【悪友時代】酷く暑い夏の日のこと。
連日連日、命の危険を叫ばれるとんでもない暑さが続く中。
呼ばれもしないのにやって来たアイツは、玄関まで出ていくのすら億劫で勝手に入れとメールで済ませて放置した私に、「なんで鍵かけてないんだよ。メールで倒れてないのがわかったからいーけど、防犯意識はどうした」とかちょっとずれた文句を言いながら部屋に入って来て。
またなんか、突飛なことを言い出した。
「一分一秒ごとにお前の侘しい財布をさらに侘しくしていく部屋から攫いに来てやったぞ」
「何寝言ほざいてんの?」
「シンユウの懐事情を慮るやさしーい心遣いに感動する場面だろココは」
「もうその発言で感動する気にならない」
「まあともかく、この異常気象な酷暑の中、ケナゲな貧乏学生のお前がクーラー入れてなくて死んでねーだろうなって思うのもいい加減飽きてきたから大人しく攫われろ」
「めちゃくちゃ馬鹿にされてる気しかしないし、さすがにちゃんと入れてるから安心して帰れ」
「とか言ってお前、いざ今月の電気代を見たら来月クーラーを入れるのに葛藤する。ぜってーする」
「……それはそれ、これはこれ。とりあえず今は入れてるんだから馬鹿なこと言ってないで帰れ」
「その否定しないところがもうアウト。俺的にアウト。っつーわけで今ここで昏倒させられて訳も分からないうちに俺ン家もとい別宅来るのと、とりあえず自由意思でついてくるのどっちがいい?」
「どっちもイヤ」
「即答かよ。わっがままなシンユウさまだことで。俺だってお前に納得してもらって快く連れて行きたいトコだが、お前が絶対にこういう案件ですんなり頷くことがないのがわかってるからこういう手段に出てるわけで。むしろお前という人間をよく理解してるとホメられてもいいくらいだと思ってんだけど」
「そこで説得を諦めるだけならともかく、実力行使または脅しで連れて行こうとするからこんな反応してるっていうのも理解してほしいもんだけど」
「そこは俺がそうしたいから仕方ないな」
「結局アンタの我侭なんじゃん」
「まあな」
「なんでそこでドヤ顔なの?」
「でも俺って感じだろ?」
「そうだね、何言っても引かない唯我独尊な感じががいかにも」
「シンユウが俺を理解してくれてて涙がちょちょ切れそう」
「小芝居でごまかしてもアンタが連れてきたいかにも引っ越し業者の存在は隠せないけど」
「だって着の身着のままで攫われたらお前だって困るだろ。課題とかあるし」
「もうこの手回しが何もかもを決定事項として動いてるっつーあんたの好き勝手っぷりを如実に表してるよね。……ん? そういやさっきアンタ別宅とか言わなかった?」
「それすぐにツッコミ入んなかったから、お前結構暑さにやられてんだろうなーとか思ってたわ。そ、別宅。だってお前、今の俺ン家に同居っつったらどうする?」
「根も葉もあると言えなくもなくても広げたくない噂をばらまこうとする愚行にしか見えないからとりあえず殴る」
「だろ? だから別に用意したワケ」
「……別に? 用意?」
「誰も知らないところならお前もまあいいかって許容するかと」
「――……ばっっっっかじゃないの?」
「そんな溜めなくてもよくねぇ?」
「いやもうバカすぎるっていうかアンタの金持ち常識違いっぷりはそれなりにわかってたつもりだけどさすがにもう理解不能。無理。ただでさえ頭痛いのに考えたくない」
「それ熱中症入ってんじゃね? スポーツ飲料と経口補水液どっちがいいよ? ……この部屋クーラー入れてるっつっても設定温度28℃とかだろ。言っとくけどその基準、あんまきちっとした根拠はないとか聞いたけど」
「えっ、マジ? ……じゃなくて、当たり前のように飲み物差し出されるのってなんか変な気がするんだけど」
「お前んとこに来るときに手土産持参はいつものことだろ?」
「いやそういう問題じゃ、……。いやいい、とりあえずなんだかんだ言ってここから部屋の中の物ごと、アンタ曰くの『別宅』に連れて行くのはもう決定事項なわけね?」
「だから『おいしーバイト紹介してやるからバイト入れずに空けとけよ』っつってたワケ」
「真に受けてホントに空けとくんじゃなかった」
「まーまー、バイトの話もマジだから機嫌直せって」
そう言って笑う顔はこの暑さに辟易した様子もなく、ただただ楽しみだという感情だけが映されたもので。
どうせどんな反論も意味をなさないように周到に用意してきてるんだろうけど、1学期が終わる前にできたはずの新しい彼女がどうなってるのかだけは確認しておこう、と考える。
結局のところ、レン曰くの『シンユウ』、自分が表すなら『悪友』というこのポジションのトクベツさを、心地いいと思っていないと言ったら嘘になる。
多分、レンもそういうこちらの心の動きをわかった上で、こういうふうに攻めてくるのだから。
しばらくはこのバランスを甘受してしまおうか。誰も行方を知らない一夏の間くらいは。
……そう考えたのをちょっと後悔したのは、連れて行かれた先が、辛うじて国内、航空機での移動を経て辿り着く避暑地だと知ったときだったのだけど、それはまた別の話だ。
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