第5話 友情と選択
◇◆◇
「さっきから言ってる、その願いの花って何?」
ミリアの言葉に、ソウは顔を顰めた。
「有名な話だろ? まさか知らないのか?」
「知らないよ」
首を横に振るミリアに、ソウは説明する。
「見つけたら何でも願いが叶うと言われている花だよ。元々俺たちは、その花があるっていう噂を聞いて、幻惑の森に探しに行ったんだ」
その話を聞いたミリアは浮かない顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「なるほどね。なぜあなたたちが幻惑の森なんかに入ったのか、ようやく分かったよ」
「なんだよ。何かあるならはやく言ってくれ。気になるだろ」
ソウは幻惑の森に向かって駆けながら、ミリアに言う。
「いい? 驚かずに冷静に聞いてね」
ミリアはそれから、ゆっくりと口にする。
「願いの花なんて存在しないんだよ」
衝撃の発言にソウは足を止めて、ミリアを見た。
「どういうことだ?」
ミリアは哀しそうな顔をしていた。
「幻惑の森は、それ自体が大きな魔物みたいなものでね。昔からいろんな魅力的な宝があるとかいう噂を流して人を、つまり養分となる獲物を呼び寄せているの」
「なんだよ、それ……」
ソウはゆっくりと、眼前に広がる広大な幻惑の森に畏怖の目を向けた。
「じゃあ、テオは……」
ソウは病による体中の疼きを感じながら、歯を食いしばって幻惑の森を睨みつけた。
「ミリアは先に行って、テオを探してくれ」
ソウは再び黒い風を体に纏うと、暗く危険な森の中に一気に突っ込んで行った。
◇
「こっちだよ! 急いで! 幻覚にかからないように気をつけて」
ミリアに導かれるようにして、ソウがテオを見つけた時にはすでに手遅れだった。
不気味に広がる花畑の中央に、血塗れのテオの姿はあった。
一面に広がる青い花には、牙のようなものが付いていてそれぞれが動いており、花畑には足を引きずったような血の痕が残っていた。
テオは中央にある一際目立つ花に手を伸ばそうとしていた。
しかし、テオの足元にあったのは大きな牙だった。人間を丸ごと飲み込んでしまいそうな不気味な口が、テオに襲い掛かっていた。
「テオ!!」
中央の囮の花を掴んだテオは振り返ってソウを見つけると、笑顔を見せた。
「クソッ」
ソウは瞬時にテオの元まで飛んでいき、そのままテオを連れて花畑から離れた。
風の魔法を解いたソウは息を切らしながら、テオを見た。
「テオ! しっかりしろ!! 大丈夫か!?」
しかしテオの無惨な体の状態を見れば大丈夫でないことは一目で分かった。
「ソウ、やったよ」
死にかけのテオは、ソウを見て笑顔で言う。
「願いの花を手に入れたんだ。これでソウは助かる」
テオの手には、囮の花が強く握られていた。
「ああ、ありがとう。さすが、テオだ」
ソウは必死に涙を堪え、笑顔で応える。
「あれ? おかしいな……。ソウの顔がよく見えない……」
テオはソウの腕の中で、意識を失いかけていた。
「テオ、しっかりしろ! テオ!」
ソウの必死の呼びかけにもテオは答えず、力尽きようとしていた。
ソウは悲痛な表情を浮かべ、体を震わせた。
「テオ、テオ……」
「ソウ」
その時、最後にテオが手を動かした。ソウの頬にべったりと血の手形がつく。
「ソウ、君を助けられて良かった……」
テオの掠れた声が、ソウの胸を
「残念だけど、その子はもう……」
ミリアの悲しい声を、ソウは遮った。
「いや、まだだ!」
ソウはテオの落ちかけた手を取って、強く握った。
ソウは自身のポケットの中を手で探り、赤い液体の入った小瓶を取り出した。
「これを使えば、テオを助けられる」
「でも、それをしたらあなたが……」
「構わない。それが俺の選択だ」
ソウは小瓶の蓋を開けると、レッドポーションをテオの口の中に流し込んだ。
すると、テオの傷だらけの体がみるみる再生されていき、終には怪我一つない健康体へと回復した。
少し前まで死にかけだったテオが、安らかな寝息を立てているのを見て、ソウは呟く。
「まさしく、奇跡の力だな」
それからソウは眠っているテオを背負うと、村へと帰りの道を歩いた。
「ミリア、案内してくれ。できれば魔物に遭遇しない道で」
「分かったわ」
それからソウは一歩一歩を踏みしめながら、一秒一秒を噛み締めながら歩いた。
体中に広がる病の痛みは強くなるばかりだったが、ソウに後悔は無かった。
背中に友人の心臓の鼓動を感じながら、ソウは寂しげに微笑むのだった。
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