第4話 願いの花

 ◇◆◇


「ひょっとして、ソウ君?」


 ソウが振り返った先にいたのは、テオの母親だった。


「テオのお母さん?」


「やっぱりソウ君だ。病気にかかったって聞いていたけど、出歩いて大丈夫なの?」


「あ、はい、まぁ。それより、どうしてここに?」


 すると、テオの母親は困ったような顔で言う。


「実はテオの姿が見当たらなくて、ひょっとしたらソウ君の所にいるんじゃないかと思ったんだけれど……」


 首を横に振ったソウを見て、テオの母親は心配そうに呟く。


「最近、ソウ君を治せる医者を探し回っていたみたいだから、今日もどこかに行っているのかしら……」


「テオが、そんなことを……」


 ソウは自分の為に友人が動いてくれていたことを知って、胸が熱くなるのを感じた。


「ただ……」


 テオの母親には気がかりがあるようだった。


「昨日までは凄い落ち込んでいたのに、今日一度家に帰ってきた時は凄い真剣な顔をしていたのよね。何か荷物を取りに来たみたいで、すぐにまた出掛けて行ったんだけど……」


 その話を聞いて、ソウは何か嫌な胸騒ぎがした。


「その時、テオは何か言ってませんでしたか?」

 

「確か、願いの花がどうとか呟いていたような気もするけど……」


 願いの花と聞いた瞬間、ソウの頭に最悪の想像が思い浮かんだ。


 テオはまさか、願いの花を求めて幻惑の森に行ったのではないか。


「ソウ君? どうかした?」


「すみません。俺、急に用事を思い出しました」


 ソウはテオの母親を残して、すぐに歩き出した。


 はやく行って、テオを止めなくてはならない。


 そんな時、焦るソウを低い声が呼び止めた。


「ソウ、どこに行くつもりだ」


 ソウのことを睨んでいる男の姿があった。


「父さん、いつからそこに?」


 ソウは苦い顔を自分の父親に向けた。


「少し前からだ」


 父親は険しい顔をしていた。


「あのガキを探しに行くのか? 俺は許さんぞ。早く家に戻りなさい」


「俺の勝手だろ?」


 ソウは父親を睨み返したが、父親は腕を組んで圧をかける。


「お前はただでさえ、病に罹っているんだぞ? これ以上、命を削る事は俺は許さん! お前も俺の息子なら少しは賢く……」


「俺の命の使い方は俺が決める!! 俺の友人もだ!」


 互い一歩も譲らず、ソウと父親と睨み合った。


「それに、どうせ長く無いんだ。最後くらい好きにさせろよ」


 最後にソウは吐き捨てると、黒い風を纏った。


 頑固な父親を相手にしていても時間の無駄だ。それに、風の魔法を使ったソウの速さには、いくら父親であっても追いつけないだろう。


「待て、ソウ!」


 叫ぶ父親を残して、ソウはその場を後にした。



 そのまま風に乗って駆けるソウに、いつの間にか姿を隠していたミリアが、再び現れて声をかける。


「お父さんにあんな態度とって良かったの?」


「ああ、父さんにはあのくらい言わなきゃ伝わらない」


 それから、ソウは常に隣に居続けるミリアに渋い顔をした。


「というか、何で君は俺のスピードにあっさりとついて来れてるんだ?」


 ソウも自身のスピードにはある程度の自信があった。


「言ったでしょ。今の私には実体が無いの。だから、速度とかはあまり問題にはならないんだよ」


「あー、そうだったな」


 ソウは、隣の化け物じみた存在は気にしないことにして、テオの元へと急いだ。


「それより大丈夫なの? 病気なのに……」


 ミリアのその言葉を聞くとほぼ同時に、ソウは急に減速し、その場にうずくまった。


「おいミリア! お前のせいで、思い出しちまったじゃないか!!」


 ソウは激痛に腹を抱え、呼吸を荒くした。


 苦しそうなソウを案じて、ミリアは提案する。


「はやく薬を飲んだ方がいいんじゃ……」


「いや、テオを見つける方が先だ。あっちは一刻を争う。それに、万が一って事もあるからな……」


 痛みと苦痛に涙を浮かべながらも、ソウは立ち上がり、足を前に進めた。


「でも、テオ君のいる場所に心当たりがはあるの?」


「幻惑の森だ」


「でも確証が無いのに行くには、危険すぎる場所だよ?」


 ミリアは心配そうに、ソウを見ながら言う。


「テオが願いの花と言っていたなら、幻惑の森に違いない」


 ソウは痛みが引いてきたのを感じて、再び魔法を使い道を急いだ。



 ◇◆◇



 テオは不気味な幻惑の森の中を、急ぎ足で歩いていた。


 その森の危険性は、前回来た時に身にしみて知っていた。


 テオは何にも出くわさないことを祈りつつ、全身の神経を尖らせて進む。


 すると、急にガサッと右前方から気配を感じて、咄嗟に近くの木の裏に身を隠した。


 その直後、テオの左頬を高速の黒い物体が掠めた。


「あの黒兎か……」


 テオは群れの通過を覚悟して、木を盾にした。


 案の定、けたたましい音と共に黒兎の群れが訪れたが、予想外だったのは木にもかまわず衝突してくる個体がいることだった。


 衝突の度に大きく揺れ、木が折れてしまうのでは無いかとテオは不安になった。


「こいつら、馬鹿なのか!?」


 テオがしゃがんで、黒兎の群れをやり過ごしていると一際大きな衝撃があった。


 見ると、木を貫通して黒兎の鋭い角が飛び出していた。


「マジかよ……」


 バキバキと音を立てながら倒れてくる木からテオは慌てて飛び出したが、幸い黒兎の群れは去った後で、兎に串刺しにはされずに済んだ。


 最後に木を倒した黒兎が走り去っていくのを見届けてから、テオは前方に目をやった。


 心臓の鼓動は速いままで、恐怖心も消えない。しかし、ソウを救うために逃げ出すわけには行かなかった。


 次に来るであろう森の魔物に備えて、テオは近くの木を登った。


 木の上でしばらく待ったが、森に特に変化は感じられなかった。


 しかし、テオを折った木と枝を落とすと、枝が地面に触れた瞬間、地面からつるが伸びてきて、広がった棘が枝を砕いた。


「心臓に悪いな」


 それからもうしばらく待ってから、テオはもう一度木の枝を落とした。


 そして、地面にポトリと落ちた木の枝がそのままなのを確認してから、テオはようやく木から降りた。


「ここからだ」


 テオはもう一度気を引き締めて、決死の覚悟で森のさらに奥へと歩みを進めた。


 ◇


 テオにはソウのような魔法の圧倒的な才能は無かった。


 魔法に限らず、何をやるにもソウはテオよりも、村の他の誰よりもそつなくこなした。


 ソウに敵うことなんて何も無いとさえ感じていたテオに、嫉妬や劣等感が無かったわけではない。


 しかし、ソウはテオにとって間違いなく親友だったし、その親友が死にそうな時に何もしないという選択肢は無かった。


「こんな時くらい、僕が役に立たないと……」


 テオは恐怖にすくみそうな足と、折れそうな心を奮い立たせて森を歩んだ。



 ふいに違和感を感じて、テオは足を止めた。


 一寸先から森の気配が違う気がしたのだ。


 顔を上げて改めて見ると、いつからそこにあったのか、青い花畑が広がっていた。


 そしてその花畑の中央には、一輪の美しい花があった。


 周囲の青い花とは明らかに違う、滴るような青色で、クリスタルのように光輝いて見えた。


「あった……」


 一目見た瞬間に、テオは確信した。その中央に咲く、美しく気高い花が願いの花だと。


 願いの花まで、あと10メートルくらいの距離だった。


 しかし、テオが花畑に足を踏み入れた途端、足が急に重たくなった。


 それは周囲の花が足に纏わりつき、前に進むのを妨げているようであった。


 テオが足を置いた所から、花は紫色に変色していく。


 それはまるで神聖な領域が汚されたような禍々しい色だったが、テオはかまわず足を進めた。


 願いの花に近づくにつれて、重みが足から体全体へ広がっていく。


 次第にその重みは痛みへと変化していったが、テオが足を止めることは無かった。


 あともう少しで願いの花に手が届くというのに、自身をかえりみる理由などなかった。


 そして、テオは目の前に咲く、願いの花に重たい手を伸ばした。


「ようやく、手に入れた」


 テオが赤い涙を流しながら、願いの花に手を触れた時だった。


「テオ!!」


 懐かしい声が聞こえた。


 テオが振り返ると、そこにはソウの姿があった。


 テオは友人の姿を見て、笑顔を浮かべたのだった。


 

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