最終話 おまけ

 幻惑の森からテオを生きた状態で連れ帰ってから、もう一週間が経っていた。


 ソウは広い自室で、静かに外の景色を眺めていた。


 木に止まった鳥がピーピーと鳴いているが、こんなありふれた光景もあと何度見られるか分からないと思うと、感慨深く感じるものだ。


 そうしてソウが感傷に浸っていると、一週間ぶりに感じる気配がした。


「一週間ぶりだね。見送りに来てくれたのかな、ミリア」


 ソウがやつれた顔を向けると、ミリアは深紅の瞳をパッチリと見開いて言った。


「何を言っているの? あなたの人生はまだまだ長いでしょう?」



 ◇



 村の外れにある切り株、その横に咲く青い花を火で燃やしながら、ソウは聞いた。


「なるほど、この花が全ての元凶だったというわけか」


「そうみたいだね。幻惑の森がまさかこんなところまで種を飛ばしていたとは。でもこれで、ひとまずは安心だね」


 ミリアは花が燃え散り、黒い塵へと変わって行く様子を見ながら言った。


 花が燃え尽きるのを確認したソウは、遠方の幻惑の森へと目をやった。


「でも、あの森がある限り、危険が無くなったわけじゃない」


「ソウ君の手に負える相手では無いと思うけど」


「そのくらい分かっている」


 それからソウは、ミリアに向き直った。


「改めてありがとう、ミリア」


 そして、少しだけ不満げな顔をして言う。


「でも、もう一つレッドポーションがあるなら、最初から言ってくれれば良かったのに。そうすれば、俺も一瞬だって迷わずに済んだ」


「ソウ君は欲張りだなぁ。レッドポーションは貴重なんだよ。二つもあげるなんて、今回は本当に特別なんだからね? 分かってる?」


 ミリアは念を押すように、ソウの目を覗き込んだ。


「それに、ここまで持ってくるのだって大変なんだから」


 わざとらしく怒ったようにそっぽを向くミリアに、ソウは笑みをこぼした。


「悪かった、冗談だよ。本当に、助けてくれてありがとう」


 それから真剣な顔をしたソウに、ミリアは不思議そうに視線を戻した。


「ミリア、君にお礼がしたい。俺が君のためにできる事は何かあるか?」


 するとミリアは、驚いたように目を見開いた。


「いやいや、お礼なんて要らないよ。気まぐれで助けただけだし」


「いや、それだと俺の気が済まない。君は俺の命と、俺の大切な親友の命、二つも救ってくれたんだ。是非、何かさせてくれ」


「あなたのことはともかく、テオ君の命を救ったのはあなたの決断でしょう?」


 しらばっくれようとするミリアを逃さないように、ソウが見つめ続けると、ミリアは折れたようにため息をついて言う。


「もう、仕方ないなー」


 その時のミリアの深紅の瞳は少し寂しそうに見えた。


「だったら、いつか私を殺しに来て」


「は?」


 ミリアの言葉に意表を突かれているソウ相手に、ミリアは言葉を継ぎ足す。


「言ったでしょう? 私は不滅の魔女。そして、今は囚われの身。もし、あなたがどうしても、私に恩返しがしたいって言うなら、私の人生を終わらせに来て」


 ミリアは純白の長い髪を風に靡かせながら、最後に悪戯っぽい笑みを見せた。


「ま、あなたにそんなことができればの話だけどね」


 ソウは透き通りそうなミリアの幻の姿を見て、覚悟を決めた。


「約束するよ、ミリア」


 ソウは真剣にミリアに伝える。


「いつか必ず、君を殺しに行く」


「期待しないで待っているよ」


 ミリアは嬉しそうに返事をした。


 その時、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ソウ〜! どこにいるんだ〜!?」


 ミリアはソウに言う。


「はやく行ってあげたら? あなたの親友が探してるよ」


「ああ、そうさせてもらう。テオとはあれから喧嘩気味だからな、早く行かないと怒られる」


 ソウは最後にミリアにもう一度伝える。


「ありがとう」


「うん。さよなら」


 そうして、ミリアは姿を消した。


 不思議な少女が消えるのを見送ったソウは、友人の元へと走った。


「テオ!」


「ソウ! どこに行ってたんだ? 心配させるなよ! 僕は君が自分の命を捨ててまで僕を助けようとしたこと、許してないんだからな!」


「それはお互い様だろ? いい加減、機嫌直せ。こうして二人とも助かったんだからいいだろ?」


 言い返す言葉が無くて、テオは苦し紛れに言う。


「結果的にはな。でも、いったい何者なんだ? 僕たちを救ってくれたのは」


「ただの通りすがりの優しい魔法使いだよ」


 ソウの曖昧な答えに、テオは納得していない顔だ。


 しかし、ソウは楽しそうに歩きながら、立ち止まっている友人に言う。


「さあ、帰ろうぜ」


「僕はソウを探しに来たんだよ? 置いて行くな!」


 テオは先を行くソウを追いかけた。


 並んで歩く二人の友人達の影を、ミリアは最後に遠くから名残惜しそうに眺め、今度こそ本当に姿を消したのだった。





〜おわり~

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流浪の癒し手 〜願いの花と友情の行方〜 U0 @uena0

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