第015話「魔法少女とレベルアップ能力者」

 翌日、僕らは再びギルドの前に来ていた。学校に探索者休暇を申請したので、今日から本格的にダンジョン探索を始めることが出来る。


 前はあれほど緊張や恐怖でいっぱいだったのに、今はなんだかワクワクしている。魔法少女になったことで、力と自信が付いたせいか、気持ちが前向きになっているのかもしれない。


 早速ダンジョンに潜ろうと、僕は足を踏み出したのだが――――


「ああーーーー! 先生! 何やってるんですか!? もしかしてまたダンジョンに潜ろうとしてるんですか!?」


「う、嬉野!?」


 突然後ろから声をかけられ振り返ると、そこには僕の生徒であり、一流の探索者でもある嬉野莉音がいた。


 マズい、先日死にかけて彼女に助けられたばかりなのに、再びダンジョンに潜ろうとしてるなんて知られたら、怒られるに決まっている……。ここはなんとか誤魔化さないと……。


 そんなことを考えていると、彼女は眉間にシワを寄せながらこちらに近づいてきた。


「先生! 先生はよわよわでざこざこなんですから、ダンジョンは私達に任せておけば良いんです! せ、先生は外で私の帰りを――――」


「にゃ~~~~ん♪」


 突如リュックの中からプモルが飛び出したかと思うと、嬉野の足元に擦り寄っていった。


 何こいつ普通の猫のフリしちゃってるの?


「あーーーっ! 猫ちゃん! かわいいーーーっ!!」


 だが、どうやらその効果は絶大だったらしく、彼女の表情は一瞬にして緩みきった。プモルを両手で抱きかかえると、そのまま胸元に抱え込む。


「ねえ、この子先生のペットですか?」


 プモルを撫で回しながら、上目遣いで尋ねてくる。


「え? ……ああ、まぁそうかな……」


 本当は魔法の国からやってきた妖精だけど。しかも変態の。


 だが、プモルはまるで本物の猫であるかのように嬉野の腕の中でゴロゴロと喉を鳴らしていた。時折ぺちぺちと胸に猫パンチをしている。


 おい! このクソ猫! いい加減にしろよ!!


 むんずと首根っこを掴んで引っ張るが、離れない。それどころか、逆に指に噛みついてきた。


 痛たたた! お前ふざけんじゃねぇぞ!


「こら~~! 先生! 猫ちゃんに乱暴しないで下さい! めっですよ!」


 嬉野はぷくっと頬を膨らませる。


 プモルはニヤついた顔で、嬉野の胸の谷間に顔を押し付け続けていた。


 こいつ……あとで絶対ブチのめす!


 僕が拳を固めていると、彼女はハッとした表情をして、プモルを地面に下ろした。


「そうだ! こんなことをしてる場合じゃなかったです! そろそろ待ち合わせの時間じゃないですか!?」


 そう言うと、嬉野は慌てて時計を確認する。どうやら誰かと約束があるようだ。


 彼女は貴重なユニークスキル持ちだから、下層の攻略パーティには必須だろう。おそらく探索者のチームメンバーとミーティングをするのかもしれない。


「それじゃあ私は行きますけど、先生は無理してダンジョンに潜ったら駄目ですからね! 今日は私は下層に行くので、先生が怪我しても回復させることは出来ませんから! いいですね!?」


 嬉野はそう言い残すと、慌ただしく去っていった。


 僕はそれを見送ると、ジロリとプモルを睨み付ける。


「お前なぁ! 嬉野は僕と違って本物の女子なんだからセクハラは控えてくれよ!」


「お、落ち着くプモ! 今のはあの子の魔法少女としての才能を探っていただけだプモ! ……セクハラはついでだプモ!」


 プモルは冷や汗を流しながら弁明する。


 結局セクハラはしてんじゃねーか!


「それで? 嬉野はどんな感じだったんだ?」


 僕の問いかけに、プモルは真剣な眼差しになった。


「うーん、あの娘は魔法少女になることは無理そうプモね」


「…………え?」


 プモルの意外な発言に、思わず変な声が出てしまった。


 い、いや、そんなはずはないだろ!? 心も体も汚れなき10代の少女は魔法少女の資質があるはずなんだから! 嬉野ほど心の綺麗な女の子はそうそういないぞ!


 ……ということは。え……? まさか嬉野はもう……!? 嘘だろ!?


「嘘だろ!? 嬉野は魔法少女になれないのかよ!? つまりそういうことなの!? なあそうなの!?」


 プモルの肩を掴み、激しく揺さぶる。プモルは苦しげにしながらも、首を横に振って否定した。


「お、落ち着くプモよ!! ……あの娘に魔法少女の資質はあったプモ。でも、何か不思議な力が邪魔をしてるみたいだったプモ!」


 不思議な力? なんのことだ?


 プモルの言っている意味がわからずに困惑していると、彼は急に深刻な顔つきになって話を続けた。


「おそらく例のレベルアップ能力プモね。あの力と魔法少女の力はどうやら相性が悪いみたいプモ。どちらか片方の力なら問題ないプモが、両方合わさるとお互いの力を相殺してしまうプモ。つまりレベルアップ能力者は魔法少女になることが出来ないってことプモね。残念プモ、プモルもせっかくならこんなおっさんじゃなくてあの娘と契約したかったプモ……」


 こんなおっさんで悪かったな!

 

 しかしそういうことか……。それならば嬉野が魔法少女になれなくても納得出来る。


 僕はホッと胸を撫で下ろす。すると、プモルはニヤついた笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。


「何だプモ~~~? まさかあの娘がバージンかどうか気にしてたプモか? キモっ! くっっっっそキモいプモな!! いい歳したおっさんが、あんな若い女の子の処女性が気になるとかマジでドン引きだプモ!」


 …………こいつ。分かっちゃいるが、お前だけには言われたくないわ!


 殺意を込めて拳を握ると、プモルは慌てて逃げていった。


「はぁ……もういいよ。とにかくそろそろダンジョンに行くぞ。嬉野ももう行ったし、僕達も行こうぜ」


「了解プモーーーー」


 プモルは光の粒子となって、再び僕のペンダントの中へと入っていった。



 ギルドの中に入ると、何か騒然としていた。受付カウンターに人集りが出来ていて、職員達が忙しなく動いている。どうやら緊急事態が発生したようだ。


 僕は人混みの隙間を縫ってカウンターまで向かう。


「何かあったんですか?」


 近くにいた女性の職員に声をかける。彼女は少し困った表情を浮かべていた。


「ええ、実は前々から目撃情報のあった特殊個体ユニークモンスターによる死者がついに出てしまいまして……」


 特殊個体だと……! なんてことだ! とうとう犠牲者が出たのか。


 彼女の話では、当初地下10階で確認されていた特殊個体だが、最近になり更に上層へ上ってきたらしい。下層を探索するような高ランクの探索者にとってはそれほど脅威ではないレベルの魔物だったらしいが、まだ低ランクの探索者達にとっては充分危険な存在だった。


 今までの犠牲者は4名。いずれも駆け出しの凖探索者達だったそうだ。


「え!? モンスターって階層を移動することが出来るんですか!?」


 そんな話は初めて聞いたぞ? 迷宮内の魔物は階層間の移動は出来ないはずなのだ。


「通常のモンスターはそうです。ですが、稀に一部の特殊個体は、特定の条件を満たした場合に限り、階層の移動が可能になるそうです。その条件は解明されていませんが……」


 なるほど。だがそうなると非常に厄介だ。下層レベルの魔物が上層をうろついているとなると、今後更に犠牲が増える可能性がある。


「しかも厄介なことにかなり知能が高いらしくて、レベルアップ能力を持った探索者と遭遇する逃亡するみたいなんですよ、確実に勝てる相手としか戦わないみたいですね。それで被害が増えてしまっているようです」


 それはかなり厄介なモンスターだな。僕も注意しなければ……。


《まあ、危なくなったら逃げればいいプモ。例え勝てないにしても魔法少女状態のチェリーなら逃げるくらいは余裕プモね》


 確かにそうだな。変身すれば身体能力も上がるし、魔法も使える。強力なモンスターでも逃げるだけならば問題ないだろう。


「それで凖探索者の皆さんには問題が解決するまでは、なるべく単独行動を控えるよう通達がありました。それと、もし特殊個体に遭遇した場合は、速やかに撤退するようにとのことです」


 忠告はありがたいが、僕は単独行動する気満々だ。なにせ魔法少女だからな!


 僕は受付嬢に礼を言うと、ダンジョンゲートへと向かって歩きだした。

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