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一月になって三人配信をして(私の初ソロ配信は約束通りいじられた。同じPVをうんざりするほど繰り返してくる店内モニターかよと言われた。本屋さんとかのあれ、私は好きだけどなあ)、一月末にブッキングライブに参加する宣伝をした。
次の週から個人放送。木村ちゃんの放送は前回と同じだったが、望花さんの放送は個人チャンネル用のベース演奏動画をリアルタイムで撮っていく放送で、単純にそんな感じでやってるんだなという感じで面白かった。ベースを弾く姿が好きで望花さんを追っている人が嬉しそうにコメントをしていて、考えてるなあと思った。
で、私と木村ちゃんの放送は、今期ちょうど&ハートが主題歌を担当するアニメが放送されていて、その原作から好きで楽しく視聴している私と&ハートの大ファン木村ちゃんで、主題歌がいかに作品に合っているかという話から始まる雑談だった。サウンドオンリーでお届け。
木村ちゃんはもちろんラジオや雑誌での発言まで追っているオタクなので&ハートの理解度が高く、私は私でコミックスを買いつつ連載や公式SNSも見ているオタクなので作品にはまあまあ詳しいほうで、割とあっという間に一時間くらい消化する。というか&ハート、改めて解剖してみるとマジで歌詞の一行一行に提供先への愛があってすごいなあ……。木村ちゃんによるとタイアップの際には二か月かけて読み込んで聖地巡礼やらモチーフとなった神話の読み直しやら色々やってから作るそうで、自分の好きな作品の主題歌をそう真剣に作ってくれてありがたい限りだ。バンド名の由来のなかに《将来どれだけ手に入れてもどれだけ失っても愛を大切にしたい》という願いがあるから、タイアップでも惜しみないのだろうか。
話をしているなかでまあまあ驚きだったのが増田くんも原作ファンらしいことで、今度ゆっくりトークをしたいなと思いつつ、《すれぶくん》と呼ぶのを忘れないように気をつけて掘り下げる。というか木村ちゃん、増田くんが大学生になったあともちょくちょくふたりで遊んだり話を聞いたりしてるんだなあ、と思う。意識していなかったけれど、すっかり友達同士な感じだ。
余った時間でアコギとキーボードのライブ。『睨む』と『cunning bird』をやって、作詞者のキムラトオルとしての歌詞解説を私はふんふんと聞く。そういえばそういうことを訊いたことってなかった。でも概ね私の解釈通りでちょっと安心する。
ということを伝えると、
「YUIは結構私と感性が合うというか、言ってることわかるなってことが多いんですよ」
と木村ちゃんが言ってくれる。
とても嬉しい。
その放送が終わった次の週の金曜夜にライブがある。稗田父がライブに合わせて『コドモジミ』のCDを二十枚くらいプレスしてくれて、物販で全部捌ける。ライブ終了後、三人でカラオケボックスに入って突発的に配信をしてみると、コメント欄にライブに来てくれた人もいて、ライブの感想を聞かせてくれたり、『コドモジミ』を買ったと報告をしてくれたりする。
配信終了後に望花さんが言う。「なんか、よかったー。ちゃんと届いてるんだなーって、思えた。意味あった」
「ライブでもすでに届いてる感ない?」と木村ちゃん。「みんな聴いて乗ったりしてくれてるし」
「そうだけど。でも、私たちじゃなきゃいけないかどうか、私たちを選んで聴いてるかどうか、わからないでしょう? 同じくらい上手なバンドだったら同じくらい聴いて乗ってくれるんだろうなって、ずっと不安だったから」
「オママゴトにしかないよさってありますよ」と私は言う。「私だって、オママゴトの音楽だから参加したいって思って誘いに乗ったんです」
「そっか。そうだよね。……ありがとう」
望花さんが、遅くまで外にいると旦那が寂しがるから、と言って家に帰る。私と木村ちゃんもなんとなく各々帰宅する。
二月になって、望花さんの配信週をお休みにして『睨む』のMVを作ることになる。
木村ちゃんの発案でボーカルを増田くんに替えたバージョンを投稿することになり、増田くん単独で映像を撮ることになるが、増田くんが、
「透さんと一緒がいいっす。単独はちょっと怖くて、すみません」
と言うので、ふたりでの撮影になる。それなら、とツインボーカルになる。スタジオで音源を録ってから、風の強い晴れた日、撮影用のビルの屋上を借りて撮影開始。今回は望花さんは撮影だけ。メイクや服は各々の私服。そのほうが個性が出ていいとの判断。
エレキギターを持つ増田くんと木村ちゃんが背中合わせで弾きながら歌うシーンをいろんな角度から撮って、それから屋上前の階段でそれぞれが座ってギターを弾いているところを撮って、空とか後ろ姿とかのエモい素材を撮る。
稗田父は仕事で請けた作曲の納期がやばいとかで来ていなくて、私は撮影後の三人に温かいものを差し入れる役になる。二月の風の強い日ってめちゃくちゃしばれるし。増田くんにペットボトルの紅茶をあげると、
「ありがとうございます。緊張しましたけど、ロックバンドっぽくて楽しかったっす」
と笑う。
たしかにロックバンドっぽいな、と望花さんがチェックしている映像を覗きながら思う。アコギとエレキ、女性と男性、高音と低音で対照的でいい。ちなみにレコーディングの際、サビは木村ちゃんが高音で増田くんが低音の予定だったけれど、増田くんが意外と高音も綺麗に出ることがわかったので木村ちゃんは低めでハモることになった。元々男性の遠藤さん向けのメロディだったから更なる低みに挑むことになった木村ちゃんだが、何故かいけてしまうのがすごいなと思う。音域が広すぎる。
編集が終わって投稿されるのが週末で、次が私の配信週なので木村ちゃんといっぱいMVの話をするぞと思っていたら、前日になって木村ちゃんが熱風邪を引く。
「ごめん……冬になると毎年一回は熱出す……」
と電話越しに言う木村ちゃんはしんどそうで、ゆっくり休んでほしいな、と思う。
自分ひとりでの配信になるけれど、MVという話題はあるから大丈夫だ。
そんなこんなで一応予防を意識して温かくして寝て起きた休日の朝、ルラ子からメッセージが届く。そういえば私も忙しかったから一年以上連絡をとっていなかったっけ、久しぶりだ、と思いながら開く。
《久しぶり。今日の午後五時くらいから話したいことがあるんだけど、会えね?》
なんだかわからないけど、午後七時までに家に帰れるならいいよ、と返信しておく。
なんだろう?
呼び出されたのは駅前の公園で、時間通りに来たルラ子を見て私はひっくり返りそうになる。
ルラ子はベビーカーをひいていて、車内では小さな赤ちゃんが眠っていたのだ。
「……うっす」ルラ子はちょっと疲れが顔に出ている。珍しい。
「うっすじゃないよ」私はルラ子に言う。「何? いつ? 相手は誰?」
「まあ座ろうや」とルラ子は先んじてベンチに腰掛ける。「来てくれてありがと。飴ちゃんあげる」
「もらうけども」私はグレープ味の飴を貰って隣に座る。「話って、その赤ちゃんのこと?」
「んーん。あたし、この街を出ていくから、その話」
「え、なんか引っ越し?」
「というか、逃げ込み的な」
「……ちゃんと話して、経緯を」
私が促すと、ルラ子は赤ちゃんを見つめながら話し始める。
その子は麒麟ちゃんという女の子で、ルラ子の娘だ。ルラ子は去年の夏に出会った男性の子供を妊娠して、その人も責任を取ると言ってくれていたし、結婚をする予定だったのだけれど――入籍より前にその彼氏が事故で亡くなってしまったという。
「妊娠がわかってからの短い間だったけど、ふたりで貯めてた貯金があって。そのおかげで出産までいけただけよかったと思う」ルラ子は麒麟ちゃんから私に顔を向けて言う。「でも、ひとりで育てんのは、無理だ。体力もお金も減っていくばかりだし、愛があったって、心が狭くなったら、息苦しくて。だから、東北の実家に帰る」
「……実家って、ルラ子の実家だよね?」それしかないが、確認せざるを得なかった。「ルラ子、実家と和解したの?」
「あたしが折れたら、和らぎ解されたよ。大人になっても大事にしてきた、あたしの思春期は終わりだね」
そんなものじゃなかったはずだ。思春期とか、反抗期とか、そんな一過性のものじゃないはずだ。思春期や反抗期だったとして、ジョークみたいに言われていいような気持ではなかったはずだ。
東北の実家から、関東の大学に逃げてきたルラ子の掴んだ自由は、そんなちゃちな気持ちで求めていたものではなかったはずなのに。
私は知っている。大学生のとき、ルラ子が教えてくれた傷を、その深いかなしみとやるせなさを、忘れるわけがない。ルラ子だって忘れているわけがないのだ。それなのに、忘れたことにして、中身なんてなかったことにして、捨てて――折れてしまうなんて。
ルラ子が、それを選ぶなんて。
娘のために。
「ルラ子は、それで、いいの?」
「いいわけないだろ」ルラ子は笑う。「でも、いいわけないからって、そうしない言い訳にはならないんだ。あたしは自分を殺してでも麒麟を生かさないといけない。いつでも最高を求めていられるほど、いつまでも自分に正直を大事にやっていたらいいというほど、余裕のある運命をしていないみたいなんだ。あたしの人生は」
その深い諦念に、大学時代のルラ子のぎらつきは、すっかり吹き飛んでしまったのだと私は思った。あるいは、ルラ子は子供のために努力をして、それを捨て去っているのだ。いつまでも自由人で、どこか子供っぽかったルラ子が。
それが重たくて、何も言えなかった。
「娘が可愛くてしょうがないんだ」そんな私に語り掛けるように、ルラ子は言う。「父親も可愛い顔してたからな。麒麟のためだったら自由なんて一生いらないくらい愛してる。実家から逃げ続けていたいって気持ちを優先して、それで寝不足で腹立って麒麟を傷つけたりしたら、一生後悔する」
「私は」声が震えているのがわかる。それでも言う。言いたいから。「ルラ子に自由でいてほしい。いまはしょうがないかもしれないけど、自由を諦めないでほしい。いつかまた自由になってほしい」
「ありがとう、薊。薊があたしの自由を望んでること、必要なときに思い出すね」
「約束して」
「うん」
小指を結んで、それから抱き合った。思えばハグなんて、社会に出てから一度もしていなかった。大学のときは、私がこっそり悩んでいたときに見透かすようにルラ子から抱き着いてきたり、ルラ子が放火をしようとしたとき私が羽交い絞めにして止めたり、色々あったのに。
「ありがとう。薊と最後に会えてよかった。今日これから新幹線で行くからさ」
「ルラ子」いつか会いに行くとか、いっそ私が子育てを手伝うとか。浮かぶどれもが軽率で、勢い任せで、それに気付けるほどに冷静であってしまったから、言えなかった。「またね」
「……またね」
ルラ子はそう言って笑った。
ベビーカーのなかで、麒麟ちゃんが泣き出した。
家に帰った私は、もっとこう言ったらよかった、やっぱり躊躇わず私が育児を手伝うとか言えばよかった、なんて後悔でいっぱいになった。大学時代や新卒時代、ルラ子とたくさん遊んでいた日々を思い出して、どれもすでにもう再現されないかもしれない、と泣きたくなった。東北の実家で、ルラ子はどれだけ心を殺されるのだろう。どれだけの自由を奪われるだろう。どれだけの本音を磨り潰されるのだろう。そのあとのルラ子は、どんなふうに笑う人になっているのだろう。
麒麟ちゃんはどんな子に育つんだろう。せめて、ルラ子の望む通り、生きてくれればいいと思う。聞く限り、赤子を殺すような家庭ではない印象だから、そこは大丈夫なのかもしれない。自殺が行われることはあっても、他殺は行われない家庭のはずだ。麒麟ちゃんの心は、どれだけ守られるだろうか。
私は本当に何もできなかったのだろうか。私がもしも、自分からもっとルラ子と連絡を取っていたら、何かが変わっていたのだろうか。どんなタイミングでも、私はルラ子の運命を変えられるほどの存在ではないだろうか。
頭のなかの色んな可能性が産まれては死んで、でもそれらはすべて結局のところ、ルラ子がいなくなった寂しさから目を逸らそうと自責に勤しんでいるのだと気づいて、私は晩ごはんを食べながら泣いてしまう。
喪失感から目を逸らすな。喪失したことを、ルラ子という存在のことを、真っ直ぐ、想え。
それが愛だろ。
でも私は弱くて、お酒に逃げてしまう。冷蔵庫にある缶を飲み干して、前に稗田父からもらった日本酒を飲み切った頃には、もう午後の八時過ぎだった。
あ。配信。やらなきゃ。
自分でもわかるくらい酔っているが、そのおかげでテンションは高い。木村ちゃんがいなくても、ある程度は楽し気にやれるんじゃないだろうか? と思って配信を開始する。
開始。
バンドメンバー以外の人がコメント欄にちらほらやってくる。
適当に喋っていたら、口調からか酔っていることに気がつかれたので、
「色々ねえ、あってです」
と答える。
とりあえずコメントに反応する配信にしよう、と思って募集する。
色々と拾って返す。大喜利みたいで楽しい。わはは。
で、コメントのなかに、
《『睨む』のMVとても素敵でした! こんなことを訊いていいかわかんないんですけど、キムラトオルさんとすれぶさんって付き合ってるんですか?》
ん?
ああ、一緒に歌ったりMVで背中合わせでやったりしていたから誤解されているのか。
木村ちゃんも増田くんもそんなこと思われたら迷惑だろうし誤解は解いておこう。
「そんなわけないです~! だってすれぶくん私の弟と付き合ってますし」
あっこれアウティングだな?
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