紀望行きのもちゆきが歌を書いた屏風びょうぶは、物のえる(防ぐ)と言われて、元服げんぷく(男子の成人式)や裳着もぎ(女子の成人式)、の祝い(四十歳から十年ごとの長寿と健康の祝い)に頼まれては、かづもの褒美ほうび)を得ていた。


 そのため、あやしき事(不思議なこと)を望行は、よく尋ねられる(相談される)が、人や物を尋ねられる(人探し・物探しを頼まれる)ことも多い。

 明らかに鬼と関わりのない事でも、心良こころよし(お人好ひとよし)の望行は、受けては、かづもの褒美ほうび)を得ていた。



「生まれたばかりの子がいなくなったのだ。が、乳母めのと(養育係)を使って、何処いづこに捨てさせたのだ」

 そう言うのは、おきな(老人)と言っていいほどの男だ。


が姫(女子)を欲しがって、何処いづこかでしたら、家のやしな(養子)とすることは、前々から決めていたのだ」

 それをよし口実こうじつ)として、此方彼方こちあちの女にかよっていたものを、妻のためのように言う。


「姫が来るのを楽しみにしているふりをしながら、ああ、恐ろしい…」

 男は爪弾つまはじきする(親指の腹に人差し指を掛けてはじく。人を非難する仕草しぐさ)。


「そのような恐ろしい女と、いられるものか。いなくなった乳母めのとを見付けて、妻が、子を捨てさせたあかしを確かめて欲しいのだ。そうすれば、あの女、あまして、みやこを追い出してやる」

 妻と離れる(離婚する)よし口実こうじつ)としたいだけのことだ。



「――……姫を探さなくていいのですか」

 紀望行きのもちゆきは、男に聞いた。

「姫は、乳母と共に、いるのではないか」

 男のいらえに、望行は息をく。

「そうですね。そう思っていらっしゃるのですね」

「そうでなければ、姫は、いとおしいが(かわいそうだが)、捨てられて、もう犬にでも食われているのではないか」

 悲しむさまも見せず、男は言った。


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