第011話「チェリーピュアハート」

「…………」


 僕はしばらくの間、鏡の前で呆然と立ち尽くした。


 これが……僕……なのか……!?


 正直言って……めちゃくちゃ可愛い……。


 鏡に写っているのは自分のはずなのに、先程から心臓の鼓動が激しく脈打っているのを感じる。


 そっと指先で桜色の唇に触れる。しっとりとして、弾力があり、ぷにぷにとしていた。


 僕は吸い込まれるようにして、再び鏡に顔を近づけた。


 宝石のようなピンク色の瞳がじっとこちらを見つめ返している。鼻筋は高く通っていて、小ぶりだが形の良い鼻がツンと上を向いていた。


 小さく整った輪郭に、綺麗な曲線を描く顎。すべすべで真っ白な肌に、薄く染まった頬の色がよく栄えている。


 年齢は14歳前後といったところか。僕の生徒達とそう変わらないように見える。


 背の高さは150センチもないだろう。かなり小柄だ。だが、その反面、胸はかなり大きく、腰はくびれていて、お尻はキュッと引き締まっていた。いわゆるロリ巨乳体型というやつだろう。


 体の豊満さとは対照的に、幼いとすら思えるような童顔は、どこか禁忌的な雰囲気を感じさせた。


 僕はうっとりとしながら、鏡を眺め続ける。


「ぷぷぷぷも~。す~~~かりナルシストプモねー」


「うわああぁぁぁぁっ!!」


 背後から急に声をかけられ、思わず大きな声を上げてしまう。振り返ると、そこにはニヤついた表情を浮かべたプモルが立っていた。


 その瞬間、ようやく自分が今どういう状況にあるのかを思い出した。


(そうだ! こいつがいたんだった!)


 慌てて鏡から離れる。あまりの羞恥心に、顔だけでなく、全身が火照ってくるのを感じた。


 そんな僕を、プモルは相変わらずニタニタと見続けている。


「まあ、無理もないプモね。女の子の容姿に対する評価が厳しいと評判のプモルですら認めるほどの美少女っぷりプモからな。やはりプモルの見立ては間違っていなかったプモ。心一は凄まじいポテンシャルを秘めていると思っていたプモよ」


 プモルはうんうんと何度も首を縦に振る。


「凄まじいポテンシャル!? もしかして、僕の魔法少女としての才能ってかなり高かったりするのか?」


 その言葉に興奮を抑えきれずに尋ねる。


 まさかチート能力とか持ってたりするのか!? 齢30にして遂に僕の時代が来たというわけか!?


 しかし、僕の期待とは裏腹に、プモルはあっさりと答えた。


「魔法少女としての才能? そんなもの心一には全然ないプモな。魔法少女としては下の下プモよ? 最下級レベルの魔法少女プモ」


「…………は? いやいや! 今ポテンシャルが凄いとか言ってたばかりだろ? プモルの見立て通りだとか!」


 あまりに酷い言い様に、思わず抗議する。


 するとプモルは、にっこり笑いながら言った。


「プモルの見立て通りめちゃくちゃ美少女になったプモよ! それにこの素晴らしいおっっっっっぱい!!!! 最高プモねぇ~!!!」


 ジャンプして、僕の胸にダイブしてくるプモル。


「ぎにゃー!!!!」


 思わず悲鳴を上げる。


 プモルは両手で僕の胸を猫パンチしながら、興奮気味に叫んだ。


「魔法少女は可愛い娘は多くてもお胸が断崖絶壁な娘が多いプモよ! 少女なんだから仕方ない面もあるけど、やっぱりプモルは巨乳派プモ! 巨乳な魔法少女はレア中のレアプモからな! 心一は変身したら絶対巨乳になるとプモルは確信していたプモ! 思った通り凄まじいポテンシャルを秘めていたプモーーーっ!」


 うにゃうにゃと猫のような鳴き声を出しながら、プモルは僕の胸の上で飛び跳ねる。


「ん、ちょっ……おい、止め……っ……」


 プモルの猫パンチが僕の胸を的確に捉え、その度に大きくて柔らかい乳房がぷるぷると揺れる。何か変な気分になりそうだったので、僕はプモルの首根っこを掴んで無理やり引き剥がした。


 そのまま部屋の隅へと放り投げる。


「いい加減にしろ! 僕は男だぞ! お前だって知ってるはずだ!」


 荒くなった息を整えつつ、プモルを睨みつける。


 プモルは猫のようにくるりと回転し、着地した。


 そして、不思議そうに小首を傾げる。


「男? それがどうしたというプモか?」


「いやいや、外見が美少女だったとしても中身男だぞ? 30歳のおっさんだぞ? 胸を揉んで楽しいのか?」


 プモルは少しの間黙っていたが、やがて肩をすくめた。


 そして、やれやれといった感じで口を開く。


「……中身? 中身なんてくっっっっそどうでもいいプモよーーーーっ!! 大事なのは外見だけプモ! 魔法少女は外見が全てプモよーーーーっ!!」


 こいつ……言い切りやがった。


 あまりの暴論に開いた口が塞がらない。


 プモルはまるで演説でもしているかのように熱の入った口調で、拳を振り上げ、力説を続ける。


「外見が美少女だったら中身がおっさんだろうがBBAだろうがプモルは一向に構わないプモ! むしろ生意気なクソガキより、おっさんの方が話が分かっていいまであるプモなぁ~。おっぱい揉んでも合法プモよ!」


 プモルは僕に向かってビシッと指を突きつけてきた。


 ……ダメだ。こいつ人として完全に終わってる。いや、猫としてか……。


 人間界の平和を脅かす悪と戦うためにやって来た、とか言ってたが、こいつが悪の根源なんじゃないだろうか?


 呆れてものも言えないとはまさにこのことだ。


「はぁ……もういいよ。とりあえず、魔法少女の力について詳しく教えてくれ」


 溜め息混じりに言うと、プモルはそれを手で制してきた。


「待つプモよ。今はそんなことよりもっと重要なことがあるんじゃないプモか?」


「重要なこと?」


 何のことかわからず、聞き返す。


 プモルは酷く真剣な表情を浮かべている。その様子から察するに、おそらくとても重大な事なのであろう。


 ごくり、と唾を飲み込む。


 そんな僕の様子をじっと見ていたプモルは、うんうんと何度も首を縦に振った後、仏のような優しい笑みを浮かべた。


「それじゃあ、プモルは小一時間外で暇を潰してくるプモからな? その間に済ませるんだプモよ? 大丈夫プモ、覗いたりとかはしないプモからな。ゆっくりと1人で楽しむといいプモ」


「……????」


 さっきから何を言っているのかわからない。


 プモルは、不思議そうな顔をする僕に背を向けると、扉の方へ歩き出した。


「いやいや、何言ってるのかわからんのだが? 早く魔法少女の力について教えてくれよ?」


 せっかくこんな不思議な力を手に入れてワクワクしていたというのに、プモルは一体何を言ってるのだろうか。


 そんな疑問をぶつけると、プモルは振り返り、ニヤついた表情を浮かべた。


「またまた~~~! カマトトぶっちゃって~~~! 分かってるくせに~~~!」


「??????」


 やはりプモルの言葉の意味がわからずに、首を捻る。


 プモルは僕の反応を見て、楽しげに笑った。そして、二足歩行で人差し指を立てて左右に振りながら、僕の目の前まで歩いてきた。


 そして、耳元に口を近づけてくる。


「1人になったらこっそりと、あんなことや、こんなことをして楽しむつもりプモよね? 皆まで言せるなプモよ~~!」


 そう囁いたプモルの顔には下品極まりない、嫌らしい笑みが浮かんでいた。


「……………………は!? はあああああぁぁぁぁぁぁ!? アホなのか! お前は! いきなり何言ってんだよ!」


 ようやくプモルの言わんとしていることを理解した僕は、全身を真っ赤にして叫んだ。


 すると、プモルは右手でポンポンと僕の肩を叩きながら、ニコニコとした笑顔で言う。


「またまたまたまた~~~。分かってる、プモルは全部分かってるプモからな。恥ずかしがる必要なんてないプモよ。みんなやるプモからな。プモルは見なかったことにしておくプモ。安心して楽しむといいプモよ。それじゃあプモルは小一時間――――」


「いやいやいやいや! やらないから! 本当にやらないから! 冗談はいいから早く魔法少女の力について教えてくれよ!」


 慌てて叫ぶと、プモルは驚愕の表情を浮かべた。


「…………え? 本当にやらないプモか?」


「やらないって」


「え? え? え? え? マジで何もしないプモかっっっ!?」


「しないって」


 そう答えると、プモルはどんどんと口を開けていき、最後には顎が外れてしまうんじゃないのかと思うほどまでに大きく口を開いた。


 そして、まるでゴム人間に雷が効かなかった男のような表情で、絶叫するように言った。


「ほげええええええええーーーーーーっ!? や、やらないプモかーーーー!? TSして美少女になったのに何もエロいことしないプモかーーーー!? こ、こいつ! 頭がおかしいプモーーーッ!!」


 言うなよ! せっかくボカしてたのに!


「頭がおかしいって……そ、そこまでいうことじゃないだろ! その……そういうことをしないくらいでさ……」


 しかし、プモルは納得がいかないようで、首をブンブンと振った。


「あり、あり、あり得ないプモーーーーっ!! 普通絶対するプモよ? 興味がない振りしてる奴も後でこっそりするプモよ? そこに空気があるから呼吸するように、太陽が東から昇って西へ沈むように、健全な男がTSして美少女になったらエロいことをする、それが自然の摂理プモよっ! 古事記にもそう書いてあるプモ。なのに……なのに……っ! 何もしないなんて……っ! クレイジー過ぎるプモよ! Oh! You are crazy! pomooooo!!!」


 ……言う? エッチなことをしないだけで、そこまでさぁ。最後の方、テンション上がり過ぎて英語になってるし。


「な、なんでしないプモか……?」


 プモルは恐る恐るという感じで聞いてくる。


 ……答えたくない。が、ここまで言われた以上、黙っている訳にはいかなくなった。


 僕は顔を赤くしながら、蚊の鳴くような声で呟いた。


「い、いや……。だって……そりゃまったく興味がないって言ったら嘘になるけどさ……。は、恥ずかしいじゃん……」


 プモルはそれを聞くと、まるで宇宙に迷い込んだ猫のような表情になった。


「……ぶ、ぶったまげたプモ。メンタルが無垢な女子中学生並だプモ。これが選ばれし真の童貞という奴プモか……っ! 確かにこれなら魔法少女になれるのも納得いくプモな……!」


 おい、聞こえてるぞ。誰が女子中学生と同等の精神だ。


 プモルは頭を抱えて天を仰ぐと、再び僕に向き直った。


 そして、真剣な眼差しで言う。そこには先程までのふざけた様子は一切なく、正義の使者の姿があった。


「命名するプモ! 汝の名は――"チェリーピュアハート"! 清らかな心を持った、悪と戦う正義の戦士! 【魔法少女チェリーピュアハート】プモよ!」


「魔法少女……チェリーピュアハート……」


 その名を口に出した途端、突然全身に活力が溢れてくるのを感じた。それはまるで、今までずっと欠けていた何かを、取り戻したかのような感覚だった。


 今ならば、どんな困難でも乗り越えられる気がする。


「チェリー! これからよろしくプモよ!」


 プモルはそう言って右手を差し出してきた。僕はその手を掴むと、力強く握り返す。



 こうして、僕はこの世界を守る正義の魔法少女となったのだった――――。







「ところでお風呂入らないプモか? プモルと一緒に入るプモよ。勿論変身は解かないでそのままプモよ?」


「入らんわ!!!!」

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