第010話「30歳童貞魔法少女爆誕」★

 眩い光が部屋中に満ちる。


 思わず目を閉じて数秒後、僕は恐る恐る目を開いた。



 するとそこには――――



「……いや、何も変わってないんだが?」


 てっきり魔法少女に変身するものだと思っていたのだが、特に変化はなかった。30歳のおっさんが1人、部屋の片隅で佇んでいるだけだ。


 プモルの方に視線を向ける。


「まだ魔力を譲渡しただけだから変身はできないプモよ。変身するには呪文を詠唱する必要があるプモ」


 なるほど。アニメとかでよくある変身呪文か。もしかして、何か恥ずかしい台詞を言う必要があるのではなかろうな?


 めちゃくちゃ嫌な予感がするんだが……。


 不安そうな顔の僕を見てプモルはニヤリと笑う。そして、おもむろに口を開き、高らかに叫んだ。


「リリカル☆マジカル! キラ☆キラ☆チェンジ! プリティーウィッチピュアピュアリン! あなたのハートにラブラブキュンッ♥魔法少女にな~~れっ!! ……さあ、復唱するプモ」


「……………………」


 プモルは期待に満ちた眼差しでこちらを見つめている。


 え? マジでこれを言わないといけないの?


「あ、言い忘れてたプモが、最後にキラ☆と目元でピースサインをするのを忘れないようにするプモよ!」


「……どうやら僕には無理みたいだ。すまないな、プモル。君との契約は破棄させてもらうよ」


 僕は無表情のまま告げると、シャワーでも浴びようとその場を離れようとする。


 だが、そんな僕の足にプモルはガシッとしがみつき、必死の形相で引き留めてきた。


「ちょ、ちょ、ちょ! 待つプモよ! 良いのかプモ? こんなチャンスもう二度とないプモよ? たかが変身呪文が恥ずかしいだなんて理由で契約を破断にするつもりプモか!? 心一はそれでいいプモか? 魔法少女の力があれば助けられる人がいるかもしれないプモよ? それを見捨てるというプモか?」


「そ、それは……」


 痛いところを突かれた。確かにプモルの言う通りだ。


 嬉野は今も危険なダンジョンで戦っているはずだ。大人で彼女の担任でもある僕が、たかが変身呪文が恥ずかしいなどという理由で力を放棄しようなど許されるはずがない。


 僕は一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。


 そうだ、恥ずかしいけど、これは必要なことなんだ。魔法少女になれば力を得ることが出来る。あの時、嬉野が僕を助けてくれたように、今度は僕自身が誰かを救うことが出来るかもしれないんだ。


 覚悟を決めて、再びプモルの目を見た。プモルは僕の決心を感じ取ったようで、満足そうに笑みを浮かべている。


 クソっ! こいつ絶対面白がってやがるな。


 だが、ここで怯むわけにはいかない。僕は意を決して、力強く叫んだ。


「リリカル☆マジカル! キラ☆キラ☆チェンジ! プリティーウィッチピュアピュアリン! あなたのハートにラブラブキュンッ♥魔法少女にな~~れっ!! ……キラッ☆」


 決まった……。自分でも信じられないが、僕はやりきったのだ。


 羞恥で死にそうになる。頬が燃えるように熱くなった。


 だが、これで魔法少女に――――


「ぷ! ぷぷぷぷぷプモーーーーーッ! ほ、本当にやったプモーーーー! ウケるプモ! まじウケるプモ! ヒーッヒヒッ!! お腹が痛いプモ! 死ぬプモ! 笑いすぎて死んじゃうプモ! ブフゥー!」



「………………………………」



 スマホを手に取りネットで番号を検索する。


「ええと、保健所の番号は何番だったかな? 勝手に家に上がり込んできた薄汚いどら猫を処分してもらわないと――――」


「お、落ち着くプモ! 話せば分かるプモ! 我々には言葉があるプモ! 話し合いで解決しようプモ! 我々は分かり合えるプモ! だからそのスマホをしまって欲しいプモ!」


 僕は溜め息を吐くと、仕方なくスマホをテーブルの上に置いた。


「はぁ……。いくら僕でも怒るときは怒るぞ? お前はこの星を救いに来たんだろう? あまりふざけるなよ?」


 怒りを抑えながらプモルを睨みつける。


 すると、プモルは申し訳なさそうに頭を下げた。


「すまないプモ、実はこのマジカルステッキを持ってないと呪文を唱えても変身できないプモよ」


 プモルはそう言って手に持っていたステッキを僕に差し出した。


 渡せよ! 最初からさぁ!


 しかし、結局あの恥ずかしい呪文は唱えなきゃならないのかよ……。まあ仕方ないか。いつまでも文句ばかり言っているわけにもいかないしな。


 僕は気を取り直してステッキを受け取る。


「こうやってマジカルステッキを振って踊りながらさっきの呪文を詠唱すれば変身できるプモ!」


 プモルは小刻みにステップを踏みながら、体をくねらせてセクシーなポーズをとった。


 さっきよりもっと恥ずかしい気がするが、今更引き返すことはできない。


 僕は仕方なくマジカルステッキを握り締め、プモルの言った通りにやってみることにした。マジカルステッキをクルクルと振り回し、可愛らしくステップを踏む。


 そして、最後に目元でピースサインを作り、呪文を唱えた。


「リリカル☆マジカル! キラ☆キラ☆チェンジ! プリティーウィッチピュアピュアリン! あなたのハートにラブラブキュンッ♥魔法少女にな~~れっ!! ……キラッ☆」


 今度こそ完璧に決まった……。



 ――だが、やはり何も変化はなかった。



 部屋の姿見で自分の姿を確認すると、そこには魔法のステッキを持ってポーズを決めている、哀れな30歳の男が映っていた。


 ちらりとプモルの方を見ると、彼は大爆笑し、床を転げ回っている。


「ぷふふふふぶふーーーっ! ひぃ、ひぃ、ひぃ、苦しいプモ~! 30歳の男が魔法のステッキを持って踊りながらラブラブキュンッ♥キラッ☆とかマジでヤバイプモ! ヒーッヒヒッ! 腹筋が崩壊するプモ! もう勘弁して欲しいプモ!」



「………………………………」



 プモルはいつの間にか手にしていた、スマホのような機械で動画撮影まで始めていた。


「あ、今のシーンはちゃんと動画に取ったプモから、これをSNSで拡散されたくなかったらこれからちゃんとプモルの言う事を聞く――――」


「もしもし、保健所ですか? はい、部屋に病原菌を持っていそうな汚らしい猫が上がり込んでいまして……ええ、すぐに殺処分――――」


「ぎゃーーーーっ! ま、待つもプモよーーーーーっ! わ、悪かったプモ! 謝るプモ! お願いだから保健所だけは勘弁して欲しいプモ! もう保健所は嫌だプモーーーーーーっ! 命からがら逃げ出してやっとの思いでここまで辿り着いたのに、また保健所送りは御免プモーーーッ!! 許してくれプモ! 頼むプモよぉおおおお!」


 プモルは泣き叫びながら「保健所だけは……保健所だけは……」と繰り返している。


 こいつ既に保健所に捕まってたのかよ……。本当に世界を救いに来た妖精か?マジでどうしようもないな……。


 僕はもう一度大きく溜め息を吐き、渋々と言った感じでスマホをポケットに戻した。


「……次はない? いいな?」


 凍るような冷たい声でそう告げると、プモルはコクコクと何度も首を縦に振る。


「ふ、普段大人しいやつほど怒ると怖いプモね……。冗談はこれくらいにしておいたほうが良さそうプモ……」


 プモルは額の冷や汗を拭うと、急に真面目な顔になった。


「では、今度こそ本題に――――」


「おっと、先に動画を消してもらおうか?」


「ちっ、気づいてたプモか。わかったプモよ。まったく面倒臭いプモねぇ」


 舌打ちしながら、「SNSに投稿したら絶対にバズったプモのに……」とブツクサ呟きながらも、素直に動画を削除していた。


 本当に油断も隙もあったもんじゃないな……。


 まあいい。とりあえず話を聞こうじゃないか。


「心一、さっき渡したステッキを一回返すプモよ」


 プモルは僕の手から奪うようにステッキを取り上げると、両手で包み込むように握り締め、目を閉じた。


 するとステッキが光り出し、小さなペンダントへと姿を変えていく。


「ほら、これを首に掛けるプモよ」


 言われるままにペンダントを受け取り、首に掛けてみる。すると、体の奥底から力が湧き上がってくるような感覚を覚えた。


「それを握りしめて、強くイメージするプモ! 魔法を使える自分を! 渇望するプモ! 力を! 心の底から願うプモ! その想いこそが、魔法少女の力となるプモ!」



 いらないのかよ!? 変身呪文……!



 ツッコミたい気持ちを抑えて、僕は目を閉じ、ペンダントを握り締めながら心の中に強く願いを込めた。



 ――強くなりたい……!


 ――誰かを守れる力が欲しい……!!


 ――どんな敵からも逃げずに立ち向かえるほどの勇気を……!!!


 ――誰よりも強い、ヒーローのような力を……!!!!


 ――あらゆる苦難を乗り越え、ハッピーエンドを掴み取る、奇跡のような強さを……!!!!!



「…………………………」


 突然、ペンダントが眩い光を放ち始めた。


 その光が全身を包み込む。


 暖かい……。まるで太陽の光のようだ。


 しばらくその心地よい温もりに身をゆだねると、不意に体が軽くなった気がした。


 ゆっくりと目を開くと、そこには信じられない光景が広がっていた。


「こ、これは……」


 口元から美しいソプラノボイスが漏れる。


 体を見下ろしてみると、いつの間にか服装が、ピンク色を基調とした、フリルのついた可愛らしいコスチュームに変化していた。


 さらりとした髪の毛が二の腕をくすぐった。


 ピンク色をした二房の髪が左右で揺れている。これはツインテールという髪型だろうか?


 下はスカートになっており、足を動かすたびにヒラヒラと舞った。


 顔に手を当てると、頬にはぷにっと柔らかな感触があった。肌はスベスベでとても滑らかだ。


 手足は細く華奢で、身長もかなり低くなっているように感じる。



 そして、何より驚いたのは――――



 僕は恐る恐る視線を下に向ける。


 それを確認した途端に顔全体だけではなく、耳まで熱くなるのを感じた。


(あ、足もとが見えない……)


 一般的な魔法少女のイメージから、てっきり子供のような体型になると思っていたのだが、予想に反して胸とお尻は大きく膨らんでいて、体は全体的に丸みを帯びていた。


 もしかしたら僕の願望が影響しているのかもしれない。


 ゴクリと唾を飲み込み、僕は部屋の姿見の前に移動した。


「あっ……」


 鏡の中の少女と目が合い、思わず声が漏れる。



 そこに映っていたのは、まさに魔法少女と呼ぶにふさわしい美少女だった――――。


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330661177152463





──────────────────────────────────────

10話にしてようやく主人公がTSしました……。

ここから本格的にストーリーが始まります。

ここまでのクソ長説明回に付き合ってくれた皆様ありがとうございます。


明日からは毎日19時に1話ずつ投稿になります。


面白い! 続きが気になる! と思ってくれた方は、フォロー、応援コメント、★★★等いただけたら作者のやる気が上がりますので是非お願いします!

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