ある男の爪は無い口で溜息を付いた。


「はあ、何故、私はこんなにも固いのだろう。」


皮膚に食い込み、時に、爪が、傷を広げている。


勿論、私は固いからこそ生まれた物である事は、自負をしている。人間が、この男が、又、固い物を割るのに必要なのだ。


そうすると、ある男の皮膚が、又、無い口を顰めた。


「ええい、五月蠅いなあ。僕だって、何でこんなにも柔らかいのだね。直ぐに、裂けてしまう。」


皮膚は、柔らかいからこそ、人間の行動域を広げている。それは確かである、しかし、こうも柔らかいと、私自身が苦しいのだ。


人間の存在に目的は無い。結果と過程、そして、原因。その三つによって、人間は構成されている。嫌、人間に限らずに万物に、そう言える。


唯、人間はその性質上、意味という物を追求をするのだ。物を必要とするという思考をまず、挟んだ時点で、それは目的という概念の発生を意味するのだ。


その目的という概念の発生、それ自体が結果であると言えるのだろうか。


言ってしまえば、人間が追求する目的という概念という物の発生という結果。


もうそれは、結果に過ぎない物なので在った。


爪は煩悶としていた。


それは、皮膚にも同じ事で在った。


爪が、伸びて行く。


その皮膚に食い込みながら、ゆっくりと伸びて行くのが分かる。


皮膚が、生え変わって行く。死骸を掻き分けて、伸びる、その、繊維に皮膚の煩悶は未だ、こびりついている。


爪が体を軋ませ、言った。


「おい、皮膚。俺と御前は、元々、同じ物だったんだぞ。それが原因と結果という元、過程を辿り、こうも、俺達は煩悶をする訳だ。この世界は何なのだね。」


皮膚も又、体を伸ばしながらも、破り、言った。


「何も、エネルギーの在るが儘、世界は進んでいるんだよ。目的も結果も、煩悶も、全て、エネルギー。しかし、残酷な物だね。」


爪と皮膚は互いの身体が擦れ合うのを感じながら、日を浴びていた。


すると、男が立ち上がった。


男は手を広げて、そして、その手を頭に当てた。


男は爪を乱雑に毟った。


「痛え、って痛いって何だ?」


男は皮膚を毟った。


「痛え、って痛いって何だ?」


男は言った。


「痛え。」


痛みは死のエネルギー、煩悶は存在のエネルギー。二つは、併存するし、併存しない。


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