第018話「マジカルソード☆」

 緑色の巨体を揺らしながら、そのモンスターはゆっくりと近づいてきた。ゴブリンのように見えるが、普通のゴブリンより一回り以上大きい。


 手に持った錆だらけの剣は刃こぼれしていて、切れ味は期待できなさそうだが、それでもあの巨大な体躯で振り回されるなら十分な脅威になるだろう。


《ホブゴブリンだプモ! 大丈夫プモ! さっきの奴に比べれば雑魚だプモ! チェリー、近接戦の練習だと思って戦ってみるプモ!》


 ええ……こんなデカいやつと接近戦かよ……。


 今の僕の身長は140センチそこそこしかないので、リーチの差がありすぎる。正直怖い。だが、これも強くなるための試練だと思い直して、勇気を振り絞る。


 手に持っていたマジカルボウに魔力を込めて、剣に形状変化させた。そして、両手で柄を握りしめ、大きく振りかぶる。


「はあああぁぁぁーーー!!!」


 渾身の力を込めた一撃を、ホブゴブリンに向かって叩き込む。だが、その攻撃はあっさりとかわされてしまい、地面を大きく穿っただけだった。


《チェリー! ビビり過ぎだプモ! 明らかに間合いの外なのにソードを振っても当たらないプモ!》


 くっ! 分かってるけど怖いものは怖いんだ!


 ホブゴブリンは、地面に突き刺さっているマジカルソードを横薙ぎに払い、そのまま錆びた剣を斬りつけてきた。


 だが、魔法少女になって身体能力の上がった僕にとっては、その動きはスローモーションのようにゆっくりに見えた。余裕を持ってバックステップでその斬撃をかわす。


 僕は再び間合いに入って攻撃しようと試みるが、やはり上手くいかない。


《はぁ、しょうがないプモね。間合いの外からマジカルソード☆と叫んで斬りつけるプモよ! そうすれば勝手に剣が伸びて届くようになるプモ!》

 

 何だって!? そんな便利な機能があるなら早く教えてくれよ!!


《チェリーはビビりだから白兵戦に慣れさせたかったんだプモ。今はいいプモが、そんなんじゃこれからもっと強い敵と戦う時に困るプモよ?》


 ……はい、ごもっともです。


 僕は自分の情けなさに溜め息をつきながら、言われた通りに叫んだ。


「マジカルソーーーーード☆!!!!」


 間合いの外からの攻撃に、ホブゴブリンは余裕そうな表情で回避行動を取った。


 ――が、ソードは伸びてその体に届き、肩から腰にかけて袈裟懸けに深く切り裂いた。


「グギャアアアアアアアアーーー!」


 叫び声を上げ、傷口を押さえてのたうち回るホブゴブリン。


《油断するんじゃないプモよ! 光の粒子となって消えるまで気を抜くなプモ!》


「分かってる!」


 プモルの言葉を聞き終わる前に、僕はマジカルソードを水平に構えて駆け出した。


 ホブゴブリンはその丸太のように太い腕を盾代わりに使い、攻撃を受け止める姿勢を取る。だが、その程度の防御で魔法少女の攻撃を防げるはずもない。ソードはいともたやすくそのガードを突破し、その首を胴体と切り離した。


 頭部を失ったその体は、しばらく痙攣していたが、やがて動かなくなり、そして光の粒子となり消えていった。ゴブリンより少し大き目の魔石がその場に残る。


《お見事だプモ! チェリーも中々やるようになってきたプモね!》


 プモルに褒められて、素直に嬉しい気持ちになった。確かに最初に比べると格段の進歩だ。


《魔素が身体に吸収されてるのを感じるプモか? その調子でどんどん吸収していくといいプモ》


 感じる。特に今のモンスターは今までの相手より魔素の量が多かったのか、その感覚がハッキリと分かった。


「うん、なんだか力が湧いて来るみたいだよ」


《魔法少女の力はまだまだこんなもんじゃないプモよ? もっと沢山の魔素を吸収すれば、いずれは固有魔法も使えるようになるはずだプモ》


「固有魔法?」


 聞き慣れない言葉に思わず問い返す。


《魔法少女には1人につき1つの固有の魔法が宿るプモ。魔法少女は皆この魔法を駆使して強敵と戦うプモ。探索者のスキルと似てるプモな。ただ、魔法少女の固有魔法は探索者の特殊技能ユニークスキルと比べてもかなり強力だプモ。チェリーの魔法少女の力は、今のところはまだその片鱗すら見えていないプモが……》


 ユニークスキルより凄い固有魔法だって!? あの嬉野の時逆の右手クロノリバースより凄い力って一体どんなものなんだ!?


《クソ雑魚のチェリーにはまだその片鱗すら見えていないのでさっぱりわからないプモな》


 あまり雑魚雑魚言わないでくれますか!? 事実でも傷つくんだよ!


《でも莉音に雑魚雑魚言われてる時はちょっと嬉しそうだったプモな?》


 ……なんでだろうねぇ? 不思議だなぁ。


 プモルと軽口を叩きながら、僕はダンジョンの奥へと進んでいった。



 そして遂にボスのいる10階まで辿り着く。


 ボス部屋の前に辿り着いた僕の心臓は緊張からバクバクと高鳴っていた。この扉の向こうにはおそらくこれまでのモンスター達とは比べ物にならない程の強大な存在がいるのだろう。


「プモル、10階のボスってどんな奴だっけ?」


 10階まで降りることは無いと思っていたので、正直、全然予習していないのだ。


《えっと、確か……ミノタウロスだったと思うプモ。牛頭の巨人で、とてつもない怪力の持ち主だプモ。動きはそんなに速くないプモが、斧を投擲してくることがあるので要注意だプモね。あと、咆哮でこちらの動きを止めて、突進攻撃をかましてくることもあるプモ。鈍足でも向こうの一撃は即死級の威力だから気をつけるプモよ?》


 こいつほんとにダンジョンだと頼りになるな……。普段は変態のクソ猫だけど。


《聞こえてるプモよ?》


 聞こえるように言ってますからねぇ~。


《だんだん遠慮がなくなってきたプモな……。さては内弁慶プモな? 身内にだけ饒舌になるとか典型的な陰キャだプモ。流石は30歳まで彼女いない歴=年齢の童貞なだけあるプモ》


 う、うるさいな! そういうとこだぞ? お前?


 見た目だけなら結構かわいい猫なのにさぁ……。


《……まあいいプモ。それより扉の前に誰もいないのは意外プモな? てっきり、他の探索者がボスと戦ってるとばかり思ってたプモ》


 ボスは誰かが倒してしまったらしばらくは復活しない。ボスがいない部屋は素通りすることも可能なのだ。


 だが、ドロップアイテムの為に順番待ちをすることも少なくはないという話だから、プモルの疑問も最もだろう。


「ああ、今は7月で探索者のメイン層である学生達が夏休みだから、彼らは大規模パーティを組んで下層に潜っていることが多いみたいなんだ。凖探索者に10階はまだきついだろうし、この階が空いてても不思議じゃないよ」


《なるほどプモ。しかし、下層の攻略にもここを通る必要はあるプモよね?》


「いや、何でも並木野ダンジョンには"転移屋"なる存在がいるらしくて、そいつが一気に下層に送ってくれるらしいよ」


 ユニークスキルではないらしいが、かなりのレアスキルである"転移"を使える探索者が商売をしているのだ。


 その人物は自分が行ったことのある場所なら、ダンジョン内であれば、自分に触れている人間をまとめて移動させることができるらしい。


 なので、10階のような上層には、レベルアップ能力を持った探索者はあまりこなかったりするというわけだ。それでもドロップアイテム目当てで順番待ちすることは珍しくないらしいから、今はちょうどタイミングが良かったのだろう。


 ちなみに転移の代金は1階降りる毎に1万円という高額だ。今いる10階でも10万円もする。だが、並木野ダンジョンの下層を攻略するような探索者からすれば、はした金のようなものなのかもしれない。


 僕の生徒の葛城も1ヶ月で僕の年収の10倍以上稼ぐとか言ってたし……。


《ふーん、便利プモな。今度利用させてもらうプモか。でも、そのためにはもっとお金を稼がないといけないプモがな。さあ、無駄話はこれくらいにしてそろそろ行くプモよ!》


「う、うん……」


 プモルに急かされながら、僕は目の前の巨大な扉に手をかける。扉は重苦しい音を立てながらゆっくりと開いていった。

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