第017話「邂逅」

 アレは……女か?


 これまでは、全て男だった。だが、アレは違う。今まで見たどの生き物とも異なり、その容姿はとても美しいと言えるものだった。


 まだ若い、少女のように見える。


 だが、関係ない。アレもまた、自分にとっては餌でしかない。


 探索者と言われている奴らのような、嫌な感じもしない。おそらくこれまでの4人と同じような弱者だろう。その細い首は簡単に切り落とせそうだ。


 ソレは、ゆっくりと獲物に近づく。


「クククク、クヒヒッ」


 ソレは、無警戒で自分に近付いて来るその少女を見て、思わず笑い声を漏らした。


 気配を殺して背後に回る、そして、その首を跳ね飛ばそうとしたその刹那――――


「え? 後ろ?」


 その少女は急にこちらを向き、ソレの顔を見た。


 少女と目が合う。その瞳は美しく澄んでいて、吸い込まれそうなほどに綺麗なピンク色をしていた。


「クッ! ナゼバレタ!?」


 急いで爪を繰り出したが、その攻撃は空を切った。その少女は信じられないスピードで後ろに下がったのだ。


 ソレは困惑した。普通の人間が今の攻撃を避けられるはずもないからだ。


「グ、グウッ! マサカオマエモ、エクスプローラーカッ! クソ、アイツラトオナジチカラハカンジナカッタノニ!?」


「しゃ、喋った!! ……え? うん、そうだな、今はそんなことを気にしてる場合じゃないな」


 なんだ? 誰かと話している?


 キョロキョロと辺りを見渡してみるが、自分とこの少女以外には何も見当たらない。


 ソレは、再び少女に襲いかかる。今度は確実に仕留めるため、死角から回り込み、飛びかかった。しかし、またしても避けられてしまった。しかも、先程よりも余裕を持ってだ。


 少女は手に持ったステッキのような武器に力を込める。すると、その形状が変化し、弓の形になった。


 ――!? 何かまずいっ!!


「くらえっ! マジカルアローーーー☆!!!」


 放たれたのは光り輝く矢だった。ソレは慌てて避けるが、その矢はまるで意思を持っているかのように追尾してくる。


 何だこれは!?


 ソレは必死に逃げ回った。しかし、避けきれずに直撃する。


「グオオオオオーーーーッ!!」


 腹に強烈な衝撃を受け、吹き飛ばされる。ソレは壁に激突し、地面に倒れ込んだ。だが、辛うじて命を繋ぎ止めることに成功した。


「マジカルアローをくらって生きている!? こいつ! やはり例の特殊個体か!? ……わかってる! 特殊能力に警戒しつつ、遠距離から攻撃を続ける!」


 少女が再び何かに話しかけている。どうやらさっきから独り言が多いようだ。


 そして、少女がまた武器に何かの力を込めた。



 ――強い! 駄目だ! 今のオレではこいつに勝てない!



 本能的に、ソレはそう悟った。ならば、ここは――――


「グオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッゥ!!!!!!」


 精一杯の雄叫びを上げる。その声を聞いて少女はびくりとその動きを止めた。


 近くに落ちている岩の破片を拾い上げる。そして、それを少女に向かって力任せに思いっきり投げつけた。


「わっ! うわっ! 危なっ!」


 少女は軽々とその攻撃をかわす。だが、それでいい。目的は時間稼ぎなのだから。


 ソレは、全力で地面を蹴って後方へと駆け出した。


「あっ! 待てっ! ……え? 深追いするな? ……わかったよ」


 少女が何かに話しかけている。だが、ソレは振り返ることなく、一目散に逃げ出した。


「チカラガタリナイ……モット、モット、ニンゲンヲクワナイト……」


 探索者と呼ばれる者にも、あのピンク色の少女にも今の自分では勝てない。ならばもっと弱い人間を探さなければならない。


 ソレは決意を新たに、新たな獲物を求めて歩き始めた。




◆◆◆




 謎の生物が走り去ったのを確認してから、僕はホッと息を吐いた。


「マジでビビった……。まさかいきなり例の特殊個体と邂逅するとは思わなかった。……あぁ、まだ心臓がバクバクいってる」


《プモルがいなかったらやばかったかもしれないプモね~~。上層だからってチェリーは油断しすぎだプモ》


 プモルの言う通りだ。話には聞いてたけど、まさか自分が襲われるとは思ってもみなかった。マジでこんな上層をあんな化け物が彷徨いているとは。


「しかし、言葉を喋ってたぞ? 特殊個体ってのはみんなあんなに知能が高いのか?」


《……うーん、プモルも詳しくはないプモが、そんな話は聞いたことないプモ。特殊個体の中でも、あいつは更に何か厄介な能力を持ってるのかもしれないプモね。一応ギルドに報告しておいたほうがいいんじゃないプモか?》


 確かに、言葉も喋れて勝てそうになかったら逃げる知恵もある相手だ。このまま放置するのは危険だろう。


「でももう6階まで降りて来ちゃったんだよな~」


 魔法少女の力は想像以上に強く、もう1階じゃ物足りなくなってしまったのだ。プモルのサポートがあれば10階のボスも倒せると聞いて、思い切って下に降りてきてしまったのだ。


 ここから帰るには1階まで戻るか、10階のボスを倒すしかない。


《ま、どっちでも同じなら10階まで行ってボスをサクっと倒しちゃうプモ! 今のチェリーなら大丈夫プモ!》


 プモルの言葉を信じよう。こいつはド変態のセクハラマスコットではあるが、戦闘面のアドバイスはいつも的確だ。


 それに、僕も一度はボスモンスターを倒して、ドロップアイテムを手に入れてみたいとずっと思っていたのだ。


 今更引き返すのも面倒だし、今日は行くところまで行っちゃおう!


 そう決心した僕は、下層への階段を目指して再び歩みを進めた。

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