第5話 4.引っ越した巣鴨での日々

 寮を出て、岡村と入れ替わりに巣鴨駅から近いマンションの一室へ入った和彦は、以前の巣鴨のボロアパート時代と同じように自堕落な生活を送っていた。牛丼の松屋や立ち食いの富士そばへ行ったり、コンビニ弁当を買って食べたり、たまにご飯を炊いてスーパーで納豆、豆腐やマルシンハンバーグやモモちゃん餃子などを買って来て食べたり、コンビニでスティック状のチョコレートやポテトチップスを買い込んで食べたり、『週刊プロレス』を毎週読んだり、ボブ・マーリーを繰り返し聴いたり、レンタルビデオを借り、普通の洋画やマイナーな映画、ジム・ジャームッシュ監督の映画、黒澤明監督や小津安二郎監督のモノクロ映画を観たり、と時代の動きとはほとんど関係のない余暇の過ごし方をしている。新聞はスポーツ紙しか読まず、テレビのニュースは観ない。PKOという言葉が新聞の見出しに躍っていたが、正確な意味を知らない。

 ライター講座の課題は、喫茶店へ一人で行って書いたりする。岡村が残した荷物も少し置いてある中途半端な部屋をずっと借り続ける気持ちはないが、良かったのは巣鴨駅へ近く便利になった面だろうか。ボロアパートの頃は、駅から少し歩き巣鴨とげぬき地蔵商店街を通って、きぬた食堂という安食堂の手前にある入り組んだ路地を抜けた所に部屋があり、決して遠くはなかったが、出掛けるのは少し億劫だった。とげぬき地蔵商店街は常に人通りが多く、毎月、四日、十四日、二十四日の縁日は凄まじい人出となる。東京中、いや関東中の老人が集結し身動きが取れないような時もあり、いつからか和彦は縁日の時、とげぬき地蔵商店街を通らず遠回りをして一文字女子学園の前の道を通ることにしていた。縁日以外でも週末などは混み合い、常に人ごみと老人達の話し声に揉まれている感じがした。同じ巣鴨でも駅を挟んで反対側に住むと、以前とはかなり趣きが異なる。

 この春、今までの自分に区切りをつけよう、と思い切って服装や髪形を変えてみた。散髪屋ではなく美容院へ行き、ややふんわりとしたヘアースタイルにしてもらい、赤のブルゾンを買い、愛着した。毎年、春は暖かく明るい陽射しとともに何かが始まる予感、得体の知れない期待感がある。

 巣鴨へ移ってしばらくが経ち、和彦がいつものように松屋へ牛丼を食べに行くと、有線放送から尾崎豊の曲が流れていた。アルバイトの店員達は大声で私語を交わしながら、有線に合わせ『十五の夜』を歌う。尾崎豊はこの四月、二十六歳の若さで亡くなった。公園での凍死という衝撃的な最期は様々な憶測を呼びマスコミの格好のネタとなり、ファンにとっては彼を神格化する要素となり、尾崎の歌が好きでも嫌いでもなかった和彦も、彼らしい最期だと思った。和彦も高校時代から二十歳にかけて牛丼屋でバイトしていたので、客が少ない時間帯に店員どうし会話したいのは分かるが、あまりにも大声でじゃれ合うように喋るのを聴いていると、落ち着いて食べられなくなってくる。多分高校生らしい男のバイトがバイクを買った話を聞いた女のバイトが「良いなぁ~、私も、バイク乗りたいな~」と大声で他愛なく言う。他三人ほどの一人客と一緒に和彦はそそくさと腹を満たし、店を出る。

 松屋や富士そばに飽きてくると、五百円で定食が食べられるとげぬき地蔵商店街のきぬた食堂へ行く。このところ有線放送のプログラムがそうなっているのか、どのチェーン店へ食べに行ってもコンビニへ買い物に行っても尾崎豊の曲ばかり耳にするが、きぬた食堂には音楽が掛かっていない。ワイドショーを流すテレビを見ながら静かに焼きサバ定食を食べた後、以前住んでいたボロアパートへの路地に面した、狭く、場末の雰囲気が充満した、いつ行っても客がほとんどいないパチンコ屋へ入る。和彦が勤める大型チェーンのパチンコ店と比較すると同じ業種とは思えないような店で、飛行機台が四種類ほどしか置いておらず、店内には店の二階に住んでいるおばちゃんが、いたり、いなかったりする。和彦はきぬた食堂へ食べに行った帰りには必ずその『ポピー』というパチンコ屋に寄り、ビッグシューターやうちのポチといった平台を打つ。打っても打っても、玉が増えも減りもしない。適当に、ちょろちょろと出続ける。古びた店内はガラガラで、流れる音楽もちょっと古い。尾崎豊も掛かっていない。どういうわけか、和彦はそんな空間が落ち着く。

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