第14話 8-3.警備のバイトとライター講座

 盆明けから麻布のビル工事現場の警備へ固定的に毎日行くこととなった。現場監督や職人は、気の荒い人が多い。先輩警備員や現場監督との日頃のやりとりを、ライター講座の課題に書いてみた。講師のノンフィクション作家・大倉圭一先生が割に評価してくれ、みんなの前で読むこととなった。

 ―七月にパチンコ屋を退職して、八月から警備会社で働き始めた。先日から麻布のビル工事へ配属となった。昼休みに詰所で休憩していると、現場監督が突然「兄ちゃん、現場に立たないのか」と言ってきた。「今はまだ休憩時間なんで」と戸惑いながらも答えると「そんなこと言うんならもう来なくて良い」と言われてしまった。「いや、来ますよ」と言い返した。雇われているのは警備会社で監督に雇われている訳ではない、という気持ちだった。先輩の警備員に報告すると、監督の話の理不尽さは理解してくれたが「どんな無茶なことを言われてもその通りにしないといけない時もある」とも言われた。「人間、成長すればするほど稲穂のように頭を垂れなくては」との話もしてもらった。「警備員になるまでは苦難の人生だった、自殺していてもおかしくなかった」との先輩の身の上話も思い掛けず聴いた。その後、ある意味和彦を試していたらしい監督が、あいつは真面目だ、と言っていたらしいことを先輩から聞いて、ほっとした。これからも、先輩から言われたことを肝に銘じて頑張っていきたい。―

 以後、大倉先生の授業で和彦が課題を書くと、荒削りだが気持ちが伝わる、などとの感想をもらうようになった。

 四月の初回講義を担当していた角谷先生はライター講座のメイン講師だったそうだが、体調を崩し、代わりに大倉先生が急遽メイン講師となったそうで、大倉先生や事務局の森川さんや吉田茂をはじめとした受講生達とで授業終わりに食事へ行く機会もあった。森川さんも大倉先生も六〇年代の反安保、反体制の空気を吸ってきた人で、二人から、和彦の書く物はその頃の匂いがする、と言われると、その時代への漠然とした憧れを持っている和彦は、最高に褒められたような気分になった。吉田茂は大倉先生を質問攻めにし、花畑さんはにこにこして話に参加していた。

 警備のアルバイトでは、月収にしてパチンコ屋の正社員と同じくらいの額を稼ぐことができた。大きな金額のギャンブルはやめて、時々小さなパチンコ屋で平台をちまちま打つくらいなので、和彦の懐はだいぶ潤ってきた。

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