第004話「初めての戦闘」
気がつくと、僕は洞窟のような場所に立っていた。
辺りを見回すと、そこは大空洞のような場所で、周囲には大小様々な鍾乳石の塊のようなものが見える。他の探索者の姿は見当たらない。
地図を取り出して現在地を確認する。
「ここは……南東の大空洞エリアかな?」
並木野ダンジョンはスタート地点がランダムなので、最初はどこに飛ばされるかわからないのだ。
「情報通りだな。階段は……結構遠いな。まあ、のんびり行こうか」
1階の階段と転移陣は北西なので、ここからだと少し歩くことになる。だが、それも冒険と思えばワクワクしてくる。
「1階から10階まではずっと洞窟地帯なんだよな。でも……思ったよりも明るいな、これなら灯りはいらないか」
天井や壁を見ると、所々発光する石があるようで、それがぼんやりとした光を放っているようだった。念のため洞窟用の懐中電灯は持ってきたけど、必要なさそうだ。
それにしても、ダンジョンの中って本当に世界が違うんだな。外では真夏日であんなに暑かったのに、ここはひんやりとしていて心地良い。
「……やっぱり駄目か」
もしかしたらレベルアップ能力に目覚めるんじゃないかと期待したんだけど、やはり何も起きなかった。能力に目覚める人間は、ダンジョンに入った瞬間に、それと分かるものらしい。
自分だけに見えるステータスウィンドウのようなものが現れ、能力を確認できるのだとか。
だけど、残念なことに僕には何も見えていない。まあ、元より覚醒するのは10代の子供だけって話だし、そんな都合の良い展開なんて起きるわけないか。
「おっと、気を引き締めないとな」
軽く首を振って意識を切り替える。ここはもうダンジョンの中なのだ。油断していたら命を落としかねない。
早速背中に背負っている袋に包まれた"相棒"を握りしめる。
そっと布を取り払うと、その下からは長い薙刀のような武器が現れた。
これは、ダンジョン産のアイテムを取り扱っている海外の有名店から購入したものだ。軽くて丈夫で、切れ味もそれなりにある。そして、なんと斬りつけた相手を麻痺させる効果が付与されているのだ。
身長こそそれなりにあるが、武術の心得もなく、筋骨隆々という訳でもない僕にとって、リーチもあって使い勝手も良いこの薙刀はまさにうってつけの武器と言えるだろう。
値段は少々……というか、教師生活8年間でこつこつ貯めてきた貯金が、全て吹っ飛んでしまうほどの額だったが、背に腹はかえられない。
ダンジョンを探索する為に必要な経費と割り切って購入することにした。
「よし、そろそろ行くとするか」
まずは地上に戻る転移陣を探そう。初めての探索なんだし、なるべく安全な場所で慎重に行動したい。
僕は、辺りを警戒しながら歩き始めた。
「全然人もモンスターもいないな……」
しばらく歩いているが、全く誰にも遭遇しない。1階はモンスターの数が少ないとは聞いていたけれど、まさかここまで会わないとは思わなかった。
でも、1階の広さは某ネズミのテーマパークと同じぐらいという話だから、少し歩いたくらいでは誰ともすれ違わなくても不思議ではないのかもしれない。
今は夏休みなので、探索者の若者達は泊りがけで下層を目指して潜っている者が多いらしく、こんな1階を散策しているのは僕と同じような今日初めてダンジョンに潜る凖探索者くらいなものだろう。
そんな彼らもギルドに並んでいた時は多く見えたが、実際は100人もいなかったはずだ。
ダンジョンはもっと混雑しているものかと勝手に想像していたが、ネズミのテーマパークに100人しかいないと考えれば、この光景も納得できる気がする。
まあ、焦らずとも転移陣のある階段に近づけば、自ずと他の探索者とも出くわすことになるだろう。
地図を見ながら、歩を早める。
――ガタッ!
その時、突如背後の岩陰から何か物音が聞こえ、慌てて振り返った。
そこには、棍棒のような鈍器を持った、緑色の肌をした、人間の子供程の体格の魔物の姿があった。醜悪な顔つき、ギョロリとした目、尖った耳、口元からは鋭い牙が見え隠れしており、だらりとよだれを流している。
「グギャギャッ!」
その魔物は獲物を見つけたと思ったのか、嬉しげに奇声を発している。
「ゴ、ゴブリンっ!」
噂に聞くダンジョンで最弱レベルのモンスター。しかし実際に目にすると、その凶悪そうな外見も相まって、思わず腰を引いてしまいそうになる。
ゴブリンは、こちらに向かってゆっくりと近づいてきた。
(お、落ち着け! こっちには麻痺の薙刀があるんだ! 慎重に行けば大丈夫だ!)
180センチの身長に加えて薙刀、リーチはゴブリンの何倍もある。冷静になれば負ける要素はない。
僕はゴクリと唾を飲み込みながら、薙刀を構えた。
「グギャアアアアアーーーーッ!!」
雄叫びをあげながら、ゴブリンが襲いかかってくる。棍棒を振り上げ、真っ直ぐに僕に突進してきた。
「はあああっ!!!」
思い切って薙刀を横薙ぎに振り抜く。ゴブリンは咄嗟に避けるが、刃の部分が腕をかすめた。
ゴブリンは距離を取ろうと後ろに下がるが、その動きがピタリと止まる。よく見ると、身体全体が小刻みに震えていた。
(やった! 成功だ!)
麻痺の効果が出たのを確認し、一気に間合いを詰める。そしてそのまま薙刀を突き入れた。ズブリと嫌な感触と共に、ゴブリンの胸を薙刀の先端が貫き通す。
痙攣して動かなくなったゴブリンを見下ろしながら、ホッと息をつく。
「ふ、ふーーー……なんとか勝てたか……」
緊張が解けると、ドッと汗が噴き出してくる。心臓がバクバクと脈打ち、呼吸が荒くなる。
だが、僕はダンジョンの魔物を倒すことが出来たのだ! これでようやくダンジョン探索の第一歩を踏み出すことができた!
段々と興奮が高まってきて、全身の血が熱くなっていくような感覚に襲われる。
「おっと、魔石を回収しないとな」
倒したら自然にドロップアイテムに変わってくれるなんて便利なことはない。自分で解体しなければならないのだ。
薙刀を引き抜き、リュックからナイフを取り出す。これも薙刀と一緒に購入したダンジョン産の武器で、中々の切れ味を誇る。あまりレアではない量産型のアイテムらしいけど、それでもダンジョン産ということで値段はかなり高かった。
人のような形をした生き物の胸に刃物を入れることには少し抵抗はあったが、これも探索者の仕事のうちなのだと言い聞かせて手を動かし、魔石を取り出すことに成功した。
ゴブリンの魔石は透き通った紫色をしており、大きさは小石程度の大きさだった。
魔石はエネルギーの塊のようなもので、様々な用途に使えるらしい。電力に変換すれば、これだけで一般家庭数日分の電気を生み出すことが出来るそうだから驚きだ。
探索者の主な収入源はこの魔石の買い取りになる。他には、ダンジョン内でしか手に入らない鉱物や金属、植物、それに魔物の素材なんかも高く買い取ってもらえる。
「ただゴブリンは使える素材がないんだよなぁ……」
残念なことに、ゴブリンからは小さな魔石以外は何も得ることが出来ない。だが、これを10回繰り返すだけで、フリーターが丸一日アルバイトをして稼ぐくらいのお金が手に入るのだから、いかに探索者が儲かる仕事かわかるというものだ。
初戦闘の僕ですら無傷で倒すことが出来てしまったのだ、これがレベルアップ能力を持った探索者なら瞬殺だろう。蚊を潰すような感覚で大金を稼ぐことが出来るに違いない。
「いつかはこの麻痺の薙刀のようなレアアイテムも手に入れてみたいけど……流石にそれは高望みかな?」
そう、ダンジョンで最も価値が高いと言われているのがこの"ダンジョン産のアイテム"である。それは僕の持っている武器のように数百万の物から、一つで億を軽く超えるような物まで様々だ。
だが、それを手に入れるのは非常に困難だ。
何故なら、ダンジョンには宝箱というものは存在せず、アイテムを手に入れるには、階層ボスモンスターか
ボスモンスターは、この並木野ダンジョンで言えば、10階ごとに存在する階層主のことだ。彼らを倒すと、その部屋の中央に魔法陣が出現し、それに触れることで金、銀、銅の三種類のどれかに光り輝く魔石が出現する。
そして、その魔石の中にドロップアイテムがランダムで入っているのだ。
何故魔石の中にアイテムが入っているのかはよくわかっていないが、それはダンジョンの謎の一つとされている。
ボスモンスターのドロップは、レア度によっていくつか種類はあるものの、固定であり、唯一無二の物は出現しない。それでもその希少性は高く、レアな物は市場では数億円の値がつくことも珍しくない。
対して
彼らは体内に恩寵の魔石という特殊な魔石を宿しており、その魔石の中には
恩寵の宝物の中には、若返りの薬や死者蘇生の書、毎日金塊が出てくる魔法の壺など、オークションで天文学的金額がついた代物がいくつも存在する。
当然、そんなレアアイテムを手に入れれば一生遊んで暮らせるだろう。故に特殊個体は探索者の間では、"歩く宝箱"と呼ばれている。
だが、彼らはとてつもなく強く、また、特殊な能力を秘めていることも多いため、倒すのが非常に難しい。毎年
ダンジョン探索において、最も高い死亡原因は、特殊個体との戦闘による死だ。
「
ゴブリンの魔石をリュックサックにしまう。魔石を失った魔物は、その内ダンジョンに吸収されてしまうので、死体は放置していても問題ない。
僕は再び気合を入れ直すと、地図を開いて転移陣のある階段へと向かって歩き出した。
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並木野ダンジョンはスタート地点がランダムですが、スタート地点が固定のダンジョンもあります。
政府がレベルアップ能力確認のために子供達をダンジョンに潜らせる時は、スタート地点が固定かつ、転移陣が近くにある安全なダンジョンを選んでいます。
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