配ってのはどんな感じなんだ?》


 繁華街の大通りを歩きつつ、ペンダントの中にいるプモルにテレパシーで問いかける。


《そうプモね。具体的にはまだわからないプモが、大きな力が動き出そうとしている予感がするプモ。とにかく何か怪しい物がないか探すプモよ》


 なんとも具体性のない答えだが、それでも魔法少女としてこの世界を守れと言われた手前、無視することはできない。


《うーむ、しかし怪しい物ってどうやって見つければいいんだ?》


《うむ、まずは魔法少女に変身するプモよ》


 ええ~? こんな街中であのピンク色に変身するのか?


 ダンジョンの中は人目が少ないし、探索者にはダンジョン産のファンタジー装備を身に着けた人も多いから、僕の変身姿もそこまで目立たないが、流石に街の中をあの格好で歩いていたら間違いなく注目の的になるぞ。


《それは大丈夫プモ。半変身モードを使うプモ》


《半変身モード?》


 初めて聞く単語に首を傾げる僕に対し、プモルは説明を続ける。


《半変身モードとは、外見を普通の少女の姿に偽装することができる機能プモ。魔法少女の力も半分しか出せないプモが、人目を気にせず活動できるプモ》


 おおっ!? そんな便利な機能が付いてたなんて! 早速試してみるとしよう。


 僕は公園の公衆トイレに入り、個室に入って鍵をかけると、胸元からペンダントを取り出し、握り締める。


《心の中で半変身モード起動と念じるプモ!》


 言われた通りに念じてみる。


 すると、僕の身体を光が包み込み、少女のシルエットへと変化していく。


 だが、その姿はいつものピンク色のフリルとリボンで飾られた可愛らしい衣装ではなく、先程まで僕が着ていた服装と全く同じだった。


 上着はダボダボでズボンはずり落ちそうになり、靴はブカブカ。まるで子供が大人の服を着ているような有様だ。いや、実際そうなんだけど。


「こんな感じプモよ」


 いつの間にかペンダントの中から出てきたプモルが、鏡を持ってきてくれたので確認してみる。


「お、おお……」


 そこに映っていたのは、中学生くらいの少女だった。普段の魔法少女姿と比べると、髪や瞳の色が茶色っぽくなっており、これなら街を歩いていても違和感はなさそうだ。


 まあ、相変わらず童顔でスタイル抜群なので、違う意味で目立ちそうではあるが。


「これで準備完了プモ! さあ、街に出て怪しい物を探すプモ!」


「いや、その前にこの服なんとかならないか? これじゃまともに動けないぞ」


 今にもズボンとパンツがずり落ちそうなのだ。このまま外に出るわけにはいかない。


 ……あ、やば、落ちる。


 中身が見えそうになった瞬間、慌てて腰に手をやり、ベルトを掴んで引き上げる。


 ……ふぅ、危なかったぜ。


 その様子を見ていたプモルは、残念そうに呟いた。


「ちっ、惜しかったプモ……。もう少しで見えたプモのに……」


 こいつほんとさぁ……。


 足を上げて踏みつぶそうとしたが、今度こそパンツがずり落ちそうだったので、グッと堪えて我慢した。


「まあいいプモ。これに着替えるといいプモよ」


 そう言ってプモルがペンダントから取り出したのは、並木野中学校の女子制服だった。白と紺を基調とした、オーソドックスなセーラー服だ。


 こいつは何でこんなものを持ってるんだよ……。


「ええ……これを僕に着ろと?」


 いくら今は見た目が女子中学生とはいえ、僕は立派な30歳男性だ。セーラー服を着るのは流石に抵抗がある。


「ついでに下着も用意してあるプモよ」


「…………」


「さっさと着るプモ! いつもの魔法少女衣装だって、実際は下に女性用下着を身に着けてるプモよ! それもピンクのふりふりの可愛いやつプモ! それを考えれば大した問題じゃないプモ!」


 言うなよ……。せっかく気づかない振りをしてたのにさぁ……。


 プモルは下着を咥えて急かして来る。


「わかった! わかったから! ……お前は向こう向いてろよ!」


「大丈夫プモか? 1人でちゃんと着替えられるプモか? プモルが手伝った方が――プモギャアァッ!」


 問答無用に蹴り飛ばし、プモルの悲鳴を聞きながら急いで着替えにとりかかる。


 渋々とスカートを履き、白いショーツを身につける。ぴっちりとお尻にフィットする感覚が妙に落ちつかない。


 くそっ! 何か大切なものを失った気分だ!


 その後、悪戦苦闘しながらブラジャーを装着して、セーラー服に袖を通し、ようやく着替えが完了した。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330661808580041


「おおおーーーー! いいプモね~~~! 似合ってるプモ! かわいいプモ! 興奮してきたプモ!!」


 あっさり復活してきたプモルは、目を輝かせながら僕の周りを飛び回る。


 こいつは……! こっちは恥ずかしくて死にそうだというのに! あと、興奮するな!!


「はぁ……もういいだろ。さっさと行くぞ!」


 溜め息を吐きつつ、勢いよく個室から出ると、ちょうどトイレに入ってきた男性と鉢合わせしてしまった。


「うわっ! え? なに!? 女の子!?」


「……す、すみませ~ん。間違えましたぁ……」


 僕は顔を真っ赤にさせ、そそくさとその場を離れる。プモルはその様子をげらげら笑いながら眺めていた。


 ……後で覚えとけよ。



 公園のベンチに座り、改めて周囲を観察する。夏休みということもあり、繁華街は大勢の人々で溢れかえっている。そんな中で、怪しげな物を探せと言われても、一体どうすればいいのだろうか。


 生暖かい風が吹き、僕の長い髪を揺らしていく。


「…………?」


 何かさっきから通り過ぎる人達がこちらを見てるような気がするが、気のせいか?


 いや、確かに見られてる。それもかなりの数だ。特に目の前を通り過ぎようとしていたサラリーマン風の男性は、僕の前に来た瞬間に立ち止まってこちらを凝視している。


 ま、まさか! 魔法少女であることがバレたのか!? 一体何故……!?


「チェリー……! チェリー!」


「プ、プモル! どうしよう! 僕の正体が!」


 慌てふためく僕に対し、プモルは冷静に指摘してくる。


「チェリー、さっきから足を開きすぎだプモ。ついでにさっきの風でスカートが捲れあがってパンツが丸見えになってるプモよ」


 な、なんだと!?


 急いで足を閉じて、スカートを押さえつける。すると、正面にいたサラリーマン風の男性はサッと目を逸らして、早歩きで去って行った。


「……教えろよ! 気づいてたならもっと早くさぁ!」


「すまんプモ。てっきり痴女に目覚めて見せつけてるのかと思ったプモよ」


「目覚めるかっ!?」


「そうプモか? 男がTSして美少女になったら、わざと薄着になったり、パンチラ、ブラチラして男を誘惑して楽しむのが定番プモよ。チェリーはやらないプモか?」


「やらんわ!!!」


 こいつと話してるとマジで疲れるわ……。


 プモルは「やはり選ばれし童貞プモか……」とブツブツ呟きながら、人通りが少なくなった頃合いを見計らい、ペンダントの中に引っ込んでいった。


 ベンチに一人残された僕は、大きく溜め息を吐く。


《とにかく美少女はそこにいるだけで注目を集めてしまうプモからなー。変に目立ちたくないなら、もっと気を付けて行動したほうがいいプモよ》


 たった今、十分に理解しましたとも。はい。


 ペットボトルのキャップを開けて、渇いた喉を潤す。一息ついたところで、ベンチから立ち上がり、再び街の捜索を開始した。

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