【悪友時代】いつかのバレンタイン。



「お、イイもの食ってんじゃん。一個くれ」


「なんで」


「ほら今日バレンタインだし。それチョコだし」


「えー……」


「お前そんなあからさまにイヤそうな顔すんなよ」


「だって自分用に買ったんだよこれ。高いけど奮発して。もったいないからやだ」


「もったいないってお前。ホワイトデーに三倍返しするからいいだろ」


「今、ここで、自分のために買った物をやるのがヤだ」


「いーだろ一個だけ。一口」


「しつこい」


「お前は頑固だよな」


「食べ物の恨みは恐ろしいって言うし」


「それこっちの台詞じゃね?」


「とにかくヤだ。至福の一時を邪魔するな。っていうか似たようなのなら探せばあるっしょ、その中身溢れそうな紙袋の中に」


「探すのがメンドい。今食いたい。俺の目につくところでお前が食ってるのが悪い」


「何その暴論」


「今チョコ食いたい気分なんだよ。血糖値上げたいんだよ」


「それなら別にこれじゃなくてもいいよね」


「包装解くのがメンドい。解いて中身がチョコじゃなかったらテンション下がるし」


「メンドいのはアンタだっての、この我侭大王。……あーもう仕方ないな。一個だけだから」


「よっしゃ。刺すやつ貸して」


「ハイハイどーぞ」


「イタダキマス」


「味わって食え」


「あ、うまい。普通に。――ところでさ」


「普通にって何。イラッときたから三十倍返しにしなよホワイトデー。……何?」


「これ間接キスじゃね?」


「口つけてないから違うと思うけど」


「そういやそうか」


「ってか思ってもそういうの言わないでくれる。どこでどう捻じ曲がった噂になるか分かんないから」


「そりゃ悪かった」


「誠意が全く感じられないんだけどその言い方。まぁアンタに誠意なんてものが備わってるとも思ってないけど」


「散々な言われようだな俺。大体合ってるけど」


「本人が認めるのってどうなの――って待て何二個目食べてんの!」


「あ、悪ィ。つい」


「ついで済むかこの馬鹿」


「ンな怒んなって」


「食べ物の恨みは恐ろしいんだよ」


「わかったわかった。同じの買ってきてやっから」


「今行けすぐ行け速攻買ってこい」


「物理的に無理だろそれ。まぁ一時間くらいで戻ってくるから待ってろよ。あとこれ参考に持ってくから」


「え、ちょっ――」


「んじゃなー。イイコで待ってろよ」


「……ホントに持って行きやがったあの馬鹿。参考とか必要ない気がするんだけど――まあここで言っても仕方ないか」




 『同じの』以外にも大量にチョコを買い込んできたあいつに呆れ返るハメになるのはきっかり一時間後のこと。

 こいつに自分の常識は通用しないんだな、と諦めの境地に達するのは、さらに一ヶ月後のことだった。



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