第007話「特殊技能 (ユニークスキル)」★

 驚きのあまり、お互いしばらく固まっていたが、体全体に激痛が走り、再び悲鳴をあげる。


「ぐっ……あ、ああーーー!!」


「先生っ! これは……! 酷い怪我……ちょっと待っていてください!」


 嬉野が右手の革手袋を外す。


 だが、僕はもう自分の死期を悟った。全身を骨折しているようだし、体の至る所から壊れた蛇口のように血が流れ続けている。


 この出血量だと、あと数分で死ぬだろう。


「う、嬉野……。最後に会えたのがお前で良かった……。どうか僕という教師がいたことを忘れないで――――」


「ちょっと黙っててください。――――『時逆の右手クロノリバース』」


 【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/mezukusugaki/news/16817330661129230092


 嬉野は顕になった右手で、僕の体に触れると、何かを呟いた。


 すると、僕の体が淡い光に包まれる。


(え……!? こ、これは!?)


 次の瞬間、信じられないことが起こった。先程まで感じていた痛みが嘘のように消え去ったのだ。


 それだけではない。折れたはずの足も、砕けた腕の骨さえも元通りになっていた。


 しかも、あれだけ酷かった出血も止まっている。いや、まるで最初から出血などしていなかったかのように傷一つ残っていなかった。


 僕は慌てて立ち上がり、その場でジャンプしたり、屈伸運動をしたりしてみるがどこも異常はない。完全に完治しているようだった。


 一体どういうことなのか? 噂の回復ポーションでもこれほどの効果はないはずだ。

 

 僕は嬉野の方に視線を向ける。


「よかった……。あと少し遅れていたら、間に合わなかったかもしれないですね。私のスキルでも流石に死者は蘇生させることが出来ないですから」


 嬉野がほっとした表情を浮かべている。どうやら今のは彼女の能力らしい。


「えっと? 今のは嬉野のスキルなのかい? 聞いたことがない能力だけど……」


 ダンジョン知識を詰め込む過程で『スキル大全』と呼ばれる本を読んだことがあるのだが、回復系のスキルの中にこんな効果を持つものはなかったはずだ。


 僕の言葉を聞いて、嬉野は少し得意げな顔になる。


「私の特殊技能ユニークスキル、『時逆の右手クロノリバース』です! 対象の時間を数分だけ巻き戻すことが出来るんですよ! もっとレベルを上げれば、色々なことが出来るみたいですけど、今はこれが限界みたいなんです。だから、さっきもギリギリだったわけで……」


「ユニークスキル!!!」



 ――『特殊技能 (ユニークスキル)』



 レベルアップ能力を持つ探索者は、皆、特殊な能力 (スキル)に目覚めると言われている。


 基本的に1人につき1つの能力しか得ることが出来ず、その能力は本人の性格や性質に最も適した能力だとされる。


 スキルの種類は多岐に渡るが、その中で特に珍しく、世界でたった1つしか確認されてないスキルのことを総じてこう呼ぶのだ。


 ユニークスキルは他の量産型スキルとは一線を画す強力な能力であり、国によってはこのスキルを持つ人物を保護・優遇する制度もあるくらいだ。


 だが、このスキルを発現できるものは、ごく僅かしかいないと言われており、現在確認されているだけでも、世界中で数百人程度しかいないという。


 その殆どがトップランカーの探索者となっており、確かあのアリス・アークライトもユニークスキル持ちだったはずだ。


 つまり、目の前にいる彼女は、その数少ない存在の一人ということなのだ。



 僕が驚愕に目を見開いていると、彼女は照れくさそうに笑った。


「そ、それより先生! なんでダンジョンなんかに潜ってるんですか? 先生みたいなよわよわな人が一人で潜れるような場所じゃないですよ?」


 さっきは天使みたいだと思ったのに、すぐこうやって悪態をつくんだから困ってしまう。


 まあ、そんなところも含めて可愛く思えてしまうんだけどね。


「いや~~~、実は先生も昔からダンジョンに潜ってみたくてね。つい凖探索者の資格を取っちゃったんだよ」


「つい取っちゃったんだよ! じゃないですよ! 何考えてるんですか!? アホですか!? 死ぬ気ですか!? 先生はレベルアップ能力を持ってないんですよ? それでダンジョンに潜るなんて自殺行為もいいとこですよ!」


 嬉野は顔を真っ赤にして怒り出した。


 実際に嬉野が助けに来なければ、死んでいたのは間違いないので言い返す言葉もない。


「それは……返す言葉もございません。それと、嬉野、本当にありがとう。君が助けにきてくれなかったら、今頃僕は魔物の餌食になっていただろう。命の恩人だよ。君は」


 僕が頭を下げると、彼女は少し顔を赤くして俯いた。そして、それを誤魔化すように慌てて口を開いた。


「そ、それより! ほら、早くここから出ましょう! 今日はもう帰ったほうがいいと思いますよ! 家に帰ってゆっくり休んでください! 私が出口まで送りますから!」


 彼女の勢いに押されるように、思わず首を縦に振ると、彼女は満足気に微笑み、僕の手を取って歩き始めた。


 だが、その瞬間、膝が笑ってその場に崩れ落ちてしまった。どうやら、緊張の糸が切れたせいで腰が抜けてしまったらしい。


「す、すまない……ちょっと足が震えて歩けなくなってしまったようだ……」


 教え子に情けない姿を見せたくないと思いつつも、恐怖の余韻は中々消えず立ち上がることが出来なかった。こんな僕に嬉野は呆れてしまっただろうか?


 恐る恐る顔を上げると、そこには心配そうな表情を浮かべる彼女がいて、優しい声で話しかけてきた。


「まあ、ダンジョンに潜るのが初めてなら無理もありませんよ。私なんてレベルアップ能力がなかったら絶対にダンジョンに潜ろうなんて思いませんもん。その点、先生は凄いと思いますよ?」


 そう言いながら、彼女は僕の背中を優しく摩ってくれる。その手の温かさに心が落ち着くのを感じつつ、彼女に質問をした。


「……ところで、どうして嬉野は1階にいたんだ? 他の探索者は皆、下層に潜っているはずなのに。夏休みだし嬉野も下層へチャレンジしているとばかり思っていたけど……」


 僕の問い掛けに、彼女は苦笑いしながら答えてくれた。


「だって、今日は凖探索者の人達が初めてダンジョンに潜る日でしょう? 先生みたいなよわよわでざこざこのど素人さんが、ゴブリンに殺されたりなんかしたら可哀想だと思って、1階の見回りをしていたんですよ」


「……それってギルドに頼まれたってこと?」


 そんな話は聞いたことがなかったので、確認する。すると、嬉野はバツの悪そうな顔をした。


「いえ……私が勝手にやってることです……」


 ……この娘は!!


 僕は口元がニヤけるのが止められなかった。


 探索者の若者というのは得てして自己中心的な性格になりがちだ。ダンジョンで特別な力を得て、大人でも稼げないような大金を一晩で稼ぎ、大人や無能力者の若者を見下す。


 だが、この嬉野莉音という少女はそんな探索者の中でも、更に特別な力を持っているのにも係わらず、その力を無償で他人のために使おうとしているのだ。


 その事実に胸が熱くなる。


 僕は、一回り以上年下の生徒である彼女のことを、心から尊敬した。この娘の担任になれたことを誇りに思う。


あの時・・・、この子を助けられて本当に良かった)


 気がつくと彼女の頭に手が伸びていて、そのまま撫でていた。突然のことに驚いたのか、嬉野は体をビクッと震わせる。


 しまった! 生徒に対して馴れ馴れしく触ってしまった。最近は色々厳しいからな、セクハラとか言われて訴えられたらまずい。


 慌てて手を離すと、彼女はどこか残念そうな表情をしていた。何故だろう……。


 しかし、すぐに気持ちを切り替えると、彼女に向かって思った通りの言葉を掛けた。


「いや、嬉野は凄いな。君のそういうところは、とても素晴らしいと思う。僕は先生だけど君のことを心から尊敬するよ。だけど、君はまだ中学生なんだから、あまり危ないことはしないようにね」


 すると、嬉野は耳まで真っ赤に染めながら早口で捲し立ててきた。


「にゃ! にゃ、にゃにを! あ、危ないのは先生のほうですよ! 先生はよわよわでざこざこなんですから! ええと……なんでしたっけ? 『"なになに"のまま死にたくなーーーーい! 誰か助けてくれーーーー!』でしたっけぇ? 何のまま死にたくないんでしたっけ?」


「ちょ! おまっ!」


 聞こえてたのかよ! うわああああぁぁぁぁ! 恥ずかしすぎるぅ! 穴があったら入りたいぃぃ!!


 羞恥心に耐えられず、その場にしゃがみ込む。


 嬉野はニヤニヤと笑みを浮かべながら、僕の顔を下からのぞき込んできた。


「ねぇ~~~? 先生教えて~~~? なんのまま死にたくないんでしたっけ? 最初だけちょっと聞こえなかったので教えてくれますかぁ? ねえねえ~~」


 彼女は僕の脇腹辺りを突きまくってくる。くすぐったくて堪らない。


「最初に『ど』がついたことだけは覚えてるんですけどぉ? 何でしたっけぇ? ど、何ですか? ほらほら教えてくださいよ~~」


「か、勘弁して下さい……」


 結局、僕は嬉野に連れられてダンジョンを脱出するまで、ずっと弄られ続けたのだった。

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