第3話 レッドポーション

 ミリアが訪れてから一週間後、ソウはいつものように部屋のベッドで寝ながら天井を見上げていた。


 あれから体を蝕むアザは広がり続けて、とうとう首元まで迫っていた。痛みの強さも感じる頻度も増してきていた。


 唯一の希望は、助けてくれるというミリアの言葉だけ。


 しかし、あの不思議な少女が本当に助けてくれるという保証はどこにも無かった。


「改めて考えると、なんであの時あんな怪しいやつの言葉を信じたのか……」


 ソウは一週間前の自分の愚かさにため息をついた。


 しかし、生きる希望が何も無い現状では、そんな不確かな言葉に縋るしかなかった。


「お待たせ、ソウ君。一週間ぶりだね」


 突然声が聞こえて、ソウは飛び起きた。


 そこには、何の前触れもなく自然に自室に侵入しているミリアの姿があった。


「相変わらずどうやって入って来ているのか……。ノックでもしたらどうなんだ?」


 待ち望んだ人物の登場に、ソウは笑みを浮かべて言った。


「そうしたいのは山々なんだけどね。約束通り来てあげたんだから、感謝して欲しいなー」


 さっきの呟きを聞かれていたのか、ミリアはなじるような視線をソウに向けてきた。


「いくらでも感謝するさ。俺の病を治してくれたならな」


「うん、お待たせ。用意ができたよ」


 ミリアの深紅の瞳は真っ直ぐにソウを見ていた。


「俺はどうしたらいい?」


 ソウの問いに、ミリアは窓の外の木を指差した。


「あの木の根元ねもと、そこを掘って」


「なんなんだ、それ?」


 怪訝そうな顔をするソウに、ミリアは真面目な顔で言う。


「いいから、言われた通りにして」


「分かったよ」


 ソウは渋々と頷いた。


 ◇


 その木にたどり着くまでが一苦労だった。念のため外出着に着替えてから、母親に気がつかれないようにこっそりと家を抜け出した。


 病で重たい体で、なんとか木の根元まで辿り着くと、そこには土を掘り返したような痕があった。


「そう、そこ。そこを掘り返して」


 瞬間移動でもしているのか、いつの間にか隣に立っていたミリアが言う。


「ああ」


 無駄に手を汚すのも嫌だったから、風の魔法で土を掘っていくと、地面に埋まっていたのはポーションを入れる小瓶だった。


「これか?」


「そう、それ」


 ソウが地面を掘っていた間、一切手伝わずに見物していただけのミリアが言う。


 ソウをそれを拾い上げてみると、小瓶の中に入っていたのは、赤い液体だった。ポーションにも色々な種類があるが、こんなに赤い色のものを見るのは、ソウは初めてだった。


 中の赤い液体を睨んでいるソウに、ミリアが言う。


「それを飲めばあなたの病気は治るはずだよ」


「は? そんな都合の良い薬があるはず……」


 そこまで言って、ソウはハッと気がつく。


「まさかこれ、レッドポーションか!?」


「世間ではそう呼ばれているみたいだね」


 平然としているミリアに、ソウは呆れ気味にため息を吐いた。


 様々なランクのあるポーション。その中でも、特級すらも超えた奇跡を起こす力がある言われるミラクルポーション。その一つが、レッドポーションだった。


「なるほど、これが本物のレッドポーションなら、俺の病気も治るだろうな」


 ソウは隣のミリアに視線を向けた。


「こんな物を用意できるなんて、本当に君は何者なんだ?」


 ミリアは少し悩むように小首を傾げながら、呟くように言う。


「昔は不滅の魔女なんて呼ぶ人もいたかな。今は囚われの魔女なんだけどね」


 よく分からない事を言っているミリアに、不審げな視線をソウは向ける。


「それに、そもそもこんな回りくどいことする必要あったのか? 直接俺に手渡してくれれば、それで済んだことじゃ……」


「いやいや、それはできないのよ。ほら私、実体がないから」


 ミリアがさらっと言ったその言葉に、ソウは背筋に冷やりとするものを感じた。


「え?」


「私、ここの物には直接さわれないんだよね」


 そう言って、ミリアは手を差し出してきた。


 ソウはミリアの手の上に、おそるおそる自分の手を乗せようとした。


 しかし、重なるはずの手は宙を切り、ミリアの手を通り抜けた。


 ぎょっとしているソウの反応を面白がるように、ミリアはクスクスと笑っている。


「私の本体は別の所にあるの。今は姿現しの魔法で姿と声だけ届けているだけ」


「そ、そうか……」


 不気味なミリアのことにはこれ以上首を突っ込まないようにしようと、ソウは詮索を諦めた。


「さっ、早くそれを飲んで。そうすれば、あなたは生きられる」


 ミリアのその言葉にソウが頷き、レッドポーションに口をつけようとした時だった。


「ひょっとして、ソウ君?」


 ソウは声をかけられて、手を止めたのだった。



 ◇◆◇



 約一週間、テオは医者を探し回ったが、ソウの病気を治せそうな人はついに見つからなかった。


 唯一希望があったとしたら、任せてとか言っていた幻の少女だけだ。


 当然そんな幻を当てにできないテオは、途方に暮れていた。


 このままでは、ソウは本当に死んでしまう。


「幻惑の森にさえ、行かなければ……」


 後悔に苛まれていたテオの足は、自然とある場所に向かっていた。


 村の外れにある、小さな切り株。あまり人の通らない場所だが、心地よい風が吹き、眺めも良い穴場スポットだ。


 切り株の隣には、小さな青く美しい花が一輪だけ咲いている。


 テオはその惹き込まれそうになる美しい花を見ながら、思い出す。


 以前にその花を見ていた時だった。通りすがりだという旅人が話しかけてきて、願いの花の噂を話してくれたのは。


「僕が願いの花が欲しいなんて言わなければ……」


 どれだけ後悔しても、現実は変わらない。しかし、テオには後悔することしかできない。


 気持ちが沈んだテオにとって、その青く輝かしい花は眩しく感じた。


 そんな時、ふとある考えが湧き出てきた。


「何でも願いが叶う、願いの花。それがあればひょっとして……」


 顔を上げたテオの表情には、覚悟があった。


「大丈夫だ。僕だって、命をかければ……」


 テオは再び歩き出していた。きっかけとなった冒険の舞台、幻惑の森に向かって。

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