自分

「おい、アイツの焼印、ダッセーぞ!」


「うわっ辞めてよ!」


この世界の人間は皆、同じだ。


皆、同じで在るからこそ、個性が必要なので在る。


だから、皆、産まれる時に、保護者の希望に沿った、焼印が体に彫られる。


少年の焼印は犬だった。


「犬、ほら、ちんちんをしろよ!」


そう言う少年は寅の焼印だ。


「五月蠅い!」


「おい、犬が吠え出したぞ!」


「殴っちまえ!」


「うわあああああああああ!」


ミーンミンミンミンミーン


「えー、先日の、雪の焼印を入れているアナウンサーの発言は、配慮に欠く物でした。今後、この様な事が無い様に努めます。大変、申し訳御座いませんでした。」


「えー続いてのニュースです。出生児に対して悪魔の焼印を彫る様に示した保護者が今、波紋を呼んでいます。」


「悪魔か…。」


少年は思った。自分の背中に授業で使ったハンダゴテで、怖い焼印を彫れば良いのだと。


少年は顔を少し、和らげた。


中学校がもう、夜の帷に落ちた中、少年は、技術室に向かった。少年の気持ちは高揚をしていた。


そうすると直ぐに、技術室に着き、少年は早速、背中を鏡に向けて、ハンダゴテを持ち、教科書を開いた。


「へへ、これで俺はもう、犬じゃねえ、龍だぜ。」


「痛い!痛い!痛い…。」


声を抑えて、少年は自分の背中に龍の焼印を彫った。背中には膿んだ跡がくっきりと残った。


ミーンミンミンミンミーン


「おい、犬、あれ、見せろよ。」


「へへ、良いよ。」


少年は徐にTシャツを脱いだ。


「お、おい、何だよそれ!」


「龍だよ、龍。」


「う、うわあああああああ!龍、龍だ!逃げろー!」


「へへへ。」


少年は虐めっ子の少年達を恐れ慄かせた。しかし、少年は未だ、満足をして居ない様子であった。


「今度は、あの、悪魔を彫ってやる…!」


少年は又、同じ様にして、教科書を見て、背中に悪魔の焼印を彫った。背中の膿は、更に増した。


ミーンミンミンミンミーン


「おい、寅、出てこいよ、お前の背中、見せてくれよ。」


「は、はい。」


少年は自分の背中の悪魔と虐めっ子の少年の背中の虎を比べて、鼻を伸ばした。


「お、おい、それ、悪魔じゃねえか…!」


虐めっ子の少年達はまた、恐れ慄いた。


しかし、それは又、違う意味であった。


「へへへ、どうだ、悪魔だぞ!」


虐めっ子の少年は震えながら、こう言った。


「おい、新しい法律で、背中には悪魔の焼印を彫ってはいけなくなったんだ…!」


「え…?」


少年の頭は止まってしまった。虐めっ子の少年達がが徐に携帯電話を取り出して、110番をするのだけが記憶に残っていた。


ミーンミンミン…ミーン…


「えー、速報です。自らの身体に悪魔の焼印を掘ったとして、15歳の少年が逮捕されました。えー自らの身体に焼印を彫る事は犯罪です。そして、それが悪魔となれば結果は大変、重大な事になります。えー速報です…」


少年は一時的に、鑑別所に入れられた。


少年は考えた。これから、自分がどうなってしまうのかを。死刑になるのか、無期懲役になるのか。少年は自らの身体に焼印を彫る行為が犯罪になった事をそこで知った。そして、虐めっ子の少年達がそれを知らなかった事も。


少年の身体は震えている。全ての物音に、敏感に反応をしている。少年は、結局、眠れない日々を送った。


ミーンミンミンミンミーン


少年は顔を真っ直ぐ、前に向け、被告人として、裁判に出廷した。少年はもう無心であった。どんな判決をも飲み込むつもりである。


「えー主文、後回し。」


「被告人の行為は、この世の中の機能の根幹を揺るがす、大変、身勝手な行為であり、重大な処罰が必要である側面もある。しかし、被告人は当時、15歳で在り、その焼印を元に、虐められており、それを苦に、悪魔の焼印に上書きをしたという酌量の余地もある。」


「主文、被告人を、自身焼印刑に処す。」


少年は驚いた。少年は、自身焼印刑を知らなかったのである。それと同時に、少年は恐怖と喜びの何方とも言えない感情を持った。


「刑は即日、執行する。」


刑務官が立ち上がり、少年の腰縄を持ち、少年を誘導した。少年は執行の言葉を聞き、汗を掻き始めた。


少しして、執刀室と思われる場所へと少年は連れて行かれた。


「えー今から、自身焼印刑を執行する。」


少年は手術台に乗せられ、寄れたTシャツを開かれ、うつ伏せにさせられた。


ウィーン、ウィーン


機械音が執刀室に響き渡る。少年の顔は真っ青であった。


ウィーン!


「痛い!痛い!痛い!」


少年は我慢をせずに、声を荒げて出した。


ウィーン!ウィーン


機械の音は30分前後に渡り、少年の背中には何かが彫られた。


「これ」


刑務官が指した先は鏡であった。


少年は手術台から降りて、背中をゆっくりと鏡に向けた。


「これは…。」


その焼印は、顔であった。世界に共通する顔。


刑務官は少年の腰縄を外し、外へと誘導した。


「もう。良いのですか…?」


「ああ、行くと良い。」


少年は理解が出来なかった。何故、顔が彫られたのか。何故、それが重罰なのか。


そんな少年の前を、物珍しそうに見ている男が居た。


「おい、そこのあんた!一体、何をしてそこに居たのだい?」


「僕も分からないんだ。」


「背中を見せろよ、背中!ほら!」


男は着ていたスカジャンを脱ぎ、Tシャツを脱ぎ、背中を見せた。寅の焼印だ。


「寅、寅じゃないか!」


少年は身を震わせて、虐めっ子の少年に抱きついた。


「何だ、お前、気持ちが悪い!」


「あ、そうだ、焼印を見れば分かるよ、ほら!」


少年は自身が未だ、悪魔の焼印を彫っていると思いつつ、自身の背中を見せた。


「ん?何だお前、その焼印、顔じゃねえか。お前、何者だ。」


「寅、信じてくれよ、俺は悪魔だよ!」


「あ、悪魔!?馬鹿言え、彼奴は無期懲役宣告をされて今は、刑務所だよ。」


少年は呆然とした。もう、世の中に悪魔を知る者は居なくなったのだ。


少年はまた呆然とする虐めっ子の少年を置いて、近くのベンチに座った。


そして、少年は考えた。自分は誰なのか、犬なのか、龍なのか、悪魔、なのかそれとも何なのか。


5時間は座って、足は震えていた。


そして、少年はハッとして思った。


「焼印が顔って事は僕は全ての人間なんだ!僕こそが、神なのだ!」


ミーンミンミンミンミーン


自身焼印刑。それは、自らのアイデンティティで在る焼印を全ての人間に共通の顔にする事で、自我を瓦解させ、行動を制限をさせる刑。


顔のない、個人が第三者に寄って定まる世界。そこには、自我を瓦解させる方法がある。それはこの世界でも、変わらない。




























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