第2話 通りすがりの魔女
傷に倒れたソウを連れて、テオは何とか村まで帰り着いた。
ソウの家に到着した頃にはソウはすっかり弱っていたが、かろうじてまだ息は残っていた。
村の中でも一段と大きく立派な家の、丈夫な扉をテオはガンガンと叩いた。
すると、中から出てきたのはソウの母親だった。
「いったい何の騒ぎ?」
不審げに扉を開けたソウの母親は、傷だらけの二人の子供の姿に青ざめて言葉を失った。
「ソウが、大変な怪我を……」
泣きそうな顔で告げるテオを前に、母親は悲鳴に近い声を上げた。
「ソウちゃん? お父さん!! はやく来て! ソウちゃんが……」
「いったい何事だ?」
母親の悲鳴を受けて出てきた父親は、テオに背負われたソウを見るなり顔色を変えた。
「サエ、家中のポーションをかき集めろ!」
そして、テオが背負っていたソウを両手に抱えると、すぐに家の中に入っていった。
扉の外に取り残されたテオはどうして良いか分からず、その場で茫然と立ち尽くした。
そのまま落ち着かない気持ちで家の前で待っていると、しばらくしてソウの父親が出て来た。
「ソウは? どうなったんですか?」
心配をぶつけたテオに対して、ソウの父親は険しい表情をしていた。
「いったい何があったんだ」
その厳しい口調に、テオは俯きながら答える。
「幻惑の森で僕を庇って、ソウは怪我を……」
「幻惑の森に行ったのか!?」
ソウの父親の表情には怒りに近いものが滲んでいた。
「ごめんなさい。興味本位で……」
次の瞬間、顔面に衝撃を受けて、テオは地面に崩れた。
「ふざけるな!! 馬鹿な貴様のくだらん興味で、俺の息子を危険に晒したのか? 愚か者は二度とウチに近づくな!」
拳を震わせながらそう言い捨てて、ソウの父親は家の中に戻って行った。バタンと大きな音をたてて閉められた扉は、堅牢な家をより固く閉ざして見えた。
それからテオはフラフラと立ち上がり、頬の痛みを深く味わいながら、とぼとぼと自身の家で歩いたのだった。
◇◇◇
「それで? その後、ソウ君はどうなったの?」
「幸いにも一命は取り留めて、怪我も治癒したよ」
「なら、良かったじゃない」
「いや、傷は治ったんだ。けど、怪我がきっかけで病気になっちゃったんだ。君は魔乱病って知ってる?」
テオは隣に座っている、通りすがりの少女を見た。白い髪は地面に届くほどに長く、深紅の瞳には不思議な魅力がある。その少女は半透明に見えるほどに、神秘的で美しかった。
「知ってるよ。魔力量の多い子供が稀にかかる難病でしょう?」
「そうなんだ。ソウはその魔乱病っていうのになったらしいんだ。いろんな医者に診てもらったらしいけど、誰も治療出来なかったらしい。このままだと、あとどれくらいの命があるのか……」
テオは言葉に詰まり、悲しそうに俯いた。
「なるほど、それがあなたがあんなに暗い顔で歩いていた理由か……」
少女は立ち上がって言う。
「分かったわ。あとは私に任せて」
テオは不思議な少女を怪訝そうに見上げた。
「君に?」
突然、話しかけて来た見知らぬ少女だ。つい話をしてしまったけれど、何者なのかすらよく知らない。
「そう、私が何とかするから、あなたはもう家に帰りなさい。今から行っても隣町に着くのは明日の朝だよ」
少女の言う通りで空はもう薄暗くなっていて、今から村を出るのはやはり現実的では無い。
「分かったよ。とりあえず今日は帰ることにするよ」
ソウを治せる医者を探しに隣町に行くのは、また明日でもできる。
そう思ったテオがふと気がつくと、少女の姿が見当たらなくなっていた。まるで忽然と消えてしまったようで、初めから存在していたのかすら怪しく思えてきた。
「フッ、幻を見るほどに思い詰めていたのかな」
テオは頭を抱えて、自虐的な笑いをこぼした。
そもそも、ソウの父親はここら一帯の医者を掻き集めてソウを診せていたそうだから、隣町に行ったところでソウを助けられる人が見つかる可能性も低い。
あれ以降、ソウの母親からソウの状態について話を聞くことはできたが、あの厳しい父親のせいでソウとの面会はできていなかった。
「でも、僕は諦めないよ。ソウ、何としても君を助ける手段を見つけてみせる」
テオの疲れ切った瞳は、決して光を失ってはいなかった。
◇◇◇
無駄に広い自室のベッドの上で一人、ソウはぼんやりと窓の外を見ていた。夜闇に浮かぶ丸い月も、今は雲に隠れてしまっている。
幻惑の森から重症で帰ってから、入れ替わり立ち替わりいろんな医者が訪れては帰っていった。
なんとか一命を取り留めて傷口も塞がったが、傷のあった辺りから広がる黒く禍々しいアザは、日に日に広がっていく一方であった。
毒とかとも違う、魔乱病とかいう難病らしいが、ソウにとって病名なんてどうでもよかった。
事実として問題なのは、時々内臓を掻き混ぜられているんじゃないかと思うほどの激痛が襲いかかってくること。そして、いずれ死に至る病だということだ。
言いつけを破って幻惑の森に足を踏み入れたのが、全ての過ちだったのだ。
「俺の力不足……、いや
テオが無事だったというのは、唯一の朗報だった。テオを無事に森から脱出させられたことだけは、誇ってもいいかもしれない。
ソウがそんなことを考えていると、雲が晴れて満月が顔を覗かせた。
月明かりが部屋に射し込み、暗い部屋が少し照らされる。
その時、ソウはハッとして部屋に佇む人影に気がついた。
「誰だ!?」
誰にも気がつかれずにこの部屋に忍びこむとは、相当の手練れのはずだ。
盗賊か暗殺者か。もっとも後者の場合、命の短いソウをわざわざ狙う理由が無い。
その人影はゆっくりとソウに近づいてくる。
「あなたと敵対するつもりはないよ」
それは、やわらかい声だった。
月明かりに照らされて浮かび上がったのは、深紅の瞳と純白の長い髪。透き通るような白い肌と人形のように整った顔は、人間離れした美しさがあった。
「君が、
少女は穏やかに聞いた。
「そうだ。お前は誰なんだ?」
警戒心を露わにするソウに対して、少女は少し困ったように微笑んで答える。
「私は通りすがりの魔女、かな? ねぇ、ソウ君は助かりたい?」
少女の深紅の瞳に見つめられて、ソウは少したじろぐ。
「それは、もちろん助かりたい。だが、あれだけの医者が口を揃えてできないと言ったことを、お前はできるって言うのか?」
「できると思うよ」
少女はあっさりと答えた。
ソウには目の前の美しい少女が危険な悪魔に思えてきて、警戒を続けながら聞く。
「その対価は?」
すると、少女は少し目を丸くして、それから可笑そうにクスクスと笑った。
「対価なんて要らないよ。ただ、いくつか質問させて」
「なんだ?」
「あなたの夢って何?」
「夢?」
少女の瞳にあったのは、純粋な好奇心だった。少なくともソウにはそう見えた。
「そんなに深く考えなくてもいいよ。命が助かったら、何したい?」
少女の問いに、ソウは少し考え込む。それから素直に答えを口にした。
「今回の一件で、俺はまだまだ未熟で力不足だとよく分かった。だから魔術学校にでも通って力をつけたいな。少なくともこの村からは出て、広い世界を見てみたい」
ソウの瞳がキラリと輝いたのを見て、少女は嬉しそうに微笑んだ。
「へぇー、いいね。気に入った。よし、助けてあげる」
「本当か?」
困惑しているソウに、少女は少し申し訳なさそうな顔をした。
「だけど、一週間くらい待ってもらえる? それなりの準備期間が必要なんだ」
「お前のこと、信じていいのか?」
ソウはまだ半信半疑だった。しかし、少なくとも少女に悪意は無いように思えた。
「うん。助かって嬉しい?」
「ああ。こんな形で俺が死んだら、あいつが心配だしな」
あれからテオには会えていなかったが、テオの性格を考えると勝手に責任を感じて、ソウの死を一生重荷として背負っていきかねない。
友人に思いを馳せるソウに対して、少女は機嫌が良さそうにニコニコとしていた。
「じゃあまた、一週間後くらいにね」
そう言って去ろうとする少女に、ソウは最後に声をかけた。
「待て! 最後に教えてくれ、君の名前は?」
少女は少し
「私はミリア」
そう言って、少女ははにかんだ笑顔を見せた。
「じゃあね、ソウ君」
そして、ミリアと名乗った少女は背景の黒に溶け込むように消えていった。
ミリアの去った部屋には静寂が戻る。
部屋に残されたソウは一人、明るい満月を見上げた。
「一週間か……」
小さく呟いたソウは、そっと腹部のアザに手を当てた。
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