第10話 7-1.新しい部屋

 ボーナス支給日、和彦は休みで夕方から学校だが、巣鴨の銀行で現金を引き出すとその足で山手線に乗り、新宿で中央線に乗り換え、西荻窪で降りた。

 駅前の曲がりくねった道を道なりに行くと、カーブの途中に小さな不動産屋がある。パチンコ屋の店員だと言うと部屋を貸してくれないことがあるので専門学校の学生を名乗った。何件か見せてもらい、和彦が東京へ出て来た出発点である巣鴨のアパートと同じ六畳一間の部屋が気に入った。

 パチンコ屋を辞めれば収入はなくなるので、家賃は安いに越したことはない。掃除が苦手な和彦は、風呂なしのシンプルな部屋に住んで銭湯へ通う方が落ち着く感じがする。巣鴨のアパートは共同トイレだったが、この部屋はトイレ付きだ。小さな流しがあり、一ケ口のガスコンロを置くスペースがある。充分だ。即決した。

 巣鴨は便利で良い所だったが、若者の街という感じがしない。とげぬき地蔵商店街の縁日というのは、住んでいる二十代の和彦にとっては生活妨害でしかなかった。代々巣鴨やその近辺で生まれ育った人達が多いようで言葉も洗練された標準語ではなく東京の下町言葉と言うかべらんめえ口調なのも、東京というよりは関東の一地方都市という感じがする一因だろう。和彦は時々、中野や高円寺、阿佐ヶ谷、吉祥寺などの中央線沿線をぶらつき古着や古本を買ったり、中野武蔵野ホール、吉祥寺バウスシアターといったミニシアターへ自主製作の映画や記録フィルムを観に行っていたので、親しみがあった。地方から出て来て集まった人達が独自の文化を作っている匂いのするエリアで、家賃の安いアパートも多い。吉祥寺はおしゃれな街で人も多く家賃も高いが、一つ新宿寄りの西荻窪は独特のムードを持ったこぢんまりとした街で、穴場だ、と以前から耳にしてもいた。

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