第013話「マジカルステッキ」

 どれくらいの時間が経っただろうか? ようやく思考力が回復し、状況を把握できるようになる。


 ……倒したんだよな? あのゴブリン、あんなにもあっさりとっ!!


「ぷ、プモル! 見た!? 今の! ゴブリンを倒した! やったよ!」


 スカートをはためかせながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。


 だが、僕の喜びとは裏腹に、プモルは冷ややかな口調でこう告げてきた。


《はぁ……魔法少女なんだからゴブリンなんて倒せて当たり前プモよ》


「で、でもあの威力! 凄くなかった!?」


 あんな威力の攻撃、レベルアップ能力を持った探索者でもそうそう出せるものではないはずだ。


 僕は興奮気味にまくし立てるが、プモルは相変わらず冷めた態度だ。


《チェリー、魔法少女は世界を滅ぼさんとする巨悪と戦う存在プモよ? 普通の魔法少女は、はっきり言って探索者などとは比べ物にならない程強いプモ。だけど今のチェリーより強い探索者は沢山いるプモな。チェリーが最弱という理由がわかったプモか?》


 その言葉を聞き、僕は愕然としてしまった。


 あの威力で最弱の魔法少女だとしたら、最強クラスになるとどれほどの強さになるんだろうか。今の自分の弱さを思い知らされて、自然と肩を落としてしまう。


《落ち込む必要はないプモよ? 今は弱いけど、いずれはチェリーに敵う探索者などいなくなるプモ。ゴブリンが光の粒子となって霧散したのを見たプモか?》


 そうだ! それだよ! 何故か魔石だけ残してゴブリンが消えたんだ!


《魔法少女に倒された生物は、その身体を魔素に分解されて消滅するプモ。そして、倒した魔法少女はその魔素を直接吸収出来るプモ。それは探索者のレベルアップ能力と比べものにならないほど効率が良く、彼らよりずっと速いペースで強くなることが出来るプモよ》


 なるほど……。そう言えば、ゴブリンを倒した後、その光の粒子が僕の身体に吸い込まれていくように見えた気がする。


 もしかしたら、あれがプモルの言っていた"魔素を取り込む"という現象だったのかもしれない。


「えっと、じゃあ探索者みたいにレベルとかステータスというものはないんだ?」


 ちょっとゲームみたいで憧れていたが、そういう概念はないようなので残念だ。


《あんなもの邪道プモ! それこそチェリーが言うようにゲームみたいな力プモな。プモルが思うにあの"レベルアップ能力"というやつは、誰かの力による間接的な強化プモな。魔法によるバフと言えば分かりやすいプモか》


「魔法によるバフ?」


 確かRPGなんかでよくある設定だ。味方の能力を向上させる支援系の魔法。例えば、攻撃力を上げたり防御力を上げるといった具合に。


《神か悪魔か宇宙人か、はたまたプモルのような魔法世界の住人かは分からんプモが、そいつによる支援的な力プモな。探索者がモンスターを倒す、するとそいつに魔素が一旦渡って、それから探索者にレベルアップという形で還元されるシステムプモね》


「要するに魔物を倒しまくると、探索者は自分が強くなるわけじゃなくて、神様的な人からより強いバフが貰えるってこと?」


《概ね正解プモ。おそらくかなりの上位存在による力だと思うプモが、1人で大勢の人間を一気にパワーアップさせている影響で、本来得られるはずの恩恵が薄まっているプモな。現にダンジョンの外ではその力は全く使えないはずプモよ?》


 言われてみれば確かにそうだ。ダンジョンの中では無双の力を奮う探索者の若者も、外の世界では一般人に過ぎない。


《探索者のクソガキ共はイキりまくってるらしいプモが、実際は本人は全く強くなってないプモね。本当にただの借り物の力プモ。ダンジョン限定のバフ能力というわけプモ。その点、魔法少女は違うプモよ? 外でもちゃんと魔法の力を行使出来るし、変身してない状態でもほんの僅かだけど身体能力が強化されるプモ。マスコットも1人1体! つきっきりでサポートできるプモ!》


 そう言ってプモルは実体化すると、僕の胸に抱きついてきた。そのまま猫パンチでペシペシと叩いてくる。


 相変わらずのセクハラ野郎だ。


 僕はプモルを引き剥がすと、空中に向かって放り投げた。


 プモルは空中で回転しながら、再び光の粒子となって僕のブローチの中へと戻っていった。


「サポートはいいけどセクハラは止めてくれよな」


《ぶー……それってプモルに死ねと言ってるプモか!? ひどいプモ!!》


 セクハラしなきゃ死ぬのかよ……この妖精は。


《冗談はさておき、本題に戻るプモ。さっきマジカルステッキを弓に変形させたのを覚えているプモか?》


「ああ、うん。覚えてるよ」


《魔法少女はステッキを様々な武器に形態変化させることができるプモ。そうプモね、今度は魔法使いが使うような杖を想像して欲しいプモ。それをイメージしつつ、魔力を込めて変化させてみるプモ》


 言われるまま、僕は目を閉じて、頭の中で某有名ファンタジー小説の眼鏡をかけた魔法使いの少年が使ってそうな杖を思い浮かべる。


 すると、手に持っていた弓が光に包まれて形を変えていき、やがてそれは先端に美しい宝石がついた、少し短めな木製の杖に変化した。


《出来たプモか? それこそが魔法少女の専用装備の1つ、"マジカルワンド"プモ! それを壁に向かって構えながら、魔力を込めてマジカルファイア☆と唱えるプモ!》


 なんだかよくわからないが、とりあえず言われた通りにやってみる。


 僕は洞窟の壁に向き合うと、右手に持ったマジカルワンドを正面に掲げ、高らかに叫んだ。


「マジカルファイアーーー☆!!」


 すると、その瞬間、杖の先端からハンドボールサイズの火球が出現し、勢い良く発射された。


 火球は高速で飛翔し、岩肌の壁面に命中した途端、爆発するように炎上した。


 ――ドガァアアンッ!!!


 爆音とともに、轟々と炎の柱が立ち上る。岩が崩れ落ち、パラパラと小石が落下していく。


「あっ! うわっ! やりすぎた!」


《う~~ん、しょっぼい威力プモねぇ……。これで魔法少女を名乗るのは恥ずかしいレベルプモよ》


 今の威力でしょぼいのかよ……。普通の魔法少女って一体どんな化け物なんだよ。


《まぁ、チェリーなら最初はこんなもんプモか。でももっと魔素を取り込んでいけば、いずれは凄いのが撃てるプモよ? マジカルファイアは基本技プモ。他にも色々あるプモ。例えば――――》


 それから僕は、プモルのレクチャーを受けながら、次々と魔法を試していった。




《――――と、まあこんな感じプモね》


「ぜえっ……ぜえっ……はぁっ……はぁっ……」


 数時間後、僕は息も絶え絶えになっていた。全身汗だくになり、疲労困ぱいの状態だ。


《お疲れ様プモ。現在のチェリーの魔力だとこの辺りが限界プモな。マジカルワンドは直接魔法を放出する分、他の武器より消費魔力が多いプモ。その辺の雑魚敵なら近接武器や弓で戦う方が効率的プモよ。あとは実戦で慣れていくといいプモ》


 プモルの説明を聞きながら、僕は地面に座り込むとペットボトルの水を飲み干すように、一気に喉に流し込んだ。冷たい水が心地良い。


 正直、ここまで大変とは思わなかった。だが、不思議と充足感のようなものを感じていた。まるで子供の頃に戻ったみたいに胸が躍る。


 だって、魔法なんて力を手に入れたんだぞ? いくつになっても、男だったら興奮するだろう?


 ……い、今は女の子だけどさ。


《それじゃあ今日はこれくらいにして、帰るプモか》


「うん、そうだね……。あっ、そうだ」


 僕は立ち上がり、服に付いた砂埃を払うと、少し離れたところに転がっていたリュックサックと麻痺の薙刀を拾い上げた。


《どうしたプモか?》


 不思議そうに聞いてくるプモルに、僕は薙刀を差し出して言った。


「これ、どうしよう? せっかく大金を出して買ったレアアイテムなのに、マジカルステッキがあったら使い道ないよね?」


《………………ふむ。何か特殊な能力が付加された武器プモね。なら、ステッキに食べさせるといいプモよ》


「ステッキに食べさせる?」


《マジカルステッキは、特殊な能力のあるアイテムを吸収して成長させることが出来るプモ。だから、その薙刀を食べさせてみるプモ》


 おお! マジか! なんかゲームの合成システムみたいな話だな! これは燃える展開だ!


 早速、麻痺の薙刀を地面に置くと、マジカルステッキでツンツンと突いてみた。


「……で? どうするの?」


《普通に食べるイメージでいいプモ。ほれ、やって見るプモ》


 言われるまま、目を閉じ、頭の中で薙刀を食べるシーンを思い浮かべる。すると次の瞬間、地面に置いた麻痺の薙刀が光に包まれて消え去った。


《おっ! 成功したプモね!》


「マジカルステッキの見た目に変化はないけど……」


 見た感じでは、特に変化はないようだが、何が変わったのだろうか?


《麻痺の薙刀そのものに変化させることも出来るし、例えばマジカルアローに麻痺効果を付与することも可能になったプモな》


「マジで!?」


 それは凄い! 今度試してみよう!


《こうやってレアアイテムをマジカルステッキに吸収させることによって、魔法少女は更にパワーアップ出来るプモ。ただし、ステッキの容量には限界があるプモから、魔法少女の格が低いうちは、あまりにも強力な装備は取り込めないので注意するプモよ?》


 なるほど。つまり、僕みたいに弱い魔法少女は、恩寵の宝物ユニークアイテムのような強力すぎる武器はまだ吸収出来ないということか。


《ついでにそのリュックもしまっておくプモ。魔法少女の衣装にそのリュックはおっさん臭くて見てられないプモ》


「いちいち一言余計なんだよなぁ……。で? しまうってどうするんだ?」


《胸元のリボン型ブローチに手を当てるプモ。そして、その中にアイテムを収納するイメージをしながら、マジカルストレージ☆と唱えるプモ》


 なにっ!? それっていわゆるアイテムボックス的なアレじゃないか! なんかテンション上がってきたぞ!!


 言われた通り、僕はブローチを握りしめ、目を閉じる。そして、脳内でアイテムを収納する場面を想像しながら、叫んだ。


「マジカルストレージ☆!!」


 すると、次の瞬間、地面に置いてあったリュックが光の粒子となって、ブローチの中へと吸い込まれていった。


「おお! 本当に消えた!」


《ブローチの中は異空間になってるプモ。正確にはブローチに取り付けられたハート型の宝石の中プモがな。いつもチェリーが身に着けているペンダントが、変身するとブローチに変化する仕組みプモ。この中はとても快適な環境で、プモルもいつもここでのんびりしているプモ。今はそれほど大きな空間じゃないプモが、チェリーの魔力が上がれば、どんどん広くなって沢山の物が入れられるようになるプモよ》


 そうなのか! これは嬉しい機能だな! やっぱりダンジョン探索にはこれがないと始まらないよな!


《ふふふふ、やる気に満ち溢れてきたようプモね。その調子で頑張るプモよ!》


「おおーーーっ!」


 僕はプモルの言葉に大きく頷くと、拳を突き上げ叫んだ。

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