第005話「壁穴」
「グギャッ!?」
麻痺の薙刀を振るい、ゴブリンの体を斬りつける。ゴブリンは悲鳴を上げると、体の自由を失い、そのまま地面へと倒れ込んだ。
だが、油断してはならない。僕はもう1体残っていたゴブリンに視線を向ける。すると、奴は僕に向かって棍棒を振り下ろしてきた。
バックステップでそれをかわすと、下からすくい上げるように薙刀をふるう。それはゴブリンの肩口をかすめるだけに終わったが、それで充分だった。
すぐに麻痺の効果が全身に回り、ゴブリンはその場で動けなくなってしまう。
僕は倒れ伏して動かなくなったゴブリン達にとどめを刺すと、その体から魔石を抜き取った。
「ふーーー! これで7匹目か!」
額の汗を拭いながら一息つく。
最初は緊張でガチガチだったけど、慣れてくると案外なんとかなるものだな。今回なんて2体同時に襲われたんだけど、落ち着いて対処すれば無傷で倒しきることが出来たし。
「それにしてもこの武器は本当に凄いな。これを買って正解だったよ」
手に持つ麻痺の薙刀を見つめながら呟く。
この武器はアンデットや無生物のようなモンスターには効果がなく、刃の通りにくい昆虫系モンスターなどとも相性が悪いが、ゴブリンのような小型の亜人系モンスターに対しては抜群の威力を誇る。刃先が少しかすっただけでも、それだけで相手は痺れて身動きが取れなくなるのだ。
「これはもしかして探索者としてやっていけるんじゃないか?」
まだダンジョンに潜って1時間半ほどしか経っていないが、もう7個の魔石を手に入れている。ゴブリンの魔石10個で普通のアルバイト1日分くらいの稼ぎになるのだから、数時間も潜っていれば公務員の給料を超えるだろう。
普通の職業と違って危険であることには変わりないが、ゴブリンが主なモンスターである1階なら、僕でもなんとかなりそうだ。
もちろん、慢心は禁物だが、それでも希望が見えてきた気がする。
そう考えるとなんだか少し楽しくなってきたな。現在進行系でファンタジー体験をしているわけだし。
「いやいや、油断大敵だ。まだ1日目だぞ。浮かれてちゃダメだろ」
言葉には出してみるものの、やはり心のどこかでは高揚感を抑えきれない。僕は高ぶる気持ちを抑えながら、地図を見て転移陣の場所へと向かうのだった。
「流石に他の探索者の姿も見かけるようになってきたな」
転移陣のある1階の階段に向かって歩いていると、ちらほらと他の探索者の姿が目に入ってくる。中には複数人でパーティを組んでいる者達もいるようだ。
確かに、パーティを組めば安全度は格段に上がる。だが、1階はゴブリンが主なモンスターなので、あまり大人数で行動するメリットはない。稼ぎが殆どなくなってしまうからだ。
それでも初日なんだから、僕もソロじゃなくて何人かと組んでダンジョンに潜ればよかったかもしれない。
「でも凖探索者の知り合いなんて1人もいないしなぁ」
ギルドではみんなピリピリしていて、とてもじゃないが初対面でパーティを組もうなどと話しかけられる雰囲気ではなかった。
でも将来的に下層を目指したり、ボスを討伐したいと考えているのであれば、いずれは誰かとパーティを組む必要があるだろう。
レベルアップ能力を持った探索者と組めれば最高だが、彼らが無能力者の僕と手を組んでくれるとは思えない。メリットが皆無だからだ。
そもそも主戦場としてる階層が違いすぎる。今日も彼らは下の階層を探索しているはずで、現にここまで、1階でレベルアップ能力者と思われる若者は1人も見かけなかった。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に3人組の探索者がいることに気がつく。彼らはなにやら、人間の子供くらいなら入れそうな大きさの壁穴の前に立ち止まっていた。
(あの男達は何をしているんだ?壁穴の前で突っ立って……まさか隠し扉でもあるのか?)
興味を覚えた僕は少しだけ足を止め、彼らの会話を聞いてみることにした。
「そろそろ出てくるんじゃないか? おい! お前ら準備しろ!」
リーダー格であろう、目つきの悪いスキンヘッドの大男の言葉に、残りの2人は緊張した面持ちでうなずいた。どうやら何かが壁穴から出てくるのを待っているらしい。
しばらくすると、壁の穴の中から、1体のゴブリンが出てきた。
「よし! 仕留めるぞ!」
彼らは手に持った武器を構えると、素早くゴブリンに近づき、あっという間にその命を奪った。
なるほど……。どうやらあの穴の中はゴブリンのリポップポイントになっているようだ。ちょっとせこいが確かにあれなら効率よく魔石を稼げる。
ダンジョンの魔物は生殖行為によって増えるわけではないらしく、突然どこからともなく湧いてくるのだ。ちなみに、生殖による繁殖はしないが、人間を性的に襲うことがある。特に女性は狙われやすいので注意が必要だ。
とにかく、モンスターは一度倒しても、一定時間経つと再び出現するという特徴があるのだ。
ただし、誰かが観測している間は出現しない。あの穴の中はちょうど死角になっているので、穴の外で待機しているだけで中で復活したゴブリンが、外に出てきたところを仕留めることが出来るというわけだ。
彼らはきっとそのことに気がつき、ここで狩りをしていたのだろう。
「ははあ……。色々なやり方があるもんだな……」
彼らの様子を遠目で観察していた僕は、感心しながらその場を離れるのだった。
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