5-2
「オママゴトを辞めようと思います」
ファミレスで稗田父に事情を聞かれ、それから、これからどうしていきたいかと問われた私は、迷いなくそう言った。稗田父は私の言葉を咀嚼するみたいにポテトをいくらか食べた。テーブルの端には文庫本が置いてあった。
「一応言っておくけれど」稗田父は開口する。「別に、その言葉を待っていたわけじゃない。当然バンドから抜けてくれるだろうと期待して訊いたわけじゃない。正直に言うと、俺個人としては遊井さんにいてほしい、どんどん成長していくのをもっと見ていたい、とすら思っている」
「わかっています」
稗田父はそういうタイプではないのだ。誰かに何かを選ばせるとき、自分のなかに正答があって、それを選ばないなら失望する、というような人間ではない。それくらいのことは、付き合いも長いからわかっている。
「それと、さっき元喜と話してたんだけどさ」と稗田父は笑う。「別に遊井さんが残りたいなら気にしないってさ。悪気がないのはわかっているから、自由だと思うって」
そうだろう、と思う。悪気がないことも、私の自由も認めるだろう、増田くんは。そのうえで、許さないというだけで。気遣いなのか気後れなのかわからないけれども、私の選択の余地は残してくれているのだ。
だからこれは、私の選択だ。
「私は、オママゴトの音楽が大好きです。だから、邪魔をしたくない。私をバンドに残したことで、アンチというか、たとえばライブをしているときに邪魔をするような人が出てくるのが怖い。みんなで生配信をしているときに酷いことを言う人が現れるのが怖い。そんなことは起こらないかもしれないけれど、起こるかもしれない。起こったとき、そのせいで私以外の誰かにとってトラウマになって、オママゴトとしての活動そのものが苦痛になったら。私は償い切れないです」
「そんな人たちは、今回のような失敗がなかったとしても湧くものだよ。真面目に音楽活動をやっているのに、ボーカルの顔が多数派にとっての美人ではないとか、海外の血が入っているとか、その程度のことで場を荒らされてしまった人たちを俺は見たことがある。嫌いになる理由があるからといって、攻撃をするような人は、そもそもどこか変なんだ」
それはある意味では正論なのかもしれない。たとえ犯罪をした人がいても、攻撃をしていい理由にはならない。けれどそれはあくまでも、法律で罰せられるというだけの話だ。攻撃された後、怒られるというだけの話だ。
攻撃で傷つくことになる、私以外の人間のなかの恐怖はそれで癒されないだろう。
「私は私への攻撃を奇行と片づけられるほど、面の皮が厚くないです。それが起こるならば、私ひとりでそれを受けるべきだと思います。だから、バンドとして一緒に行動して、巻き込みたくないんです。私の罪をみんなで背負うなんて、それこそが罪悪に感じられます」
いっそ増田くんに嫌われた話をするのが説得として手っ取り早いのかもしれない。脱退のためのストーリーとして飲み込みやすいかもしれない。気まずいとか、増田くんに我慢させたくないとか。
けれど、増田くんはそのことを稗田父に言っていない。私を許しているかのようなことを言っているのだ、稗田父には。そういう自分を見せようとしているのだ、きっと私に対してもそのつもりだったのだ。だったら、私がそれを明かすのはよくないことだろう。人には、他人を密かに好きでいる権利があるのと同時に、密かに嫌いでいる権利もある。私はもう、増田くんのいかなる権利も脅かしたくない。
それに増田くんが許してくれないとかの話は、理由の核じゃないのだ。
誤認させたくない。
「私は、オママゴトに居続ける私を許すことができません。私はオママゴトの音楽に混ざってはいけないと、私自身に強く思います。お願いですから、抜けさせてください」
あくまでも、そこなのだ。私は木村ちゃんに誘われてスタジオに行って、最初に見せてくれた演奏に、可愛くて堂々としていて、日常に寄り添うような音楽に、心臓を掴まれていたのだ。そこに入ることができるなら、そこで演奏できる自分になれるならどれだけ幸福だろうかと、思ったのだ。
うん。私はきっと、オママゴトの音楽に恋をしていた。
恋があるならこれだと、言って違和感がないほどに。
求めていたし、与することができて心から幸せだった。他のバンドになんて興味がなかった。稗田父の音楽が、木村ちゃんの歌声が、望花さんのどこかテクニカルなベースが大好きだったし、遠藤さんのギターも増田くんのギターも、違う色を差していたけれどオママゴトと調和していて素敵だと思った。
だからこそ、私はオママゴトに相応しくない人間だと、気づいてしまった。
「……遊井さんは、そう思うんだね。俺はそう思わない」と稗田父は言い、グラスの水を飲み干す。「でも、遊井さんがそう思うなら、尊重したい。参加したくない人を無理矢理に縛りつけるなんて、おままごとではないから。遊井さんが、オママゴトのメンバーとしてやっていくことを楽しめないのであれば、引き留めたりはしない」
「……ありがとう、ございます」
「でも、再加入はいつでも待っているよ。俺の作った音楽を愛して、演奏者としてひたむきに向き合ってくれた遊井さんがいてくれて、とても嬉しかったから」
私は稗田父にそう笑いかけられて、泣いてしまう。情けない。弱すぎる。寂しくて、悲しくて、嬉しくて、幸せで、それくらいのことで泣いてしまうなんて。そんな資格なんてないくらい、私は最悪なのに。
「ありがとうございます。ごめんなさい。ありがとう、ござい、ます。ごめん、なさ、い」
稗田父は何もせず、何も言わずに、ただポテトを食べ切ろうとしていた。
それからオママゴトの公式アカウントと私のYUIとしてのアカウントから謝罪と脱退告知を投稿する。投稿にいいねなどの反応がついているのを見て、現実なのだ、決定されて発表されたことなのだと、自覚してまた泣いてしまう。
帰りのタクシーに乗る前に、私は稗田父に言う。
大人として、言っておかないといけないことを。
「増田くんも、……増田くんこそ、精神的に不安定だと思います。似たような暴露で自死を選んでしまった人も、ニュースとかで報道されていました。私じゃなくて、増田くんのことを、第一に考えてください」
「わかった」と稗田父は言った。
もうひとこと言いたそうだったけれど、やめたみたいだった。
運転手の人に申し訳ないと思いつつすすり泣きながら家に帰ると、廊下に血液の痕がある。私はそれを拭くこともせずに、ベッドに倒れこむ。視界の端にキーボードがあって、なんだか見ていると辛くなるから、背を向けて眠る。
とにかく疲れた。
翌日、仕事だったけれど、あまりにも身体が動かない。目も腫れているし、鼻のガーゼもまだ取ってはいけない。ついでに二日酔いっぽい。パフォーマンス的にも、見た目の痛ましさ的にも、仕事に行っても使いものにならないだろうから、鼻の療養を兼ねて三日ほど休む他なかった。ごめんなさい。
スマートフォンをつけて、仕事場に連絡を入れる。それからオママゴトのグループチャットに《ありがとうございました。こんなことになってごめんなさい。楽しかったです。》とだけ書いて送って、グループを抜けた。お世話になったのだからそれくらい言うのが礼儀だと思ったけれど、余計だっただろうか。
みんなどんな気持ちだろう。
増田くんは大丈夫だろうか? 私のせいで腕を切ってしまったり、首を吊ってしまったり、そうした行動に移していなくとも鬱になってしまっていたり、しないだろうか。確認する術はない。私に探る資格はない。
望花さんはどう思ったのだろう。静観することにしているのか、グループチャットでも何も言っていない。望花さんが用意してくれた場であんなことをしてしまって申し訳がない。配信は続くだろうか。わからない。
木村ちゃんは。
木村ちゃんはどう思っただろう。増田くんとも仲がよくてすごく気にかけていたし、私のことなんて嫌になってしまっただろうか。それとも、私なんかを誘ってしまった自分に責任を感じてしまっているだろうか。どちらにしても、熱を出しているときに精神的な負担も掛けてしまったことになる。体調は大丈夫だろうか。嫌われていたとしたら、それを心配する権利もないのだけれど。
嫌われてしまったとしたら? 何を馬鹿なことを。私なんて誰が好きなんだよ。私のせいで増田くんが死ぬかもしれないんだぞ。増田くんのお母さんはあの配信を聞いていただろうか。ママ友とか職場の人とかが聞いていたら、そこから伝わるかもしれない。増田くんは親に秘密にしていたはずだ。それを私は。死ねよ。
私なんて死ねばいいと、思う。それで何が解決するわけでもないし、いっそ状況の混乱を産んでしまうことすらありうることに気づかないほど、子供じゃないけれど。両親を悲しませるし、職場や、きっとオママゴトの空気も澱ませてしまうことくらい、わかっている。
死は重い。どんなやつの死も、こんなやつの死も重い。めんどくさいことに。
私の死だけ軽くなってくれればいいのに。
寝室の明かりもつけず、朝食も食べず、ベッドの上でぼうっと、そんなことを考えていた。で、ある程度のところで、ちょっとここまで頭が鬱々としているのはまずいな、と思う冷静な自分がいて、起き上がって遅めの朝ごはんを食べる。私はそれができる。できてしまうことにまた少し嫌気がさすが、無視してシリアルをかっこむ。
とりあえず昨日放置していた諸々を掃除する。血の処理。空き缶と瓶の処理。うわアホみたいに飲んでる。こんなに飲むからいけないんだ、と恨みすら込めて空き缶を袋に入れる。それからルラ子のことを思い出して、こんな状態のときに何かを話せるのもルラ子くらいなんだけどな、と思う。
でもルラ子はもういないのだ。少なくとも、関東には。
私は独りで私をどうにかしないといけない。
で、明かりをつけたリビングで、アニメを観ることにする。自己嫌悪に支配されている状態は健全じゃないから気分転換をしましょう、と理性の自分が言っている。新しいものを追う気力はちょっとないから、観たことはあるけれど、何度見ても癒されるようなものをサブスクで観る。
二話くらい観たところでやめてしまう。
眩しすぎる、と思う。
人気のアニメだった。視聴者にとってストレスのない優しい世界で、キャラクターたちが思いあって過ごしていた。高校生の彼ら彼女らはときに失敗をすることもあるけれど、それは致命的な失敗ではなかった――許せる範囲の、謝るべきだけどそういう風になっちゃうのもしょうがないことだよねって程度の失敗が、その作品で起こる事件だった。視聴者が嫌いにならない塩梅の未熟さだけがそこにあった。
私みたいに、取り返しのつかない失敗をしているような人間なんていなかった。私のように、自罰的な気分だったくせに被害者でもある弟の発言に瑕疵があったくらいで怒りを覚えてしまうような、一貫性のない人間はいなかった。
私はきっと、どれだけこの世界に合った絵柄でリデザインされたとしても、この世界の端役にすらなれない。私というクズにそんな資格はないのだ。元々、そんなことを願ってそういうアニメを観てきたわけじゃないけれど、それでも心から疎外感を抱いてしまった。
優しい世界はきっと私を受け入れない。それがわかってしまった。
だったらいっそ、大学時代に観ていたバトル系の作品でも観よう、と思って適当なものを観始める。けれどそれは勧善懲悪の作品で、私はこのアニメで叩きのめされる悪役が適任なのだろう、とすぐに思った。
マイノリティの自殺に繋がるかもしれない加害をした私は、主人公の見せ場の踏み台として視聴者の嘲笑を受けながら成敗されるべき存在だ。しかも長々と引っ張るほどの面白味もない、数分で終わって、主人公がヒロインから感謝の言葉を聞いた次のシーンにはどこにも居場所がなくなっているような役どころが精々だ。
私はアプリを閉じて、机に伏す。
優しい世界も正しい世界も、楽しめなくなってしまった。優しい世界は私を排除し、正しい世界は私を成敗する。そしてそれが人気のエンターテインメントということは、つまりきっと多くの人が同じように排除と成敗を楽しみ、望んでいるのだと思うと、孤独感と疎外感に息が詰まる。
いっそ罰を受けるつもりで全話観てしまえばいいのかもしれないが、それはしかし制作者に失礼な気がしてしまう。
そうだ、作り手だって私のような受け手は望んでいないはずだ――優しい人のために優しい世界を描き、スカッとしてくれる人のために成敗を見せているんじゃないだろうか?
そうとは限らない、証拠のない妄想で、無性に寂しくなってしまう。そしてそんな自分があほらしいと思う。余計な連想ゲームで何を勝手に寂しくなっているんだと突っ込む。とってもめんどくさいオタクになってんじゃんと呆れる。インタビューで自分のストレス解消のために書いてるって言ってたでしょと思い出す。けれど、それでも寂しさは膨らむ。自分自身にすら共感されない、正しくない妄想で私は私を苛む。
これはささやかな罰だろうか。
一瞬だけ、酒に逃げたいと思ってしまって、本当に私は私を殺してしまいたくなる。
だけど死なないまま、死ねないまま、次の日になる。
お風呂に入りながら、お風呂に入れるくらいには元気なんだな、と思う。本当に参っている人はお風呂にも入れないらしいし、私は自分が思っているより傷ついていないのかもしれない。腹が立つ。なんでだよ。私なんて内臓までズタボロになればいいのだ。律儀にガーゼを鼻に入れ直している自分のことが嫌になる。
なんで生きようとしているんだ?
私は自傷でもするべきだろうか。リストカットをするべきだろうか、増田くんのように? 何を考えているんだ? そんなポーズのためにやるなんて、本当に辛くて吐き出すように切っている人たちに失礼じゃないのか。
私は私の行動も発想も否定し続けながら一日を過ごす。食器を洗う。洗濯をする。食事を摂る。買い物にも出る。全部くだらない。なんにも笑えない。全部が虚無で、褒められたことじゃない。私は、こんな風に生きていちゃいけないと思う。
何やってんだ? なんで生きようとしてるんだ? 非難する私を無視して、食欲があって衛生を確保したくて休みたい自分が動いている。馬鹿だ。
身体が動かないくらいの自己嫌悪じゃなかったのか? 私は私の価値なんてないと思っているんじゃないのか? 矛盾している。私の自己批判なんて、悪いところを嫌うことで、底をついた正しさポイントをちょっとでも稼ごうとしているだけのハリボテなんじゃないか? 蛇蠍のごとく憎むふりをして、狡猾に自分を理性的な立ち位置に戻そうとしているんじゃないのか?
私は布団をかぶって、私なんていなければよかった、と唱える。私なんていなければよかった。誰へのパフォーマンスなのだろう。私なんていなければよかった。そんな当たり前のことをなんで確認しているんだろう。私なんていなければよかった。
うるせえな、気持ち悪い。
布団を部屋の隅に投げ飛ばして、枕を窓に投げつける。音を立てて揺らして、キーボードの上に落ちる。木村ちゃんの妹さんの遺したキーボードだ。そのために投げた枕じゃなかった。私は想像力が足りない。だからあんなことになった。強引に、意識的に、自分を責める材料としてこじつける。自分自分自分だ。自己嫌悪と自己愛って表裏一体なのかもしれない、と思うと何もかも気持ち悪くなる。
吐く。
部屋のなかじゃなくて、わざわざトイレまで行って吐く。なーんだ理性的じゃん。あほらしい。
自分を否定する体力もだんだんなくなってくる。なんであれずっとやっていると疲れてくるものだ。自分を肯定する気にもなれないけれど。否定も肯定もしない、何も考えていない状態で、とりあえずそろそろメンタルどうにかしたいな、と思う。
アニメとか物語のあるものだからしんどくなったのかな。歌詞すらない、インスト曲とかならちょっと癒しになるかもしれない。
と考えて動画サイトを開くとDEEZ NUTS JOKERの新曲がおすすめに上がっていて、下ネタを浴びるのもアリと言えばアリかも、とタップする。
ここにいようよ
[Lyric・Rap:金木ジュン/Track:玉木ジュン/Music: DEEZ NUTS JOKER]
世界は 善し悪し 混ざった Cocktail
偉い奴 シャバい奴 どうしようもない奴
みんなに降り注げHappiness ついでに俺らに奢れカルビ牛
リッチな瑕疵 聞き齧りと言いがかりで斬りかかり
慈悲はない日々がだりぃ死にたがり時期ヤバい
森羅万象Judgment 山勘の判定
CANCELED ANTHEMじゃどうにも足んねえ!
自分らしく生きる前に小賢しく生きる呪術
それがなくちゃどうも自分探し中に御陀仏
越えた明日が今日も言う 悲しいかなノワール
穢れたその手で誰にも触るなと言う
忘れちゃならない 老頭児(ロートル)に逆張り
ツンデレにうっかり 自傷癖に姉係
人類は多様にして阿呆ばかり
きっとクズ野郎にだって居場所はあるさ
[HOOK]
俺はヒーローじゃないけど
友達が傷ついてたら
こんな歌作るくらいには人間さ
頃合いになったら遊ぼう
ウンコとか言って笑い合おう
フンコロガシみたいにゆっくり生きていこう
ここにいよう
あなたの絶望をあばたもえくぼと歌えば
見るに耐えない愛想笑いが咲いた
認めよう あなたは腐り果てた花束
宝や仲間から恨み買った徒花
だがしかし茶化し合いや再開は
奪われるべきじゃない 俺らそれを歌いたい
教育に悪い奴が堂々と詞書く意味は
返り血にまごついた愚かもんを生かす逃げ場
なればこそ奏でよう 音楽を奏でよう
文句もDEEZ NUTS JOKEも並べよう
音楽を汚すなと言われるがむしろ逆
汚れから産声を上げていくMusic
傷つけた人間も傷ついた人間も
どうせなら幸せになれ、と謳うGameさ
この曲を許せない心 怨嗟 Let's Write :)
いいモンになったら聴かせてよ
[HOOK]
芸術の価値は美じゃない
それを生んだ人生があるってこと
(Be all right...)
[HOOK]
俺はヒーローじゃないけど
友達が傷ついてたら
こんな歌作るくらいには人間さ
頃合いになったら遊ぼう
ウンコとか言って笑い合おう
フンコロガシみたいにゆっくり生きていこう
ここに来たよ
ここにいるよ
ここにいようよ
私はうっかり泣いている。
DEEZ NUTS JOKERはこの曲について概要欄に《一年前だか二年前だかに、色々あって落ち込んでいた友人のために作った曲です。公開したほうがいいって言われたので公開しました。いえい》と書いていて、だから私に向けた曲じゃないのだけれど。それでも、救われてしまう。誰かを傷つける私みたいなクズでも、この世界にいてもいいんだと、生きていてもいいんだと、言ってもらえた気になってしまう。
そんな資格なんてないのに、と罪悪感が囁くけれど、ぼろぼろとこぼれてしまう涙は、どうにもできない。どうしろっていうんだ、こんなの。
助けてくれ。生きちゃうよ。
で、まあなんというか泣いて疲れてぐっすり寝て残り一日はちょっとポジティブに過ごしていける。四日ぶりの出勤の朝もちゃんと起きられる。増田くんへの罪悪感はまだまだあるが、それは反省すべき過ちではあっても、これからを崩壊させる理由にはならないと思える。
うん。私は社会人だから、私が崩壊することで困る人だっているのだ。
思えば自罰精神から弟に殴られて鼻を折ったことで職場を三日も休むことになったときに気づくべきだった。マジで申し訳ないな、迷惑かけたぶん頑張らなきゃ。
そういえば木村ちゃんはそろそろ体調治してるだろうか? 今日は木村ちゃんも仕事だったはずだから、帰りがけに探せば会えるだろうか。心配やら迷惑やら不愉快な思いやら、あるだろうから謝らないといけない。これで木村ちゃんから嫌われていたら立ち直れないが、私が悪いんだからしょうがない……。
早めに職場に着いて開店前の準備をやっていると、警察から電話がかかってきて遊井守一郎の遺体が先ほど公園で発見されたと報される。学生証を持っていたから身元はすぐにわかったそうだ。
え、立ち直れる? 私。
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