第016話「特殊個体 (ユニークモンスター)」
ソレは薄暗い闇の中で産声を上げた。最初は小さな、そして弱々しい姿をしており、その誕生は誰にも知られることはなかった。
暗がりから光差す場所へと這い出たソレは、自分の姿を確かめるように体を震わせる。すると、全身がぷるぷるとしたゼリー状の塊であることに気付いた。
手足もなければ目もなく、口らしきものも見当たらない。ただ、どういうわけか辺りの地形や、周りにいる生き物の姿を認識することができた。
しばらく周囲を見渡していたソレだったが、ふと何かを感じ取ったのか、その動きを止める。
すると、暗闇の中から1匹のゴブリンが姿を現し、ソレの目の前を通り過ぎていった。
「グギャ?」
しかし、視界の片隅に映った奇妙な物体に興味を覚えたのか、ゴブリンは足を止めて振り返る。そして、生まれたばかりのソレに向かってゆっくりと歩み寄ってきた。
だが、その生物は自らに近づいてくるゴブリンの気配を察知すると、一目散に逃げ出した。
その生物には知性があった。だがその知性はあまり高くはなく、自分が何者であるかもわからなかった。ただ本能的に自分の身を守る術を理解していた。
逃げる――逃げる――必死に逃げる。この場所にソレよりも弱い生き物は存在しなかった。
やがて、その生物は自分のことを"スライム"と呼ばれる存在だと理解する。
普通のスライムと比べて更に小さく、きらきらと輝く黄金色をしたその生物は、探索者や他のモンスター達に見つからぬよう、ひっそりとダンジョンを彷徨った。
逃げて、逃げて、逃げ続ける。
ある日、ソレはダンジョンの片隅で、空腹に苦しんでいた。今までに感じたことのないほどの飢えが、その生物を襲う。
そこに、大怪我を負っているゴブリンが現れた。
探索者にやられたのか、もしくは他のモンスターに襲われたのだろうか? とにかくそのゴブリンは瀕死の状態であり、動くこともままならない状態だった。
その生物は考える。この傷ついたゴブリンを食べれば、自分はもっと大きくなれるのではないか?
ソレは迷わずそのゴブリンに飛びついた。
「グ、グギャッ!?」
突然の痛みに暴れだすゴブリンだったが、ソレは構うこと無く、その肉を溶かし、吸収していく。やがて、全ての肉を吸収し終えた時、その生物の中に力が溢れてきた。
体中から、今までにないほどの強い魔力を感じる。
ふと、思い立ち、その生物は先程のゴブリンの姿をイメージしながら、自らの肉体を変化させていく。
「……グ、……グ、グギャ」
変化を終えたその生物は、近くにあった池に写る姿を確認する。するとそこには、先程までの自分とは似ても似つかない、醜悪な子鬼のモンスターがいた。
これが自分かと、その生物は少し戸惑ったが、すぐに納得した。この姿こそが、今の自分に最も相応しいものだと理解したからだ。
それから、その生物はひたすらに力を求めた。ダンジョンに出現する様々な魔物を喰らい、力をつけていった。
ある時はコボルトを、またある時にはホブゴブリンを、そして、先日はオークをも捕食した。
そして、いつの間にかソレは、どのモンスターとも言えない異形の存在になっていた。
もはや自分に敵うものなどいない。そう思った矢先だった。
ソレは遂に人間と遭遇する――――。
「お、おい……! 葛城、見てみろよ! こいつ、見たこともないモンスターだぞ!」
「……おそらくこいつが例の特殊個体だな。多田野、油断するなよ? アホは
人間と呼ばれる者達が何かを話している。だが、そんなことはどうでもいい。
――強い。
間近で初めて見る人間という種族。だが、その力の差を、本能が悟っていた。勝てるはずがない。
ソレは一目散にその場を逃走しようとした。しかし、人間はそれを許さなかった。
「ちっ! こいつ逃げるつもりか! 逃がさねぇ! 絶対捕まえるんだ! 俺の
人間の武器がソレの背中に突き刺さる。だが、そんなものは気にも止めず、ソレはただ、必死に逃げた。
「逃げるんじゃねええぇ!! 待ちやがれぇぇぇ!!!」
「おい! 多田野! 待てっ! 深追いすんな馬鹿が!! 罠かもしれねぇ! 特殊個体の能力を見極めないまま突っ込むのは危険だと言ったばかりだろうがこのアホ!」
「グ、グルァァァァ!」
背後で人間の声が聞こえる。だが、振り返ることはしない。ただただ走り続けた。力を手に入れ、強くなったつもりだった。だが、所詮は井の中の蛙だった。
ソレは思う。
――もっと、強くなりたい。
それは純粋なる渇望だった。
ソレは走る。どこまでも、どこへでも、強くなるために。そして、遂には階段を登って上層へと進出を果たした。
そして、ソレは再び人間と出会う。
2人組の男だった。1人は剣を持ち、もう1人は弓を持っている。すかさず逃げようと、背を向けたその時、何か違和感を覚えた。
あの時遭遇した人間と違い、目の前の人間達は随分と弱そうだ。警戒心もまるでなく、隙だらけに見える。あれなら今の自分でも倒せるかもしれない。
ソレはニヤリと笑った。
次の瞬間、音もなく男達の背後に移動し、その首筋目掛けて鋭い爪を振り下ろした。
「ぎゃああああああーーー!!!」
首を切り裂かれた男が絶叫を上げる。
呆気なかった。この男は自分が思っていたよりもずっと弱い存在だったようだ。
「な、なんだこいつはーーーーっ! ひ、ひいいいぃーーーーっ!?」
隣にいた男が慌てて逃げ出す。ソレは、逃げ出した男を一瞥すると、足元に転がっている男の首を切り落とし、そのまま食らう。
すると、不思議なことに、急に頭の中がスッキリしてきた。
「オ、オ……オレハ……??」
なんだこれは? 頭が痛い。気持ち悪い。吐き気が止まらない。視界がぐるぐる回っている。
だが、そんな中で、ソレは確かに感じていた。力が湧いて来るのを。こいつらをもっと喰らえば、自分は更に強くなれる。
その後、ソレは3人もの人間を殺し、そして、喰らった。その度に頭が急速に冴えて行った。同時に、自分の中に知らない知識がどんどん流れ込んでくる。
「フ、フハハハハハ、フヒャヒャヒャー! コレダ、コレノ力ガ欲シカッタノダ! コノ力ガ! モット! モットクレッ!」
ダンジョン内を徘徊し、目に付いた魔物を片っ端から殺し、喰らい、吸収していく。
そして、遂にソレは5人目の人間を見つけた――――。
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