第11話 7-2.パチンコ店を退職

 西荻窪に部屋を決めた和彦は、中央線で新宿方面へ向かう。新宿を越え、都内を西から東へ横断すると総武線と呼び名が変わり、水道橋で下車して学校へと歩を進める。梅雨時で空気はじめっとしているが、気持ちは明るく前向きで、同時に切羽詰まったような後戻りできない感覚がある 。

 学校からの帰り道は、巣鴨の部屋へ向かうため都営三田線に乗る。中央線・総武線とは雰囲気が異なっている。地上と地下という大きな違いがあるが、都内を横断している感じと、そうでない感じの違いもある。常盤台の花畑さんと一緒になった。会釈をし合う。隣りどうしに座る。と同時に、気付く。一緒に電車で帰るのは、今日が最後になる。初めて、引っ越したことを少し後悔するような気持ちになる。

「引っ越しちゃうんですか、何で?」

との花畑さんの問いに、

「パチンコ屋の店員をしていて、今度辞めることにしたから」

と告白する。

 花畑さんの反応は、パチンコ屋だからと言って驚いたり呆れたり見下したり、ということはないようで、和彦は必要以上に劣等感や引け目を持ち過ぎていただけかも知れない、と思い直す。

「今度は何の仕事をするんですか?」

「とりあえずバイトでも」

「良いなあ、自由で。私も一人暮らししたいなあ」

との当たり前のやりとりを続けながら、おっとり、のんびりしている彼女とはどこか波長が合い、できればずっと一緒に帰りたかったな、としみじみ思うが、それを口にするには、まだ距離がある気がした。

 電車が巣鴨に着き、じゃあまた、来週、と立ち上がって手を振り、いつものように下車する。

 翌日、出勤し、店長に七月十五日付けで辞めたい旨を告げた。今度は人に堂々と言える仕事を選びなさい、と店長は和彦の申し出を承諾した。和彦の退職はすぐ同僚に知れ渡り、ある先輩は、店長は引き止めないんだな、と憤っていたが、和彦としてはパチンコ屋の仕事には向いていないと思っていたので引き止められるはずはないし、引き止められたくもなかった。自分に向いた仕事に今まで就いたことがない、と感じていた。今度こそは、就けるだろうか。好きなことを仕事にするのはダメだ、とか良くないとか思っていたが、仕事は仕事、好きなことは好きなこと、と分けて考えていると、自分がばらばらになってしまいそうだった。

 七月初め、巣鴨のマンションを元々借りていた岡村が大阪から上京して来て、自分の片付けも兼ねて、和彦の西荻窪への引っ越しを手伝ってくれた。四月から劇団の研究生となり連日稽古に忙しい高倉も来てくれて、久しぶりに三人が集まった。岡村が大阪へ行くと、高倉とも会わなくなっていた。岡村は大阪の語学学校へマウンテンバイクで通学し、新しい友達もたくさんでき、新しく借りたマンションの自室を巣鴨に住んでいた頃のように友人達の溜まり場にしている。東京で音楽を仕事にしようとしていた頃は主にギターを担当していたが、今度は管楽器をやってみたい、とサックスを購入し、休日には公園へ練習しに行く。引っ越しの後、ほとんどが年下になる新しい友人達やバンド仲間のキャラまで詳細に面白おかしく話し、さらに、資格試験やフリーランスの可能性など、将来の展望を雄々しく語る。常に前向きで、新しい環境への気後れとか自分の方向性への疑問や不安が全く感じられないところが、和彦には羨ましい。

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