第021話「成長する脅威」

 ボス部屋を通り抜けると、何もない部屋にたどり着いた。部屋全体を何か神聖な雰囲気が包んでおり、空気が澄んでいるような気がする。


 奥を覗くと下に降りる階段があった。その隣には光り輝く魔法陣のようなものがある。あれが地上に戻る転移陣だろう。


「ここがセーフティーエリアか」


 ダンジョン内で魔物に遭遇することなく安全に休憩できる場所。それが、セーフティーエリアと呼ばれる場所である。魔物が出現しないため、比較的安心して休むことができるのだ。


 下層を攻略する探索者はここで一晩過ごすことも多いらしいが、今は誰もいないようだ。おそらく多くの探索者はもっと下の階層を探索しているのだろう。


 僕は転移陣のある方へ歩みを進める。


「よし、今日はこれにて終了。転移陣を使って地上に戻るぞ」


 転移陣に乗ろうと足を一歩踏み出そうとしたその時、プモルが声を上げた。


「待つプモよ。魔法少女から元に戻ってからじゃないと、マズいんじゃないプモか?」


「あ……」


 そうだった。転移陣に乗るとギルドのダンジョンゲートのあった部屋の隣に作られた大部屋に転送されるのだ。そこには大勢の探索者や職員が待ち構えている。このままの姿で外に出るのは流石にマズい。


 僕は慌てて変身を解除して、元の姿に戻った。


「はぁ~~~~、美少女がおっさんになってしまったプモ。残念プモねぇ」


 いちいちこいつは……。


「おい、あんまりふざけたこと言うと置いて行くからな!」


「ちょっと待ってほしいプモ! これも持っていくプモよ!」


 プモルはそう言うと、光の粒子となってペンダントの中に入っていった。そして、しばらくするとペンダントが光り輝き、中から麻痺の薙刀が現れた。


「おお、こんなことも出来るのか?」


《変身しなくても武器だけなら出せるプモ。ただし魔法少女専用の武器は変身しないとどのみち使えないプモけどな。変身してない時はそれを持っていた方が都合が良いと思うプモ》


 確かに武器なしの準探索者なんて目立つからな。登録した後はいちいち武器の確認なんてされないけど、ふとした拍子にバレてしまうかもしれないし、念のために持っておくか。


 僕は麻痺の薙刀を背負うと、今度こそ転移陣の上に乗った。



 視界が暗転する。そして、次の瞬間にはギルドの大部屋へと飛ばされていた。


 部屋の中は沢山の人でごった返しており、探索を終えた探索者達や、それを迎える職員達で溢れかえっていた。


 ダンジョン探索で入手したアイテムの所有権は、全て探索者本人にあるが、一度ギルドに提出しなければならないのだ。


 そこで査定や換金が行われ、探索者の口座にお金が入る仕組みとなっている。換金したくないレアアイテムなどは、自分で持ち帰ることも可能だ。


 早速、アイテムの査定を行うカウンターへと向かう。


 受付嬢にライセンスと今回の探索で手に入れたアイテムを提出すると、彼女は驚いたような顔を浮かべた。


「え!? これはミノタウロスの魔石とミノ舌では!? 桜井様はランクFの準探索者ですよね? ミノタウロスを倒されたんですか!?」


 あっ、しまった!? ランクFの準探索者が10階のボスであるミノタウロスを倒せるはずがないじゃないか! どうしよう……!?


 焦る僕だったが、プモルは冷静だった。


《落ち着くプモよ。確かに心一には難しいプモが、ハイスペックな人間ならダンジョン産の武器さえあればミノタウロスくらいなら倒すことは可能プモよ。堂々とその麻痺の薙刀を使って倒したと言えばいいプモ》


 そ、そうなの? まぁ、ここはプモルのアドバイスに従うか……。言われてみれば、あの黒鉄さんとかなら簡単に倒せそうだしな。


「え、ええ。実はこれを使って倒したんですよ。苦戦しましたがなんとか……」


 僕はそう言って、背中の麻痺の薙刀を見せる。受付嬢はそれを見て、納得したように何度も首を縦に振った。


「これは麻痺の薙刀ですか? 確かに亜人系や動物系の魔物との相性は抜群ですね。しかし、驚きました。準探索者でミノタウロスを討伐されたのは桜井様が初めてですよ?」


 ああ……。やっぱりそうなんだ。これはちょっと目立ってしまったかもしれないな。


 実際に何人かの探索者は僕のことをチラリと横目に見ている。とりあえず、あまり騒ぎにならないうちにさっさと退散したほうが良さそうだ。


《待つプモよ。特殊個体のことを報告するのを忘れてるプモよ? まったく……心一はプモルがいないと駄目駄目プモねー》


 ……あ! すっかり忘れてた!!


 プモルに言われ、僕は慌てて特殊個体のことを受付嬢に報告した。


「え!? 例の特殊個体、人の言葉を喋ったんですか!?」


「ええ、遠目だったのではっきりとはわかりませんでしたが、多分人語を話していたと思います。かなり知能が高そうな感じでした。明らかに普通の魔物とはオーラが違うというか……今まで以上に注意したほうが良いかもしれません」


 僕の言葉を聞いた途端、彼女の表情は真剣なものに変わった。


 そして、しばらく考え込むと、彼女は口を開いた。


「実は先程も似たような情報を耳にしたのです。なんでも、とあるパーティが、1階フロアの階段付近で特殊個体らしきものを目撃したと。ですが、すぐに逃げられてしまったらしく、姿形ははっきりしなかったようですが」


「1階まで上がって来てるんですか!?」


 それはヤバイくないか? 1階には新人の準探索者が沢山いる。彼らが奴に出会ってしまったら、ひとたまりもないだろう。


「はい、その件でこれから緊急会議が開かれる予定になっています。このタイミングで情報提供していただいて助かりました。このことも含めて報告させていただきますね」


 そう言って、受付嬢は笑顔で頭を下げてくれた。


 よかった。これで少しは役に立てたかな。


《心一、終わったなら早く帰るプモよ。プモルはお腹空いたプモ。ご飯にするプモ! 早くミノ舌食べたいプモよ!》


 ……こいつ本当にマイペースだな。まぁ、今日はこいつのおかげで助かったし、ご褒美として好きなだけミノ舌を食べさせてあげよう。


 僕は苦笑しながら、ギルドを後にするのだった。




◆◆◆




「や、やめてくれ! 殺さないでくれ!」


 薄暗いダンジョンの中に、悲痛な叫び声が上がる。


 スキンヘッドの大男が、地面に尻餅を突きながら、情けない声で命乞いをする。男の背後では、彼の仲間である2人の男が、既に物言わぬ肉塊となっていた。


 そんな男に、ゆっくりと近づく影があった。


 見たこともないような異形の化け物だ。どこか人間のように見えなくもないが、体の至る所にモンスターの特徴が見られる。


 スキンヘッドの男は恐怖に顔を歪ませながらも、必死に懇願を続けるが、異形の怪物は聞く耳を持たない。


「ダメダナァ、オマエハココデ俺ノ糧ニナルンダヨォ!!」


 怪物は甲高い声で笑うと、その鋭い爪を振り下ろしてきた。


「ぎゃあああああああぁぁーーー!!!」


 その瞬間、断末魔の叫びと共に、辺り一面に血飛沫が飛び散る。


 怪物は満足げな様子で男達の死体を見つめると、その肉を貪り始めた。男達の身体は瞬く間に怪物の血肉へと変わっていく。



 ――そして、その全てを平らげると、怪物の身体に変化が起こった。



「お、おおっ! おおおおおっ! 力がっ! 力が溢れてくるっ!!」


 全身から蒸気のようなものを立ち上らせながら、その肉体はみるみると人間へと近づいていった。その瞳には理知的な光が宿り、口元からは牙が消えていく。


 やがて、完全にその姿を変えると、怪物はニヤリと微笑んだ。


「あと少し! あと少しだ! あと少しで俺はレベルアップ能力者にも! あのピンク色にも勝てる存在になれるはずだ! ……ふひっ! ふひひ! あーっははははははははは!!!」

 

 ダンジョンの中を、醜悪な笑い声が響き渡る。


 怪物は不気味に笑いながら、再び洞窟の奥へと姿を消していった。

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